第4話 最強トーナメント
一葉とマーヤを乗せたは馬車は、ドナテイン男爵の屋敷を離れた。
「いったい、どういうつもりなのよ? あの変態と契約成立してたんでしょ。契約破棄して、次はいったいどこに売り飛ばすつもりなのよ?」
一葉はマーヤの理解不能な行動に言いしれぬ不気味さを感じていた。
「キミはこのままボクの所有でいてもらうッス。まさかキミがあんな格闘技術を持っているなんて思ってもみなかったッス。きっとキミの世界の格闘術なんでしょうけど、アレはなんていうものなんスか?」
マーヤの問いに、「答える義理はない」とばかりに一葉は顔をプイっと顔を背けた。
「体に聞くこともできるんスよ。この程度の世間話で手を煩わさせないでほしいッス」
マーヤは右手をかざし、その指先からは再び光の糸が揺らめいていた。
マーヤの脅しに屈し、一葉は渋々語り始めた。
「空手よ……」
「ほー、カラテ……どういう格闘術なんスか?」
「私が住んでいた日本という国の………正確にはその中の沖縄という地域の発祥で、一切の武器を用いず、拳と足による打撃を主とする武道よ」
空手の内容にマーヤはどういうわけか興味津々だった。
「ほうほう。それで」
「いくつもの流派にわかれるけど、大きくわけると、フルコンタクトの実戦派、ノンコンタクトの伝統派に別れるわ。私は前者の流派よ」
「フル? ノン? コンタクト?」
「平たく言えば、直接打撃か、寸止めかってことね」
「ん? 寸止めで格闘術になるんスか?」
マーヤは“寸止め”というキーワードに首を傾げた。
「格闘術は格闘術だけど、私たちがやってるのはあくまで競技としての格闘術。寸止めの方がむしろ競技としては適しているとも言えるわ」
一葉は説明を省いたが、近代空手は形式から競技、実戦へと徐々に変化してきた歴史を持つ。
形式としての“型”
競技としての“組手”、“ノンコンタクト空手”
競技の中でもより実戦を意識した“フルコンタクト空手”
「実戦派と呼ばれるフルコンタクト空手であってもあくまで競技であるという点は同じで、本当の実戦、つまりケンカで使うのはご法度よ。だから本当に人を殺傷するつもりで蹴ったのは、今日が生まれて初めてよ……」
「今日が生まれて初めての実戦てことッスか!? それ、マジで言ってんッスか!?」
キラキラと目を輝かせて食い入るマーヤに一葉はたじろいだ。
「ええ、本当よ……」
「初の実戦がアレっスか!? ボクの目に狂いはなかったっス!! ドナテイン男爵との取引はキャンセルして正解だったっスねー!!」
踊りだしそうなほどはしゃいでいるマーヤに、一葉は最初の質問をもう一度ぶつけた。
「ねえ、そろそろ話してよ。あなた、私にいったい何させるつもりなの?」
マーヤは「ぬふふふ」と笑って、今進んでいる道の遙か先を指さした。
「この街道をこのまままっすぐ進めば、この国アウレリア帝国の首都ヴィタリアに辿り着くッス。そこには巨大な闘技場があるんスよ」
「闘技場……」
またもや物騒なフレーズに一葉は身震いした。
「キミには拳奴になってもらうッス」
「拳奴って……」
怪しげな館に売り飛ばされかけたと思ったら、今度は拳奴か……
マーヤの理不尽な目論見に一葉は頭を抱えた。
「そこで戦えってこと?」
「そうッス!! その闘技場では年中拳闘が行われてるんスけど、2ヶ月後に年に一度の帝国最強トーナメントが開催されるんス!!」
「年に一度の最強トーナメント……」
「今から行けば、エントリーに間に合うッス!! このタイミングでボクがキミと出会えたのはきっと神の思し召しッスね!!」
「神……」
“神”という単語を聞いて、一葉はこの世界に飛ばされる時に出会った神と名乗る人物のことを思い出した。
『この世界で近々ちょっとした大会があってねー。お前さんはそのゲスト選手ってわけ』
彼女が言っていたセリフを思い出し、一葉の頭のなかで全てが繋がった。
「なるほど……その最強トーナメントとやらが、アイツの言ってた大会ってわけか……」
「ん? どうしんたんスか?」
「なんでもない……それより、私をそこで戦わせてどうしようっていうの?」
「その闘技場では公式に賭博が行われてるッス。キミのように全くの無名選手はオッズがとんでもなく高くなるッス。しかも、キミの見た目だったら、誰も強いとは思わない。きっとオッズは数百倍……ぼろ儲けッスよ!!」
頭の中でそろばんをはじき、儲けの額を想像して「げへげへ」と笑うマーヤに、一葉は冷たく告げる。
「残念だけど、それは無理よ……」
一葉の言葉にマーヤはガクッと崩れ、口を尖らせて反論する。
「なんでッスか? あんなに強いのに」
「私は……強くなんかない……」
一葉は弱々しくそう呟いたあと、マーヤに背を向けてごろんと寝てしまったのだった。
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