第6話 ギャルとクラスメイト

 週明け。


 俺は鞄に包みを一つ、忍ばせていた。

 包みの中ではアルミホイルで覆われたおにぎりが二つ、転がっている。昆布と鮭だ。ギャルのリクエストだった。


 俺は、その包みを鞄の中の一番上に置き直し、中庭の目立たない位置にあるベンチに座った。噴水があって、渡り廊下からは死角になる。俺はベンチに鞄を置いて、またその横に包みを並べた。


 すぐにギャルが来て、一瞬中腰になって包みを拾い上げると、すれ違いざまに片目をつぶった。俺はそれを見ていないフリをして、数分時間をつぶしてから教室に向かった。


「なあ、野田」席について早々に、しゃべったこともないクラスメイトAに話しかけられた。「お前、八幡と付き合ってるってマジ?」


「……はあ?」


「先週お前と八幡がカラオケから出てきたっての見たやつがいるんだよ」クラスメイトBがニヤニヤしながら会話に加わった。


♡HANA♡<ありがと♡‪[08:19]


 ……実際、八幡と俺が付き合っているとして、それを聞いて何になるというのだろう。ニヤニヤしながらそれを聞いて、面白いのだろうか。その感性が理解できない。だから、友だちが真希しかいないのかもしれない。


「付き合ってないよ」


「さっきも中庭でキスしてただろ?」Bはしつこいらしい。こいつの名前は知らないが、覚えてやらないことにする。


「してるか!」


 せっかく隠れておにぎり受け渡したのにそれも見られて勘違いされるとか、いやこいつそもそもストーカーか? なんでそこまで見てる。


「じゃあ何してたんだよ?」


「何も」


 とっとと消えろよB。Aはお前の友だちか知らんが、飽きて別のやつとしゃべってるぞ。

 ホームルームのチャイムが鳴って、俺はBから解放された。


 ホームルームはもちろん午前中の授業は退屈で、ほとんど寝て過ごした。ただ、四限だけは寝過ごすと昼飯の時間が減るから後半は起きた。

 

 そうして、チャイムがやっと鳴った。


 最近は昼飯を購買で買うことにしている。自分で弁当を作る時期もあるが、今は面倒なのでやっていない。

 悲しいことにメシマズの母親を持つ真希も合流して、一緒に購買でパンを適当に買った。


「いないね」と真希紙パックのジュースを自販機から拾い上げながら言った。


「誰が?」


「八幡さん」


「八幡?」


「彼女いつも購買じゃない?」


 こいつも良く見てるな。いや、俺が他人に興味がなさすぎるのかそれとも観察眼がなさすぎるのか? というかなんだみんなして八幡八幡って。


「そうだっけ?」


「こないだしゃべった次の日から、購買行くといるなーって思ったんだよね」


「ズル休みでもしてるんじゃねーの。ギャルだし」


「あはは、偏見すごっ」


 屋上で食べよう、と真希が提案した。もしかすると、朝俺がAとBに絡まれていたのを見て気を利かせたのかもしれない。こういう気遣いができるやつがモテるんだろうな。知らんけど。


 屋上には八幡がいた。


 俺は反射的に屋上を見回した。AもBも姿は見えなかった。

 すぐに八幡は俺たちに気づいた。ブンブン手を振った。真希がそれに軽く振り返した。俺たちは八幡に近づく。


「今日はお弁当?」と、真希。


「そう、おにぎり! の」おいコラ。何を口走りそうになってる。


「の?」俺はあえて八幡に追撃した。


「の、のりのおにぎり!」


「おにぎりは大体そうだろ」


 八幡が恨めしそうな目で俺を見る。俺はその視線をサンドイッチの包装をめくって遮った。


「仲良くなったね、二人」真希がふざけたことを口走った。


「は?」俺が瞬間的に応答する。


「仲良くなったじゃないの、野田っち〜」八幡もふざけたことに、真希の言葉に呼応して俺をバンバン叩く。


「いいことだ」と、真希はニコニコしている。


 俺は首をひねりながらサンドイッチを一気に半分かじった。


♡HANA♡<ちょっと![12:59]


 ——放課後。


 寝すぎた俺は帰るのが億劫になった。自分の席で伸びをする。真希は図書委員の仕事があって居残りらしい。

 と、朝のようにAとBが寄ってくる。立ち上がるには遅かった。


「やっぱ八幡と付き合ってるんだろ、野田〜」Bが言う。


「もし本当にそうだとしたら?」


 俺はBをにらんだ。


「おめでとう!」AとBが声を揃えて言った。


「余計なお世…………は?」


 なんだって?


「いやー、野田ってなんか話したら絶対いいやつそうなのに取っ付きにくいからさー」とA。


「赤井にべったりで他のやつとつるまないから、こうなんていうが人間性が見えてこないっていうか」とB。


 誰が真希にべったりだ。俺はツッコまずに、二人に続きをうながした。「それで?」


「去年の文化祭で、三組は焼きそば作って教室で売ったろ?」Aが言うと、


「あの時三組で一番お前が一生懸命にやってただろ?」Bが続ける。


「そうか?」


「っていうか」Bが言葉を切った。


「お前の作る焼きそばが一番うまかった!」


 二人は声を揃えて言った。

 また焼きそばか! どいつもこいつも焼きそば好きだな。


「だからいいやつなのか?」


「うまい飯作るやつに悪いやつはいないだろ」とB。


「いやいや、テレビで文句言って炎上してるシェフとかいるだろ」


「それはプロじゃん」Aが笑う。「素人は別よ」


「謎理論だな」と言い返しておいて、自分で吹き出した。二人も笑っていた。


「掴みどころのないお前が八幡と付き合うなんて、すごく人間性が見えるじゃないか」Aは目を大きくして言った。


「だって、掴みどころの塊みたいな存在だもんな、八幡って」Bが言う。


「それはそうかもな」俺は苦笑した。「でも付き合ってないんだよ。むしろ八幡の恋を応援するというか……」


「え、そういう話? 相談相手的な?」Bは驚いている。


「簡単に言えば」


「なんだ、じゃあお前もまだ童貞ってことか!」Aは嬉しそうだ。


「じゃあの意味がわからん」


「だってお前、八幡と付き合ってたらヤってるだろ」Bは真顔で言った。


 物語ならここで俺がおもむろに立ち上がり、「八幡はそんな女じゃない!」とか言ってBの胸ぐらを掴むところだろう。

 悲しいかな、事実は小説よりも奇なりというやつだ。お前は正しい、B。


「まあそうだね……」俺は言葉を濁した。


「でもなあ、野田」Aが俺の肩に手を置いた。「恋の相談相手でもいいけど、ヤれそうになったらヤるんだぞ」


「好きな相手なら……」

 

「バカ!」Bが叫ぶ。「そんなこと言ってたら童貞のままだぞ! セックスは流れなんだから! 乗れ、ビッグウェーブに!」


「懐かしいなそれ」俺はスマホを取り出しながら言った。


 ていうかこの理論、流行ってるのか?


「お前さ、自分の部屋で裸の女と、北海道にお前の好きな女が居たらどっち選ぶ?」Aは真剣な顔をしていた。


「ほっか……」


「ダメなんだよそれじゃあ!」Aが机を叩く。だが、その音は放課後の教室の喧騒にまぎれた。


「いや、違うな」俺はAとBを見た。「好きなやつが自分の部屋で裸なら一番良い」


「贅沢ねえ〜」二人は声をそろえた。

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