第3話
家はすぐ近くである。だから僕のような子供でも気軽にこんな時間のお参りに出られるのだ。
「ただいま、父さん帰った?」
「まだ」
母さんが簡潔に答えた。まだ茶の間にいる婆ちゃんが何か言いたそうにため息をつく。が、そのまま呑み込んだ。
父さんも仕事から帰って夜はハルを探しているのだ。何か言いたくても言えないのだろう。
『元々爺ちゃんが見つけた猫だしな……』
僕は、ぼんやりとハルのことを考えながら風呂に入った。ごはんも宿題もすませているので、あとは寝るだけだ。
神様のことも少し気になったが寝床の中に入って暗い部屋でつらつらと考えていると、なんだかあの声も夢の中の出来事のようで、いつしか忘却と眠りの淵に沈んでしまっていた。
翌朝。今日は学校が休みなので、朝からハルを探してみようかなと考えていた。
遊ぶでもなくダラダラするでもなく我ながら真面目だなと思うが、そもそもウチは町中からは遠く離れているので友達の家まで行くのも一苦労なのだ。
昨日もお参りした稲荷を中心に、ポツンと離れて山腹と湖……というほどは大きくない池というか沼みたいな水たまりに抱かれてある妙な集落の中にある。
車もほとんど通らない。ので、この辺りの地域猫も安心である。帰ってこないことも正直よくあるのだが、今回のものは時期が長いのである。
僕は家族に声をかけてから外に出た。父さんはまだ寝ているみたいで返事はなかった。
暦の上では春とはいえ、まだ寒い。吐く息も白くなる。
山気を受け、昇り立つ煙の妖怪のように細く糸を引きながら、僕の呼気は大気に溶けていった。
「……そろそろハルさんも帰ってくるみたいですにゃー」
さて、どの辺から探そうかな、と思っているまさにその時、何やら気になる会話が聞こえてきた。
「もうそんなになりますかにゃ。ハルの
聞こえた。確かに〝ハル〟と聞こえた。
多分探索中の猫のことだろう。近所にハルという名前の人はいない。
誰がなぜ猫に〝さん〟だの〝旦那〟だのとつけながら話しているのだろう? 周囲を見回してみるが、それらしい人影はなかった。
「この辺も仕切ってくれるお方ができるとありがたいですにゃ」
「稲荷との兼ね合いもありますしにゃあ……」
「そういえばこの度、禰古谷の禰古屋敷をハルさんに紹介したのもあの稲荷だという……」
古い石垣の上に居る猫と、僕の視線がバチッと合った。
途端に話し声が聞こえなくなる。
「……そういえば、湖川のとことの夏雄はもうずっとハルさんを探してるみたいにゃで」
「でも、あの
猫が二匹、探るような目つきで僕を見ている。声が聞こえなくなると口が閉じる。
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