13.豪快なトラさん
───どうしてこうなった。
視界に映る裸のトラさんを見て思わず頭を抱える。
お酒に酔った勢いで男女を過ちをするとは思わなかった。前世を含めても今まで無かった事だ。
俺の場合、お酒に酔ってはいないが。
改めて昨日の出来事を思い出す。ゴブリン討伐までは良かった筈だ。
「少年たちも喜んでいたな、とりあえず昨日の問題はこれで解決だ」
「クハハハ!カイルには迷惑かけたな!代わり今晩の飯は俺が出そう!」
トラさんがクハハハと豪快に笑う。
低い声だ。体格もあって迫力がある。
つい先程、トラさんの被害者の少年に依頼が終わった事を伝えてきた所だ。
彼が忘れていた釣竿も一緒に持って帰ったので、声を上げて喜んでいた。
その時はトラさんも一緒に来ていたので、トラさんに少年に謝罪させた上で家族の人達にも二度とこういう事を起こさないと約束した。
少し手間はあったが、トラさんの問題は解決した。出来る事なら二度と起こさないで欲しい。
「個人的な事だから控えていたが、回数が回数だから聞かせてくれ。
どうして少年に猥褻な事をしようとしたんだ?」
「最初は俺より強い者が良かったのだが、俺より強い者はなかなかいなくてな!
次第に性的趣向が自分よりか弱い者に向いた」
「それでどうして少年に?」
「うむ、俺に向かって少年が『左手』で手を振ったので、その好意に答えなければと思いお持ち帰りしようとした!
ちょうど相手が俺の好みにマッチしていたしな!」
「そして、捕まったと」
思わず頭を抱えた。
トラさんの性的趣向はどうでもいい。所詮個人の趣味だ、どうこう言うつもりはない。
問題なのは種族間の価値観の違いだ。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人、それぞれが独自の文化を持つ。当然ながらその価値観は違う。
トラさんが少年を持ち帰ろうとしたのもこの価値観の違いが原因だ。
獣人の中では相手に向かって右手を振ることは親しい者に対する挨拶である。では左手は?
俺たちの価値観からすればどっちも同じだと思うが、違う。
相手に向かって左手を振るという行為は獣人の中で相手に対して好意を、愛を伝える行為だとデュランダルに教えられた。
そういう事だからトラさんに対しては左手は振らない方がいいですよーと。
勿論少年がそんな文化を知る訳がない。
少年がたまたま左利きだった事もあって起きた悲劇だろう。
トラさんに言わせれば自分に対して好意を伝えてきたのだから、応えて何が悪い!といった所か。
もう少しお互いの文化について学んで欲しいのが俺の気持ちだ。
「トラさんに悪気がないのは分かったから、お互いの文化についてもう少し考えて欲しい」
「善処しよう!」
クハハハ!とトラさんが笑う。
期待出来ないなこれは。思わずため息を吐く。
これから先同じような事が起きるかも知れない。そう思うと足取りが重くなる。
「とりあえず飲むか。酔う事は無いけど気分は味わえる」
「今夜は奢るから好きなだけ飲め!」
「そうするよ。あと、尻を触るな尻を」
「相変わらず良い尻だ!クハハハ」
なんで男の尻を執拗に触ろうとするんだと、言いかけたがやめた。
個人の趣向だ。深くは言うまい。
お酒と食事を取るために拠点にしている宿屋に向う事にした。
その道中で何度か尻を触って来ようしたので逃げるように駆け出したのは許して欲しい。
「カイルの好みの女性はどんな女だ?」
「特にこれといったものはないな。あえて言うなら性格か?」
出来れば俺の胃に優しい女性がいい。口には出さなかった。
なるほどなーと頷いた後お酒を飲む。その飲み方も豪快で男らしい。
トラさんと飲み始めて1時間くらいか? サーシャは化け物だから比べるつもりはないがトラさんもなかなかお酒が強い。
「俺など、どうだ?」
「トラさんが女性なら良かったかもね」
俺の返事にトラさんは首を傾げていた。変な返しをしたつもりはないが…。
「女性なら良いのだな」
「そうだな。トラさんの性格は分かってるし付き合いやすいだろうね」
「そうか!」
うんうんと、少し嬉しそうにトラさんが頷く。
あくまでも女性ならだ。トラさんはたまに問題を起こすが基本的には頼れる兄貴のような人だ。
気心も知れた間柄だ。悪くはないだろう。
だがあえて主張するなら俺はノーマルだ。同性同士には興味はない。
それから妙に機嫌のいいトラさんと1時間ほど一緒にお酒を飲んで、お開きとなった。
と言っても帰る場所は同じ。部屋も同じ二階にある。俺の部屋の前まで会話しながら一緒に向かった。
「俺が女性なら良いのだな?」
俺の部屋の前でトラさんが聞いてきた。お酒に酔って顔は少し赤らんでいる。
なんでそんなにしつこく確認してくるんだと疑問に思いながら、
「トラさんが女性ならね」
そう言った瞬間に俺はトラさんに担がれ、俺の部屋に連れて行かれた。
そこで俺は初めてトラさんの性別を知り、流されるままトラさんに喰われた。
───自業自得だ。
酒場のやり取りを思い返せば、トラさんをさんざん煽った結果が招いたものだ。
あえて言い訳させて貰うとするなら、俺はトラさん男だと思っていた。
トラさんの性別を知っていればまた対応は違った筈だ。
後悔しても仕方ない。既にヤッてしまった事をなかった事に出来ない。責任取るべきだよな?
ため息が漏れた。
「んん…」
ため息に反応したのかトラさんが身動ぎした。様子を伺おうと顔を近付けるとトラと目が合った。どうやら起きたようだ。
「おはよう」
「うむ、おはよう」
何時もと変わらないトラさんだ。
そこに少し安心したが、よくよく考えるとトラさんは裸だった。
行為をした後でアレではあるが、目のやり場に困ったのでトラさんにシーツを渡す。
クハハハと笑ったトラさんが、シーツで体を隠したので改めて向き直る。
「トラさん、…あの…その」
正直に凄い言い難い。
流石に女性に対して男と勘違いしてたなんて侮辱が過ぎるだろう。
そんな事言えば平手の1発は飛んでくる。それがトラさんから放たれたら俺の頭はゴブリンのように吹っ飛ぶに違いない。
いや、決して怖く言い出せなかった訳ではない。
「ごめん、俺トラさんの事男だと思ってた」
言った後に、生きてたら良いなと歯を食いしばったがいつまで経っても平手は飛んでこない。
身構える俺に、クハハハというトラさんの笑い声が聞こえた。
「殴られると思ったか?
男と間違えられたくらいで怒るほど俺は繊細ではないし、心は狭くないぞ」
言葉に詰まった。罪悪感が凄い。
「つまり酒場のあれは男と思っていたからか。俺が勘違いして早ってしまったのだな!
それは悪かった」
「根本的な問題は俺にあるから謝らないでくれ」
「そうか? 分かった。カイル、悪いが一つだけ答えてくれ。カイルは俺に好意を持っているか?」
真剣な表情だ。はぐらかすのは不味いだろう。
いや、最初からそんな気はないしトラさんに嘘をつく気もないが。正直に言おう。
「仲間としての好意はある。それが異性としてという言う意味なら自分でもよく分からない。
正直、混乱してる部分が大きい」
俺の素直な気持ちだ。仲間としてトラさんに好意を持っている。
異性としてと問われれば回答に困る。ほんの少し前まで男と思っていたのだ。まだ少し混乱している。
俺の返答に対してもトラさんは怒る様子はなかった。クハハハと豪快に笑って返すだけだ。
「そうか。なら昨日の夜の事はそこまで重く受け止めなくて良い。忘れてくれても構わん」
「いや、流石にそれは」
「その代わり!これから俺はカイルのみに好意を伝える事にする!カイルのみに愛を囁こう!
もしその気持ちに答える気になったら言ってくれ。結婚しよう」
「あ、はい。その時は言います」
なんと言うか、強い人だ。女性ではあるが、凄い男らしい人だ。
こういう人だからこそ何時も頼ってしまう。きっとこれから好意を抱く事はあっても嫌いになる事はないだろう。
クハハハ!と満足気に笑うトラさんを見て俺も思わず笑った。
───豪快なトラさんはカッコイイ。
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