第3話 民間武装会社は協力しています
タマキたちが事務所に戻ると、シータは床に正座させられていた。
「鳥羽シータぁ……私になにか言うことがあるんじゃないのか?」
「いいえ、ありません、フタバ女史。僕は何を言えばいいのでしょうか」
シータを正座させているのは、歩く暴虐、小さな鉄の女、トコヨ市役所生活安全課課長の結城フタバだ。
その光景を目にした瞬間、安穏は絶望からマグカップを取り落としそうになり、タマキがとっさにそれをキャッチした。
中身のコーヒーが若干跳ねたが、マグカップ自体は割れることなくタマキの手に収まる。
安穏は震えながら、事態を見守っていたココに問いかけた。
「な、何? 何があったのココちゃん?」
「あー……軽い休憩を取っているところをフタバ課長に見咎められてね……。それでも仕事に戻ろうとせずに頑なに休憩を続けるから、フタバ課長すっかりお冠で……」
事情を聞き終わった安穏は、ふっとその場で気を失いそうになる。後ろに倒れかけた安穏を、タマキは片手で受け止めた。
「室長、大丈夫ですか」
「うーん、ダメかも。現実逃避していい?」
「それはちょっと……」
ぐったりと体重を預ける安穏の体を押し戻し、タマキは安穏を現実と向き合わせる。その瞬間、偶然にも安穏はフタバとばっちり目が合ってしまった。
「ほう、集団サボタージュの親玉のお戻りか。言い訳なら聞いてやる。遠慮せずこっちに来るがいい」
「ヒーン……」
痩せぎすの中年男性には似つかわしくない情けない声を上げながら、安穏は大人しくフタバの前へと向かう。
肩を落として縮こまりながら、恐る恐る安穏はフタバに問いかけた。
「あの……僕も正座すべきでしょうか……?」
「どうだろうな。悪いことをした自覚があるなら、正座したほうがいいんじゃないか?」
皮肉たっぷりにそう言うフタバに安穏は、正座せずに休憩の正当性を主張すべきか、それとも一旦正座した上で話を進めるべきか、あわあわと迷い始める。
まさに絶体絶命。フタバの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だ。
だが、その時――生活安全課のオフィスの入口が勢いよく開き、爽やかな声が事務所全体に響き渡った。
「失礼しまーす! フタバはここにいるかな?」
「……チッ!」
フタバはそちらを見ようともせずに、大きな舌打ちをする。その顔には明確な嫌悪が浮かんでおり、正面からそれを見てしまった安穏は、あまりの迫力に小さな悲鳴を上げた。
「ひぃっ……フ、フタバ課長、お客様ですよ……?」
「言われなくても分かっている。口を開くな、昼行灯」
「は、はいぃ……!」
淡々と罵倒され、安穏は背筋を伸ばしてそれに答える。フタバは忌々しそうに鼻を鳴らすと、事務所の入口へと荒々しい歩調で近づいていった。
そこで大人しく待っていたのは、筋骨隆々の大男だ。年齢はちょうどフタバと同じぐらいの40代半ばだろうか。
フタバは男の前まで歩み寄ると、下からガンをつけるように彼を睨みつけた。
「何の用だ。ケイキ社長御自らのお出ましとは」
「ええ? 幼馴染にそんなよそよそしくしないでくれって! 泣いちゃうぞ?」
「泣くなら他所でやれ。成人男性の泣き姿など見苦しいだけだ」
「あはは、照れちゃって」
「はあ?」
打てば響くようなやり取りをする二人を見て、タマキは声を潜めて安穏に尋ねる。
「室長、あの方は……?」
「民間武装会社ヨナキの社長の夜鳴ケイキさんだよ。人と厄獣の間の混じり者で、見ての通りフタバ課長とは知己の仲でね」
「……民間武装会社?」
剣呑な単語が説明の中に混じったことに気づき、タマキはオウム返しに尋ねる。安穏は疲れたため息を吐いた。
「治安維持が生活安全課の仕事だけど、トコフェスの間に限ってはさすがに人手が足りなくなるんだよね。だから期間限定で、治安維持の外部委託をしてるってわけ」
「なるほど……」
納得するタマキに、正座をしたままのシータが付け加える。
「有力者であるヤト様が大穴の管理に集中するから、トコヨ市全体のバランスが崩れるんです。ヤト様が動けないタイミングで悪いことをしようとする方も多いので」
シータの説明は漠然としたものだったが、「悪いこと」という言葉に含まれた様々なトラブルは簡単に想像できる。
トコヨ市は、町の内外を含めた様々な陣営の思惑が渦巻く厄獣指定都市。そんな場所のパワーバランスが崩れれば、何が起こってもおかしくはない。
これから降りかかる厄介事を予感して難しい顔になるタマキに、安穏は軽い調子で笑った。
「あはは、うちは主にトコフェス本部担当だから、彼らと仕事が重なることはあんまりないよ。ここ数年起きてる事件が繰り返されたら、その限りじゃないけど……」
最初はタマキを元気づけようとする言葉だったのだろうが、後半で不穏なことを言ったせいで台無しだ。
タマキは、どう反応すればいいか分からず曖昧に笑った。
その時、遠くで打ち合わせをしていたケイキが不意にタマキたちのほうを見て、声を上げた。
「おや、見ない顔だね! 新入りかな?」
大股でのしのしと近づいてくる大男に、タマキは反射的に敬礼をした。
「三週間前にトコヨ市外から厄獣対策室に配属された東雲タマキです! よろしくお願いいたします!」
「そうかそうか! 威勢がいいな! 俺は夜鳴ケイキだ。よろしくな!」
「はい!」
ケイキに手を差し出され、とっさにタマキはその手を握り返す。ケイキは笑顔で握った手をぶんぶんと振った後、すぐにタマキを解放して背を向けた。
「じゃあそういうわけで! フタバ、当日はよろしく頼むな!」
一方的にそう言うと、ケイキはさっさと帰っていった。フタバはらしくもなく頭痛をこらえるような顔で深くため息をつき、八つ当たりをするかのようにぎろりと厄対の面々に目を向ける。
「ひぃっ」
小さく悲鳴を上げた安穏の口をココが手で塞ぎ、ぼんやりと立っていたシータの姿勢をタマキが正させる。
フタバはそれをじっと睨みつけた後、ふいっと顔をそらして自分の席に向かって歩き始めた。
「説教は後日に回す。私の気が変わらないうちに、さっさと仕事に戻るんだな」
普段はここから説教が続くはずが、思いの外あっさりと解放されたことに戸惑い、タマキたちは互いに顔を見合わせる。
「……どうしたんでしょう」
「さあ……?」
だが、それ以上の追求はやぶ蛇であると悟り、タマキたちはそそくさと自分たちの仕事へと戻っていった。
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