4、暗殺者はペットになりました
魔女家は魔法使いの家なので、魔法薬を調合するための部屋がある。
浮遊魔法でセバスチャンを運び、長椅子に寝かせて、調合開始。
パーニス殿下は頭にルビィを載せ、サメのぬいぐるみを抱っこした姿勢で、珍獣でも眺めるような眼で私とセバスチャンを見ていた。
綺麗な白銀の髪をしているパーニス殿下は、ともすれば冴え冴えとした冷たい印象を感じさせるような美貌だ。でも、表情といい抱えているもののファンシーさといい、冷たいどころか親しみが湧く暖かみのある雰囲気なのが美徳だと思う。
「俺がいるのに、他の男拾ってきやがって」
「あげますよ、パーニス殿下に」
「いるか」
「殿下が持っているのはサメです」
まずお鍋に市販のポーション2種類を注ぎ、火にかける。
作業板に緑の細長い魔法植物マギアネギとマギアセージをのせて、刻んでいく。
マギアネギはネギに似た植物なので、目に染みる。刻んだ後はすりつぶし、鍋へ投入。魔力を注ぐのだが。
「パーニス殿下、魔力を注いでください」
「……俺の魔力はしょぼいぞ」
「それは嘘」
私はにっこりした。
「それに、実はこのお薬、殿下の魔力じゃないと完成しないんですよ」
正確には、複数人がかりでもいいので、全属性の魔力を注ぐ必要がある。
サメのぬいぐるみを取って腹話術みたいに『民のためだよ!』と言ってみると、パーニス殿下は言うとおりにしてくれた。
この王子を動かすには「民のため」と言えばいい。なんて善人なんだろう。
「パーニス殿下。お見舞いにきてくださってありがとうございます」
「改まってどうした?」
「思えば、いつもたくさんのプレゼントをありがとうございました」
「感謝は受け入れるが、なんか気味が悪いな」
パーニス殿下は顔を近づけ、熱を測るように自分と私の額をくっつけた。
私が思うに、これは乙女ゲームのキャラだから持っている行動特性なのではなかろうか。
乙女ゲームのイケメンは顔を近づけがちだ。
自発的にせよ、事故にせよ、好意のあるなし関係なく、とにかく接近してスチルになるのである。
「今、私はスチルを回収したのかも」
「熱はないが、お前が何言ってるかわからん。すまん」
「そうでしょうとも……ご参考までに、このメモに製薬レシピをまとめておきました。使ってくださいね」
さて、話している間に薬は完成した。
製薬時間が短いのは良いことだ。量産しやすいので、国中の患者がどんどん助かるに違いない。一大国家事業になるんじゃないかな。
「魔化病は、古代の魔王がこの国を呪ったことで守護大樹が長い年月かけて闇に冒され、闇の胞子をばら撒くようになったのが原因の病なのです」
私は原作知識を披露した。この世界の誰も知らない真実だ。
この国は、中心に立つ神聖な守護大樹『アルワース』を崇めている。
しかし、その守護大樹が不治の病をばら撒いていたのだ。
「なんだって!? お前、それをどうやって知ったんだ」
この世界の住人からすると大ショックだよね。
「言ったじゃないですか。原作知識……未来予知です」
「お前は聖女か?」
「それはパーニス殿下のお仕事です」
どうやら信じてくれるようだ。よかった。色々やりやすくなる。
「魔力が一定以下の者に闇の胞子が感染します。感染すると闇の胞子がどんどん増えて、モンスターになっちゃうんですよ。治す方法は、魔力増強と浄化です」
その場でセバスチャンの靴を脱がせ、足を露出させる。
魔化病だとひと目でわかる肌を見て、パーニス殿下が息を呑む。
「さあ、先ほど作った薬を飲ませましょう。治りますからね」
「まさか」
「ふふんっ、そのまさかです」
私はセバスチャンの口にポーション瓶を突っ込んで飲ませた。
本来はヒロインちゃんが何か月もかけて情報を集めた末に、セバスチャンが首元まで真っ黒に染まって、生きるか死ぬかのぎりぎりのタイミングで開発する薬だ。
ちょっと苦しそうだったけど、セバスチャンは意識のないままポーションを飲んでくれた。
乙女ゲームと同じで、効果はすぐに目に見える形で表れた。
「変色した肌が戻っていく……!」
「はいっ。これが証拠です、パーニス殿下。不治の病と言われている魔化病の患者に特効薬を使ってみてください。薬の製薬レシピもメモしたので――きゃっ」
説明していると、パーニス殿下が私を持ち上げた。
「すごい……すごいぞ、マリンベリー! お前のおかげで、大勢の民が救える!」
「殿下! 目が回ります殿下!」
真夏の太陽みたいに眩しい笑顔で言って、パーニス殿下は私を抱えたままくるくると回った。殿下、はしゃいでいらっしゃる。
この人は、民想いだ。
不治の病で人々が死んでいく現実に胸を痛めていたのだ。
「パーニス殿下。特効薬は私が開発したのではなくて、殿下が開発したことにしてください」
「俺は功績を横取りなんてしないぞ」
「そう仰らず」
首に両腕をまわし、耳元で誘惑するみたいに囁く。
「……私の言う通りにしてくださったら、もっとたくさんの人を救えます」
「本当か」
私、なんか善人をたぶらかす悪女っぽい。
自覚しながらにっこりと微笑むと、パーニス殿下がごくりと生唾を飲みこむのがわかった。
私、すごく悪女っぽい。
「セバスチャンは元暗殺者で有能です。助けてあげたら裏切りません。彼を殿下の傍仕えにしてあげてください」
「……いいだろう」
床に下ろしてくれたので、私は両手をあげた。
「パーニス殿下」
「なんだ?」
「ハイタッチです」
「おお」
パシンッと互いの両手がいい音を立てる。
その一瞬、互いの指に填めた婚約指輪がきらりと光って見えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「う……、こ、ここは? オレは……」
セバスチャンが目を覚ます。
色鮮やかな深紅の瞳は、とても綺麗だ。
「目が覚めたか」
低く、落ち着いた青年の美声がかけられる。
見るからに高貴な彼を見て、セバスチャンは困惑と警戒の表情を浮かべた。
狼耳を後ろに倒して、褐色の手が暗器を握ろうとする。
「俺は第二王子パーニス。お前の事情は把握している。危害を加える気はないので安心してほしい」
「お、王子だと?」
セバスチャンの唇が音にならない呟きを零した――「ダメ王子」――悪い噂で先入観を持たれている。
パーニス殿下は神妙な顔で頷いた。
「ダメ王子と呼ぶ者も多い。が、悪事に手を染めたことはない。俺は無害で善良な市民……? ……王族だ?」
疑問形なのは、私のカンペのせいだ。
ヒロインちゃんは市民だったけど、王子は王族なので書き直した部分だった。
「こほん。お前は魔化病に罹っていて、元々所属していた暗殺組織に追われているのだろう」
「っ!」
「お前の魔化病は、治した」
パーニス殿下は視線をあわせるように床に膝をつけた。
警戒心の強い狼獣人の深紅の瞳は、しばらくパーニス殿下を見定めるように見つめていた。その鼻は、野生の動物みたいにひくひくと匂いを嗅いでいる。
セバスチャンは、獣の勘みたいな能力で、対峙する人物の嘘の気配を感じ取ることができる。
「あんたは、嘘をついてない」
そして、自分の脚をそろりと確認し、「治っている」と呟いた。奇跡に出会ったような顔をして、何度も何度も脚を撫でた。
彼は、原作のセリフだと「朝起きた時に肌の色が戻ってないか、病のことは悪夢だったんじゃないかといつも確認しては絶望していた」。
その心境は、計り知れない。
「病は治ったが、お前は暗殺組織を足抜けして組織員に追われてもいるのだったな。守ってやるから俺の城に来い。仕事もやるぞ」
「……ありがとうございます……!」
両手を床につき、頭を下げるセバスチャンの双眸から、透明な涙があふれた。
――大成功!
物陰からカンペを出して見守っていた私は、ガッツポーズをした。
すると、セバスチャンがこちらを見る。
「そっちの人も、ありがとうございます」
……ばれてた!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その日、パーニス殿下は特効薬の製薬レシピとセバスチャンを持ち帰った。本人からの報告によると、「黒狼に変身できるのでペットにしてみた」らしい。
やった。これでパーニス殿下の名声もあがるし、セバスチャンも就職先ができた。
なにより、魔化病の人々が助かる。いいこと尽くしだ。
……と満足していたら、七日後。
魔女家に、王城からの使者が来た。
「伯爵令嬢マリンベリーを不治の病の特効薬を開発した功績で表彰する! ならびに、第二王子パーニスとの婚約を発表する!」
「えーーーーーっ」
えーーーーーっ???????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます