【3】相手のことを考えて行動しましょう
第12話 鋼鉄の女は回想しています
かつて根城にしていたドラッグストア跡地で、若き日のケイキが言う。
「お前さぁ、そういうのいい加減にしねぇ?」
「ああ?」
声をかけられた若い頃のフタバは、威圧する声で返事をした。
そういうの、とケイキが示した先には、店内で暮らしている年若い子供たちの姿があった。
幹線道路沿いに建てられた巨大ドラッグストアは、大穴崩落から数ヶ月後にフタバがこの町にやってきた頃には、すでに廃墟になっていた。
棚にあった物資はことごとく奪い去られ、今では調達してきたビニールシートや段ボールをところどころに張ることによって、即席の住宅になっている。
そして、そこに住まう家なき子供たちのトップを、15歳のフタバは勤めていた。
別グループのトップを勤めているケイキは、諸々の話し合いのためにそんな場所にやってきていた。
「何のことだよ、ケイキ。私のやり方に口出しすんのか?」
「したくもなるだろ。こんな風に弱い奴らを無条件に引き取って餌付けしてさ。ある程度は見捨てねぇと自分が潰れるぞ?」
茶化すように笑いながら言うケイキに、フタバもまた軽口で返す。
「ハッ! なんだ、心配してくれてんのか? 対立グループのリーダーの私を?」
「ああ、そうだ。心配してんだよ」
急に真面目な顔になったケイキにそう告げられ、フタバは意表を突かれて口を閉ざした。彼は真剣な目でこちらを見つめている。
「なぁ、こんなところで燻ってないで、お前だけでもうちに来ないか? グループのことなんて他のやつに任せてさ」
そんな無責任なことを言うケイキは、他のグループのリーダーを勤めていた。
しかもそのバックには彼の母親の厄獣がついているらしく、少なくとも何の後ろ盾もないこのグループよりも安定した暮らしが送れることは間違いない。
だが、フタバにはそれに従えない理由があった。
「お断りだね。こいつらを見捨てる選択肢は私にはない」
「だけどよ! だったら、こいつらも含めてウチの配下に加えてもいいから……!」
すがるように言うケイキに、フタバは静かな目を向けていた。
配下の子供たちを裏切れない気持ちが理由なのは間違いではない。だが、彼に従えないのはケイキのグループに立っている悪い噂のほうが大きな理由だった。
徒党を組んで、厄獣を迫害する連中と報復の連鎖を繰り広げているという噂。そんな鉄火場に、自分を慕ってくれている弱い奴らを巻き込むわけにはいかない。
たとえ、ケイキが自分に対して、恋愛感情を抱いていると分かっていても。
一歩も引かずに黙り続けるフタバに、ケイキは大きくため息をついた。
「……そうか、また来るよ」
「ああ、たまになら顔を見せてもいいぞ」
ある程度の親愛を込めた返事に、ケイキは笑顔になると、自分の配下を連れて去っていこうとした。
フタバは少しの間その背中を見た後、声を張り上げた。
「おい!」
彼女の声に、ケイキは振り返る。フタバは――様々な感情を飲み込んで、一言だけ告げた。
「……厄獣狩りには気をつけろよ」
「ああ、ありがとよ」
ニヒルに笑って、ドラッグストアから出ていくケイキ。フタバはその後ろ姿が見えなくなるまで、彼を見送っていた。
そんな、つかず離れずの関係性。
それが決定的に分かたれてしまったのはいつだったのか。
少なくとも、30年の年月を経て自分たちはもうわかり合えないところまで来てしまった。それだけは確かだった。
*
そして現在。
血の海になっている事件現場から出たフタバは、血の匂いのせいで鈍ってしまった鼻をすんと鳴らしながら、タバコを取り出したところだった。
タバコの先端にライターの火を近づけ、深く息を吸い込む。肺まで入れた煙を空に吐き出し、もう一度鼻をすすった。
「……いつまでこんな茶番を続ける気かね」
ぽつりと呟いた言葉に答えてくれる者はいない。直属の部下も、昔なじみの知人も、彼の部下も、事件現場で捜査に当たっている。
真面目ぶった顔で、意味のない行動を続けている。
それが妙におかしくなってきて、フタバは人知れず小さく笑った。
確信や証拠はない。だが、一連の事件の犯人になりうる人物は分かっている。それを指摘して、全てを壊すのが嫌なだけで。
この町の連中には、かつて配下に置いていた子供たちも被害を受けていた。よせばいいのに関わりに行った数人は、火あぶりにされて殺された。彼らの助けを求める声を無視するには十分すぎる理由だ。
どこか遠くで爆発音が響いた。フタバは再び紫煙を吐き出した。
「……ふぅー………」
市民同士の小競り合いか、それとも一連の事件に関連した爆発か。どちらにせよ、このタバコを吸い終わるまではフタバは動くつもりはなかった。
これはただの私情だ。この町の秩序側の存在である、今の自分にはふさわしくない。このままではいけないのは自分でも分かっている。
だから、厄対をこの事件に引き込んだ。彼らが真実にたどり着いたら、素直にこの首を差し出すつもりだ。
それが最後の一歩を踏み出せずにいる臆病な自分ができる唯一の――
「ぴゃん」
「あ?」
可愛らしくも奇妙な鳴き声が聞こえ、フタバは足下を見下ろす。そこにいたのは、真っ黒な体毛をした一匹の獣だった。
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