【2】捜査にはご協力をお願いします
第7話 勝手に動くことに意味があります
邪魔者扱いそのものの態度で、タマキとシータはキープアウトのテープの外側へと追い出され、ビルの入口の前で顔を見合わせた。
「……と言われましても」
「困りましたね、タマキ後輩」
途方に暮れるタマキに対し、シータの表情はいつもどおり『無』の感情を宿している。タマキは真面目な顔でそれを指摘した。
「大して困っている顔ではないですね」
「僕は先輩なので、こういう時に余裕を保てるんです」
「なるほど。そういうところは素直にすごいと思います」
「ふふんっ」
シンプルに褒められたと思ったシータは、誇らしげに胸を張る。タマキとしては冗談めかした発言のつもりだったので、少し間抜けにも見えるシータの様子に笑いを噛み殺す羽目になった。
「んんっ……それよりこれからどうしましょう? 手がかりは渡されたこの捜査資料だけですが、下手にこれを元に捜査を進めたら、他の生活安全課の捜査とかちあってしまうのでは……」
「そうですね。フタバ女史は、僕たちだからこそできる捜査を望んでいるのだと思いますし」
シータは世間話のように話しながら、さりげなくタマキを促して歩き出した。タマキもその意図を察して無言でその後をついていく。
そして、『胡乱な事件現場から出てきた人間』として集めていた注目を足早に振り切り、誰にも後をつけられていないと確認した後、タマキとシータは人気のない路地裏に体を滑り込ませた。
「ふう。ここでなら色々話せますね」
「驚きました。シータさんがこんな真っ当な捜査員のようなことができるなんて」
「失礼な。僕だって、安穏室長やココさんがいないときはちゃんとやります」
「上司と同僚に甘えてるだけじゃないですか。誇らないでくださいよ……」
この場にはいない二人の心労を察し、タマキは胃が痛くなる。そんな内心には一切気づかず、シータは真面目ぶった顔で尋ねてきた。
「タマキ後輩。フタバ女史が、昨年までシャットアウトしていた厄対を、どうして今年になって捜査に加え、しかも独立して動くように指示したのか分かりますか?」
「どうして、ですか」
その問いは、シータが先ほどフタバ本人に問いかけた疑問だった。とっさに答えることができず考え込むタマキに、シータは人差し指を立てる。
「ヒントは、僕たちがフタバ女史の直属ではないということです」
直属ではない。フタバの直接の支配下にはない。つまりそれは、もし何か問題がおきたとしても、彼女の責任にはならないということで。
もしそれが厄対への純粋な嫌がらせによるものではなく、合理的な判断による采配だとすれば、答えは一つ。
「まさか、生活安全課では表立って手出しできない相手が犯人……?」
「僕もそう推測します。よって、僕たちがすべきことはおそらく、生活安全課が手を出せない範囲をカバーしつつ、彼らにはできない方法で捜査を進めることです。理解できましたか?」
こてんと首を傾げながらの確認の問いに、タマキは面食らった顔を隠せなかった。数秒の沈黙の後、シータは逆側に首を傾ける。
「タマキ後輩?」
「……シータさん、熱でもあるんですか? あなたがそんなに理路整然と話すなんて」
「むっ、僕は元々理路整然としています。いつもは他に頼る人がいるからやらないだけです」
「はは、自慢することじゃないですよ……」
苦笑しながらも納得するタマキをじっと責める目で見た後、シータはタマキの腕から捜査資料を取り上げた。
「では、まず捜査資料を確認しましょう。去年までは厄対はこの捜査から締め出されていたので、僕としてもしっかり再確認する必要があります」
「は、はい!」
あくまで真面目に話を進めるシータの頼もしさに困惑しつつも、タマキはシータが取り出した捜査資料を覗き込む。
そこに書かれていたのは、悲惨な3つの事件の情報だった。
トコフェス無差別殺傷事件。
最初に事件が起こったのは3年前。今回と同じように東区の雑居ビルが襲撃にあい、少なくとも16名が死亡。
トコフェスの最中だったということもあり、民間武装会社が主導して捜査にあたった。しかし、犯人の手がかりを掴むことはできず迷宮入り。
それ以来、毎年トコフェスの時期になると同様の事件が起きるように。2年目からは民間武装会社だけではなく、生活安全課の一部も捜査に加わり、『客人』の仕業ではないかという証拠を掴む。しかし、犯人の特定には至らず。
3年目の事件の際も、生活安全課と民間武装会社が合同捜査を行った。例年と同じような痕跡を発見できたものの、犯人を見つけ出すことはできなかった。
被害者の共通点は、全員が人間であることぐらいしかない。テロリスト予備軍のような人間もいたが、ただスポーツを楽しむだけの団体もいた。人間という種族を狙ったテロの可能性も上がったが、現場に『客人』の痕跡が残っていたことから否定されている。
現在は人間を好んで襲う『客人』が犯人であるという線で捜査が進んでいる。
「……なるほど」
資料に目を通し終わったタマキが、繰り返されてきた事件のおぞましさに眉根を寄せる。シータはぱらぱらと資料をめくり、一人納得するように頷いた。
「ふむ。やはり、厄獣対策室の名前はどこにも上がっていませんね」
「それは当然なのでは? 去年までうちはシャットアウトされていたんでしょう?」
「ええ。ですが、事件の存在は僕たちにも知らされていましたし、『客人』絡みの事件であれば、普通はまずこちらに問い合わせてくるはずです。何しろ、『客人』の名簿を持っているのはうちですし」
真っ当な理屈を述べるシータに、タマキは顎に手を当てて考え始める。
「実際、厄対からこの事件への情報提供はしていたんですか?」
「公には、行っていないことになっています」
「……というと?」
タマキに促され、シータは淡々と事実を説明する。
「さすがにここまで事件が連続すると、厄対も動かなければ、五芒会議で叱られてしまいますからね。そのポーズのためにも、2年目の事件の時点で『偶然、情報が渡った』という体で、フタバ女史個人へのサポートは行ってきました」
「なのに、報告書にはそれに関する記載が一切ない」
「はい。こちらの名前を出したくないのなら、善意の情報提供者として記せばいいところを、それすら行っていません」
フタバ個人へのサポート。ということは、彼女個人から厄対に要請が送られたということで、彼女が私情で厄対を締め出していたという可能性は限りなくゼロに近い。
そしてこの報告書は、当然だが一般に公表されているものではなく、内部の人間しか見ることができないものだ。
「となると……フタバ課長から見て、厄対から情報を得ているということを隠したい存在が内部にいた、ということでしょうか」
「冴えていますね、タマキ後輩。僕もその可能性が高いと思います」
こくりと頷いたシータに、タマキも頷き返す。この認識で捜査を行うのが、自分たちに求められていることなのだろう。
タマキはシータから捜査資料を受け取り、茶封筒の中にしまい込む。それをさらにビジネスバッグに詰め込みながら、タマキは途方に暮れた息を吐いた。
「ですが実際、これからどうやって動くべきでしょうね。その思惑が分かったところで、自分たちだけにできることが何かまでは分かりませんし……」
「ふふん。安心してください、タマキ後輩。僕に名案があります」
タマキが顔を上げると、そこにはキリリッとドヤ顔をしているシータの姿があった。
自分で自分の案を名案と言うなんて、不安要素しかない。
これから起こるであろう一騒動を予感し、タマキは早くも顔をひきつらせた。
そんなタマキの様子には気づかず、シータはタマキに歩み寄ると、その胸元に自分の手を当てた。
「タマキ後輩、身分の詐称をしましょうか」
「え?」
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