第2話:異世界の拠点

 アイリス様の魔法で異世界に送ってもらった俺は、気がつけば、見知らぬ小屋の中に一人でポツンッと立っていた。


「ここが……異世界、か。思った以上に発展していない世界みたいだな」


 木材で作られた小屋の中に、テレビやパソコンといった近代的なものは見当たらない。


 ゆとりのある暮らしができそうな部屋が二つあり、簡易的な設備が整っていた。


 一つは、木で作られた机・椅子・ベッドがあり、くつろぐことができる部屋。


 もう一つは、金床や炉、作業台やキッチンなどが備え付けられている作業部屋みたいなものだった。


 小屋全体から質素な印象を受けるものの、決してみすぼらしいわけではない。


 どこか風情を感じる小屋だなーと、周囲を見渡していると、自分の身に起きた変化にも気づく。


「俺の服装も、異世界に合わせて変えてくれたみたいだ」


 会社に出勤途中だったので、スーツを着ていたはずなのだが、今は丈夫な革で作られた服を身につけている。


 魔物の素材で作られているのか、僅かに伸縮性があり、意外に動きやすいものだった。


「ここまで生活スタイルが違うと、異世界に訪れていることを実感するな。俺は形から入るタイプじゃないが……、意外にそういうの悪くない」


 胸が高鳴り始めた俺は、もっと詳しい情報を得るため、作業部屋の方に近づいていく。


 すると、【箱庭】スキルが起動して、透明なウィンドウが表示された。


 ――――――――――


 拠点Lv.1:小屋、畑、アイテムボックス

 工房Lv.1:鍛冶、錬金術、料理


 ――――――――――


「どうやらこの小屋は【箱庭】で作られた拠点のようだ。工房というのも、きっとこの作業部屋のことだろう」


 試しにスキルを操作してみると、モノづくりができる画面が表示された。


 金床や炉で鍛冶システムを起動させて、家具や食器などの日用品を。


 同じように作業台では、錬金システムでポーションや植物に使う栄養剤を。


 キッチンの料理システムでは、スープやジャムなどのレシピが登録されている。


 そのレシピを選択することで、作成できるアイテムの名前や完成イラストだけでなく、素材に必要な材料まで、詳しい情報を得られるようになっていた。


「ゲームを参考に作られているだけあって、扱いやすそうなスキルだ」


 今は素材を持ち合わせていなくて何も作れないが、それさえできれば、簡単にアイテムを作ることができるだろう。


 アイリス様が言っていた通り、このスキルが一つあるだけでも、かなり生活しやすくなりそうな気がした。


「せっかく女神様がスキルを調整してくださったんだから、この場所を異世界の拠点にして、過ごしてみるとしよう」


 子供のように説明をしてくれたアイリス様を思い出しながら、外の状況も確認するべく、小屋を後にする。


 すると、目の前には想像を絶する景色が広がっていた。


「のんびりと暮らしたいと思っていただけに、これはありがたいな。遠くに森や街道が見えるから、ここは小さな丘……いや、山だろうか」


 大きな山々が連なっているものの、見晴らしがよくて、空気がおいしい。


 小春日和でポカポカとしているだけでなく、色とりどりの花が赤・青・黄色と咲いていて、小さな花畑がいくつも存在していた。


「まさか第二の人生で山暮らしをすることになるとは思わなかったが、こういうのも悪くない。大自然の中で生活するなんて、日本では考えられなかったことだ」


 非日常的な景色を眺めて、改めて異世界に来たんだと実感した俺は、スキルに表記されていた畑を確認する。


 小屋の外に設けられたこじんまりとした畑で、すでにニンジン・レタス・ジャガイモなど、いくつもの野菜が実っていた。


「さすがに水道や井戸は見当たらない、か。まあ、すぐに食材が手に入るだけでも、十分にありがたい。これだけ実っていれば、山で暮らすハードルも一気に下がるだろう」


 畑の近くには、それを耕すためのクワや木で作られた水汲み用の桶が用意されているので、すでに自給自足できそうな雰囲気があった。


 ここまで女神様が準備してくれているのであれば、飲み水の確保に苦労することもないだろう。


 きっと近くに綺麗な水が流れる川があり、すぐに調達できるはずだ。


 問題があるとすれば、運動不足のサラリーマンの体で水汲みという重労働を行なわなければならない、俺の方にある気がする。


「肉体労働は好きじゃないが、さすがにこれくらいは自分でやらないとな。先に素材を保管する場所、アイテムボックスの存在を把握しておきたいんだが……この箱か?」


 小屋の中にも同じような細長い箱があったため、外に設置されている方の箱を開けてみる。


 すると、その中は真っ暗になっていて、底が見えなかった。


 異様な雰囲気に戸惑いつつも、近くにあった小石を入れてみたところ、ウィンドウに『小石×1』と表示される。


 勇気を持ってアイテムボックスの中に手を入れて、小石を取り出そうと意識すると、それをつかんで取り出すこともできた。


 どれほどの容量があるのかは、わからない。


 でも、わざわざこういうシステムを作ってくれたのであれば、拠点のレベルが上がることで容量が増えたり、新しい機能がついたりすると考えるべきだろう。


 すでに便利な機能であることは間違いないし、これからさらに利便性が向上する可能性があると考えたら、年甲斐もなくワクワクしてしまう。


「さすがに住み始めたばかりであれば、アイテムボックスの容量に困ることはないはずだ。よしっ、まずは素材を集めて、スキルで何か作るところから始めてみよう」


 再び拠点の中に戻った俺は、採取に使えそうなものがないか探すのであった。

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