第二十九話 分断

「キコくん!」


 内陣の外を出ると仲間が抱きしめてくる。体の暖かさを感じてまた涙があふれてくる。今の自分にとっては仲間が言ってくれたキコという呼び方が心地良かった。


 しばらく仲間は良かったと言いながら抱きしめ続けようやく解放された。忌子は振り返り、内陣にいる清司に目をやる。彼は座り込み、ぼうぜんとこちらを見つめていた。そこには信じられないという気持ちが透けて見えるようだった。


「行こう。呪いが強まっていく感じがする」


 仲間が声をかける。本殿の外に出ると、空に広がる灰色の雲はわずかな日の光さえ感じられないほど厚く広がっていた。ときおり雷鳴が遠くから聞こえてきている。


「とりあえず、この地域から離れよう」


 急ぎ足で境内を進みながら仲間が言う。


「この呪いは氏子に対して影響が出ている。それはつまりこの地域に縁がある人が呪いにかかっているということだ」


 だから彼女には呪いが起きていなかったのか。自分のためを思って行動してくれていたことがわかり忌子は安堵する。


「じゃあ遠くに行けば呪いが解けるってこと?」


 楠本が問いかける。


「いや、それはわからない。ただ少なくとも地域外の人は彼女に向かって何かしてくることはないだろう」


 仲間の分析に忌子は心の中で舌を巻く。まさかこの短時間で、それだけ考えていたとは。


 境内から駐車場へと向かっていると、突然先頭を歩く仲間の足が止まる。彼女はこちらを振り返り口元に人差し指を当てながら、木陰へと移りしゃがみこんだ。仲間に倣って忌子たちも静かに木陰へと身を寄せる。


「どうしたんですか?」


 忌子が小声で仲間に声をかける。


「こっそりと駐車場の方を見てくれ」


 仲間に言われた通りに茂みから顔を出して駐車場に目をやる。すると駐車場には十人ほどがうろついていた。巫女など見知った顔も何人かいたが、ほとんどは知らない人だった。彼らの手には角材やシャベルなど鈍器になりそうなものが握られている。


「どう見てもこちらに害をなそうとしているな」


 仲間がため息をつきながらつぶやく。


「もしかして儀式を壊したせいですか」


 秀俊の顔が青ざめている。


「その可能性はあるが、正直なんとも言えない。今考えるべきはどうすれば車を手に入れられるかだ」


「でもこんな状況でどうすれば」


 駐車場に置かれている車は数台だ。こんな開けた状態で車に乗ろうとしてもすぐに見つかってしまう。


「キコくん。どこか君たちが安全に身を隠せる場所はないか?」


 唐突に仲間が問いかけてくる。


「えっ」


「車は私と楠本でなんとか確保する。その間に君たちはどこかに隠れていてほしいんだ」


「僕のせいでこんなことになった! だから一緒に手伝います」


 秀俊が仲間に対して身を乗り出しながら話す。


「いや。君たちふたりを探している可能性が高い。むしろ私たちだけで行った方が、案外すんなりと車に乗り込めるかもしれないだろ」


 仲間が軽くほほ笑みながら秀俊を説得する。その姿に忌子は秀俊に罪悪感を覚えさせないようにする気遣いを感じた。


「資料を保管する倉庫なら暗証番号でロックされているから安全だと思います。番号を知っているのも私と父様だけですし」


 彼女の気遣いに報いるためにも、忌子は隠れる場所を提案した。


「そうか。それはちょうどいい。ふたりでそこに向かってくれ。車が手に入ったら彼のスマホに連絡を入れるから」


「田島くん。こっち」


 忌子は姿が見えないように身をかがめながら手招きで秀俊を案内する。仲間たちの方を振り返りながらも、彼も身をかがめながらついてくる。そのとき忌子の頭に冷たいものを感じた。空を見上げるとぽつりぽつりと雨が降り始めていた。


 誰かに鉢合わせしないように神社の裏手へと続く道へと進む。すると駐車場の方からざわめきが聞こえてきた。また複数人の声で、いたぞ! という声も聞こえてきた。


 どう考えても仲間たちが追われていることを示していた。しかし今更、戻るわけにもいかない。ふたりを信じて隠れ続けるしかないのだから。

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