第2話
『最後の三回だけとっても〝見つけてください〟〝見つけたいんです〟〝見つけられますように〟だ』
『あまり違わないような……』
『全く違う。〝見つけてください〟は私に見つけろという意味だろう? 〝見つけたいんです〟の場合見つける主体はお前だ。〝見つけられますように〟は漠然と夜空に放たれるような文句だ』
理屈っぽいが言われてみればそうかもしれない。
『どれがいいんだ? 私が見つければいいのか? お前自身がハルを見つけれられるようになればいいのか? いつの日か見つかればそれでいいのか?』
最後のはちょっと遠慮するとして〝私が見つければいい〟もひっかかる。見つけてすぐに知らせてくれればいいんだけど……。
『早く決めてくれ。もういいのならそれでも』
「ぼ、僕自身が見つけられるようにしてください!」
思わず声に出してしまう。早く言わないと折角のチャンスが無効になりそうな気がして焦ってしまったのだ。
『わかった。二、三注意事項があるのだが……』
「キミ、何してるの?」
途中で割り込んでくる声がある。どうやら神様の声ではない生の声らしい、と僕は寸でのところで気づいた。
「ああ、ちょっとえー、お参りを……」
ドキッとしたが、知り合いだった。近所の人だ。
「ああ、夏雄か。願掛けでもしてるの?」
夏雄は僕の名前だ。夏に生れたからだろうか? まだ訊ねてみたことはない。
「ええ、まだハルが帰ってこないので」
おじさんは僕の言葉を聞いて、少し難しい顔になった。
「ハルか……まだ帰ってこないの? いや、もう十年選手だもんなあ」
この人はうちの家族とも親しくハルのことも良く見知っている。一緒に世話もしたことがある。のはいいのだが〝十年選手〟の意味がよくわからない。
「ああ、いやあ、なんていうかなあ」
訊ねても苦笑いしながらモゴモゴ言うばかりでなかなか答えてくれない。
「えーと、気を悪くしないでよ? 別に悪気はないからね? その、猫ってさ、死ぬ間際にひっそりとどこかに姿を消す、みたいな話聞いたことない?」
「は?」
はっきり言わないおじさんを少ししつこいかな、と思うくらい問い詰めてようやく聞き出したところによると要は猫は死期が近づくと死に場所を探すために旅に出る、というような俗信? か言い伝えか何かがあるらしい。
さっきも言ったが、十歳といえば猫としては高齢。そろそろ旅立ったのでは……? と言いたいらしかった。
「いや、悪気はないんだって! ほんと!」
大袈裟に手を振りながら、おじさんは去って行った。態度や口調はふざけていたが、一応悪いとは思っているらしかった。
当たり前だ。こっちはその猫……ハルが見つかりますように、と願掛けにきているのだ。
しかし少し真剣に考えてみても、ハルがそんな〝死出の旅〟に出たとは考え辛かった。どちらかといえば猫としてもふてぶてしく、そんな殊勝な性格ではない。
ようやく一人になれたので、もう一回心の中で神様に呼びかけてみたのだが応答はなかった。もう時間切れということか。
稲荷だけに、なんだか狐に抓まれたような気分で僕は家に帰った。
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