3、私が犯人です

 翌朝。


 木製の小屋に時計盤がついた鳩時計が、時間を知らせる。

 これは数年前にパーニス殿下がプレゼントしてくれた時計だ。

 パーニス殿下は、贈り物をよくしてくれる人なのである。


「きゅう」 

「おはようルビィ」

「きゅっ!」

  

 目を覚ますと、ベッドの傍に置かれたサイドテーブルにはガラスの小瓶と小さなネモフィラのブーケが置いてあった。

 ガラス瓶は蓋の部分にスミレ色のリボンが結んであり、中にはカラフルなグミが入っている。

 サイン付きのメッセージカードが添えられている。パーニス殿下からの贈り物だ。

 

 グミは、マギアチェリー味、マギアアップル味、マギアオレンジ味。

 

 「マギア」は前世のラテン語で「魔法」という意味だ。

 その名の通り、魔法の果物。

 魔力と栄養がバランスよく摂取できる高級食材で、ゲームでも大活躍の食材だった。


「今日はセバスチャンがパン屋の前で行き倒れて拾われるイベントの日じゃないかな? どうしよう」

 

 今日の日付は『四果よんか二十二枝にじゅうにえ』……4月22日。

 

 昨日は、乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』のオープニングの日だった。


 オープニングで、ヒロインちゃんは守護大樹に「聖女だ」と認められて、パーティで社交デビューする。

 オープニングの翌日、ヒロインちゃんは行き倒れているセバスチャンを拾う。

 

 元暗殺者、19歳のセバスチャンは、狼耳と尻尾がもふもふの獣人だ。

 ヒロインちゃんに拾われて、執事を名乗るようになる。彼は不治の病である魔化病にかかっていて、放っておくと死んでしまう……。


「何もしないで死なせちゃったら後味が悪すぎるっ」

 

 グミの甘味に癒されながら、私は身支度をした。

 

 衣装棚には装飾過剰なドレスが大量に並んでいる。

 マリンベリーは出自コンプレックスがあって、それを隠すように派手な装いをして高慢に振る舞っていた。

 

 でも、マリンベリーが派手な装いで「私、すごいでしょ?」と高笑いする態度は下品と言われていて、評判を悪くしていた。

 逆効果だったんだなぁ。

 「貴族の教育を受けても、生まれ由来の卑しさが出てるわね」と後ろ指を指されて、コンプレックスを刺激されて、「もっと貴族らしく思わせなきゃ」って思って、さらに派手に着飾って偉そうに振る舞ってしまう。

 ……悪循環! 負の連鎖!

 

「私……生きるのが下手か。評判、改善したい……」


 客観的に自己を顧みて切ない気分になりつつ、私は清楚な印象の白ブラウスと黒スカートを選んだ。

 襟が大きくてフリルが甘めな印象だけど、派手さは控えめで、上品で可愛いと思う。


「えい、えい」

 

 風属性系統の魔法である『浮遊魔法』で鏡を浮かし、背中の留め紐を結ぶ。

 貴族令嬢の身支度はひとりでは大変だけど、魔法を使えば、簡単だ。仕上げに、三角形状の黒い魔女帽子をすっぽりかぶる。ルビィは肩に乗せてみた。

 

「お嬢様? お、おひとりで身支度を?」


 身支度を終えてルビィを抱っこして部屋を出ると、赤毛のメイド、アンナが「申し訳ございません!」と頭を下げてくる。

 普段は何から何まで全部メイドに世話させていたからだ。


「アンナ、私、今まで子どもっぽかったわ。今日から自立することにします」

「何をおっしゃいますか、お嬢様はスタイルも抜群で大人っぽいですよ」

「私、自分を変えようと思うの。イメチェンもしたいから、衣装棚のドレスは全部売ってちょうだい。売れたお金の3割は使用人への日頃の感謝の気持ちとして配るわ。迷惑料と言ってもいいかも。今までごめんね」

「お嬢様!? アンナは高貴な方に尽くせて幸せなのです、謝ったりなさる必要はありませんよ?」

「2割は孤児院に寄付。残りで新しく、もっと大人しくて上品な服を買うのはどうかな」


 アンナの表情は「お嬢様が変!」と物語っていた。あまり急にキャラチェンジするのもよくないかな? でも、以前みたいに高慢に接するより、いいよね。

 

「それでは私、ちょっと行き倒れを助けにいってくるわね」

「お嬢様? お出かけでしたら、馬車を用意しますよっ?」

「私、外を歩いてみたい気分でもあるの」


 私は「お嬢様らしからぬことを」と困惑する声を背景に家を出た。


 青空に虹がかかっている。


 王都マギア・マキナ――ファンタジー世界の都市は、緑豊か。

 三角屋根の建物が並んでて、愛国心の表明である王国旗が窓や建物の間にかかっていたりする。善良な王族が代々治める国だ。たまに魔物も出没する。ファンタジー世界に魔物はつきものだよね。

 

 空気は澄んでいて、石畳の大通りを馬車が行き来している。

 遠くには西洋風のお城と守護大樹が見える。


「きゅー?」 

 ルビィが「どこにいくの?」というように首をかしげている。可愛い。


「パン屋さん……トブレット・ベーカリーに行くわ。外を自分の足で歩きたい気分なの」


 マリンベリーはいつも馬車で移動していて、街歩きなんてしなかった。

 数分の距離のお店に行くのにもお供をぞろぞろ連れていた。

 

「あのご令嬢は魔女家のマリンベリー嬢では?」

「似ているが人違いじゃないか? マリンベリー嬢はもっと派手で毒々しいぞ」

「雰囲気が違う……」


 見られている、噂されている。

 

 城を中心に形成された王都は、城周街、広中街、外周街の3つの区画に分かれている。

 魔女家の屋敷は城周街にあり、トブレット・ベーカリーは広中街にある。時計塔と運河がある広中街の大通りは、人で賑わっていた。


「あんなに人目を惹きつける美貌の娘が他にいるか?」

「しかし、いつもと全然違う服装だぞ。お供をひとりしか付けずに歩いてるし」


 イメージを変えていこう。

 私は試しに愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべて、市民に手を振ってみた。ルビィが一緒になって尻尾をふってくれる。可愛いな~!


「今日はいつもより綺麗なような……おっ、俺に微笑んだぞ」

「いや、俺だ」

 

 ……イメージアップできたんじゃないかな?

 美少女だから、外見を褒めてくれる声もちらほら聞こえる。

 悪役令嬢って小説家になろうでも人気だったけど、やっぱり美形っていいよね。憧れるよね。

 

「今日も見た目だけは特上の可憐さだな」

「おい、本人に聞こえたらカエルにされるかもしれんぞ」


 ……聞こえてますよ! 

 カエルに変身させる魔法なんて使えません!


「私は無害でーす……変身魔法は習ってませーん」

「ひぃっ」

「なんで怯えるのよぅ」


 市民と話していると、アンナの声がした。


「お嬢様。遅くなりましたが、馬車の準備をいたしました!」


 魔女家の家紋付きの馬車が後ろから追いついてくる。アンナが手配してくれたようで、頭を下げて「お乗りください」と懇願している。


「ありがとうアンナ。なんだか気を使わせちゃってごめんなさい」

「お、お嬢様、謝っちゃいやですぅ~! アンナのお嬢様は偉そうで強そうで格好良いんです~!」


 なんか、アンナが変。いや、アンナにとっては私が変なのだろうけど。


 馬車に乗り込む私の背後からは、「本物だったんだな」という囁きが聞こえた。


 アピールしてみようかな?

 私は馬車の窓から顔を見せ、笑顔で手を振った。


「ごきげんよう、マリンベリーです。私、今までの行いを反省してるんです。これからは変わります。暖かく成長を見守ってください。マリンベリーでした!」

 

 なんか選挙活動の演説になっちゃった。

 まあ、いいか。と私が帽子をかぶりなおしていると、メイドのアンナはパチンと指を鳴らし、私の真似をするように宣言した。


「アンナは悪いメイドです。変わりません!」


 アンナって、ゲームには出てこなかったし前世を思い出すまで気にしてなかったけど、なんか変人だなぁ……?

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 さて、赤い屋根、ベージュ色の外壁、壁にかかったパンをモチーフにした看板が特徴のパン屋さん、トブレット・ベーカリーの近くに行くと、人が倒れている。

 黒髪褐色肌、狼耳と尻尾を持つ青年――セバスチャンだ。


「おい、足を見ろ。こいつ、魔化病だ」


 いけない。人だかりができている。

 

 魔化病は、この国の一般的な見解だと、「原因不明で突然発症。肌が真っ黒に変色し、理性を失って人を襲うようになる」という恐ろしい病だ。

 肌の色は足元から順に黒くなっていく。発症者を救う手立てはなく、理性を失う前に安楽死させられる。

 

 セバスチャンルートでは、ヒロインちゃんはセバスチャンを匿うのだけど、彼の病が進行してしまって「私を殺してください」と頼まれ、泣きながら手を下すバッドエンドがある。

 もちろん、選択肢しだいでは病の謎を究明し、特効薬を開発するハッピーエンドもある。

 

 攻略済の私には、病の謎もわかってるし、特効薬の製薬レシピもばっちりだ。

 

「お待ちください。彼の身柄は、私が預かります」


 私はセバスチャンを浮遊魔法で浮かせ、馬車に乗せた。アンナが「お嬢様、格好良いです!」と泣いてる。なんで?


「魔女家の令嬢が魔化病患者を攫ったぞ」

「何をする気だ?」


 ざわざわとする人々を振り返る。

 そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないわよ。


 私は全員の顔を順に眺めて、言い放った。


「この病は治せるようになります。パーニス殿下が特効薬を開発中なんです。皆さんはぜひ、この話を広めてください」

 

 特効薬の材料を買って自宅に帰ると、パーニス殿下が見舞いにきていた。

 抱き枕みたいに大きなサメのぬいぐるみを抱えている。プレゼントらしい。


「おい、俺が魔化病の特効薬を開発中という噂が流れているのだが」


 噂が広まるのは早い。

 パーニス殿下の情報網が優れているのもあるかもしれない。


「私がその噂を広めた犯人です」


 にっこり笑って言えば、パーニス殿下は天を仰いで手で顔を覆った。


「できもしないことを……無駄な希望を広めるな。一度期待してから絶望する患者の身にもなってみろ」

「できます。さあ、特効薬をつくりますよ、殿下。お暇なら手伝ってください」


 時は金なり。

 私は早速、特効薬の調合に取り掛かった。 

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