第19話 大切な人を守れるように
電柱の上のスピーカーからアナウンスが流れ、どこからともなく現れた市役所職員たちが長いロープを広げながら人混みを道の脇に押し込んでいく。
同時に、『客人』行列を見物したい市民たちは、押し合いへし合いしながらロープの最前列を陣取っていく。
物陰にいたタマキと少年はそれに乗り遅れてしまい、分厚い人の壁の後ろにしか場所取りができなかった。
「……仕方ない。坊や、しっかり掴まってるんだぞ」
「えっ、うわぁ!」
タマキは軽々と少年の体を持ち上げると、自分の肩に座らせて肩車した。最初は慣れない体勢に戸惑っていた少年だったが、タマキの頭にしがみつく形でなんとか体を安定させる。
「どうだ? 見えるか?」
「う、うん……!」
肩の上からの視界は、目が回りそうになるほど位置が高く、少年は恐怖と期待で胸を高鳴らせる。
数分後、屋台に点っていた光が消され、通りを照らしているのは月明かりだけになった。
「来たぞ……!」
周囲の見物客が、声を潜めて月を指さす。
少年は空に目を向け、煌々と輝く月を視界に入れ――それを蠢きながらゆっくりと遮っていく黒い塊を目にした。
――シャン、シャラン……
黒い塊の先頭には、清浄な鈴の音を響かせながら走る数頭の白馬の姿があった。白馬の背に乗る人影は迎え火である松明を持っており、黒い塊がはぐれないように先導している。
接近するにつれ、黒い塊の正体が、不定形をした無数の『客人』の群れだということが分かり、少年はぞわぞわと肌を粟立たせた。
彼らが、自分と同じものだということは分かる。だが、だからこそあんな不安定なものに触れたら、一瞬で自分の存在が溶けてしまうだろう。
そんな未来がはっきりと見え、少年は体を震わせて怯え始める。
「坊や、どうかしたか?」
「う、ううん、なんでも――」
その時、黒い塊は地面に衝突すると、トコヨ神社の参道を濁流のように流れ始めた。
轟々と音を立てて進む『客人』たちの列に、少年はすっかり震え上がってタマキの頭にしがみつく。すると、ちょうど隣にいた気がよさそうな厄獣が、笑いながら少年に声をかけてきた。
「大丈夫だぞ、坊主! こっち側に来ないように術式が組んであるから――」
「あっ」
認知された。これから起きることを本能で理解し、少年は絶望で硬直する。
こんな危険なタイミングで僕を認知なんてしたら――!
――ゴオオオオオ、オオオオオオ、オオン――――
『客人』の中でもとりわけ巨大な一体が立ち止まって咆哮し、気まぐれにこちらに体を倒す。市役所職員によって張られた術式は、紙切れのようにあっさりと破壊され、タマキたちを含めた見物客たちを押しつぶそうとする。
「っ……!」
次の瞬間、少年の体は宙を舞っていた。音が消え、ゆっくりと流れる時間の中、こちらを後ろに投げ飛ばしたタマキと目が合う。
逃げろ、とその目は雄弁に語っていた。
「うわあああ!」
「きゃあああああ!」
『客人』の巨大な体躯は、十数人の群衆をあっさりと押しつぶし、その衝撃で土埃が舞い上がった。周囲の人々は悲鳴を上げて、逃げ惑いはじめる。
そんな、僕のせいで、なんで。
混乱と絶望で少年はへたり込み、ただ目の前の惨状を見つめる。
市役所職員が慌てて駆けつけてきたが、『客人』の腕に掴まれて口の中に放り込まれた。
その光景がさらに恐怖をあおり、恐慌状態になった人々は我先にと逃げ始める。
少年は腰が抜けた状態でそんな様子を見ていたが――あることに気づいて、ハッと正気を取り戻した。
ゼリー状の半透明の体の中には、押しつぶされ、捕食された人々の影が見える。その中にタマキの姿を見つけた少年は、勇気を振り絞って立ち上がった。
まだ間に合う。僕がやらなきゃ。
僕が、僕の力で、タマキさんを助けるんだ。
「――おい、そこの『客人』!!」
全力で声を張り、少年は『客人』を呼び止める。自分の身長の軽く五倍はありそうな『客人』は、首を巡らせて声の主を探したようだったが、すぐに興味を失ったのか少年とは違う方向へと歩き出した。
行かせない。絶対に取り戻す。僕にだって、できる。タマキさんがそう言ってくれたんだ。だから、絶対に……!
少年は震える膝に力を込め、『客人』の前に躍り出る。そして『客人』の体へと手を伸ばし、ブヨブヨに蠢くその肌を強く掴んだ。
「僕を……っ、見ろ――!!」
その瞬間、『客人』は初めて少年のことを認識した。少年の内側にある性質が喚起され、認識した『客人』に災いをもたらす。
「ギィ、アアアアギャアアアアアア――!」
『客人』が踏み潰していた屋台のうちの一つが小さな爆発を起こし、その炎が『客人』の体を舐める。反射的なものなのか、『客人』は今まで取り込んだ人々を吐き出し、炎から距離を取った。
その中にタマキの姿があるのを確認し、少年は安堵で全身の力が抜けそうになる。
よかった、僕の呪われた力でも大切な人を守れたんだ。
「っ、タマキさん……!」
倒れてしまいそうになる足を叱咤し、少年はタマキへと駆け寄ろうとする。だがその時、それまでもがき苦しんでいた『客人』が少年の行く手を遮った。
「ギィギルルルルルル……」
『客人』の落ちくぼんだ目はしっかりと少年を捉えており、今、己に危害を加えたのが少年であるとはっきりと理解している。
明確な怒りの感情を向けられていると本能で悟り、少年は声を上げることもできずに硬直する。
大木のような『客人』の腕が振り上げられ、少年を仕留めようと狙いを定める。
少年は一歩も動けないままその様子を見上げ続け――
「っ……!」
――突如光の一閃が飛来し、雄々しい嘶きとともに『客人』の体を地面へと縫い付けた。
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