現代社会に疲れたオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める
あろえ
第1章
第1話:異世界転移
「あれ? どうして俺はこんなところに……?」
突然、真っ白な空間で目覚めた俺――
周囲を見渡しても何もなく、シーンッと静寂だけが広がっている。
まったく身に覚えのない場所だったため、自分の状況を理解するべく、記憶を掘り起こすことにした。
俺は、三十五歳の独身サラリーマンで、都内で暮らしている。
今日も朝からスーツを着て、出勤しようと駅に向かって歩いていると、トラックに轢かれそうな黒猫を見かけて……。
「もしかして、やらかしたか?」
咄嗟に体が動いてしまい、猫を助けようとした記憶がある。
しかし、そこから先のことはハッキリと思い出せなかった。
不穏な記憶に胸騒ぎを感じていると、コツンッ、コツンッ、とヒールで歩くような音が聞こえてくる。
「あらっ、もう気がついたのね」
誰もいなかったはずの背後から優しい声音が聞こえてきたため、俺は反射的に振り返った。
そこには、白いドレスを着た金髪の女性が、一匹の
両者共に吸い込まれるような碧眼で、どことなく現実離れした光景だった。
なんといっても――、
「その猫、尻尾が多くありませんか?」
尻尾が四本もある猫なんて、見たことがない。
ただ、偶然にもトラックに轢かれそうになっていた猫と似ていた。
「この子は猫じゃないわ。エレメンタルキャットと呼ばれる魔物よ」
「へえー……。そうなんですね」
「あらっ、思っていたよりも薄い反応ね」
「まあ、尻尾が四本もありますからね。確かに猫ではないのかなと」
自分でもよく受け入れているなーと不思議に思うが、実際にそれを目の当たりにしている以上、認めざるを得ない。
四本の尻尾がモフモフで、とても愛らしい印象を抱く猫……の魔物だった。
金髪の女性がエレメンタルキャットを床に下ろすと、俺の方にトコトコトコッと早足で近づいてくる。
そして、甘えるように頭をこすりつけてきた。
……可愛い。たとえ魔物であったとしても、こんなことをモフモフした姿でやられると、癒される。
いとも簡単に篭絡された俺がエレメンタルキャットの頭を撫でていると、金髪の女性も近づいてきた。
「どこまで覚えているかわからないけれど、地球に迷い込んだその子をあなたが助けてくれたのよ」
「確かに、この子はトラックに轢かれそうになっていた猫に似ています。でも、俺が見た猫は、尻尾が一本しかありませんでしたよ」
「それは地球に魔力がなくて、普通の猫になっていた影響ね。残り三本の尻尾は、周囲の魔力を吸収して具現化するの。仮にその子が本来の力を発揮できていたら、トラックを粉砕していたと思うわ」
ハハハッ、ご冗談を。いくら魔物とはいえ、猫がトラックに敵うわけないじゃないですか~。
……と、言いたいところだが、本当だったら怖い話である。
一応、エレメントキャットの機嫌を損ねないように、優しく撫でておこう。
「まあ、魔物の力が抑制されるほど魔力不足に陥っていたから、危ないところだったのだけれど」
そう言った金髪の女性は、白いドレスをつまんで、優雅に一礼をした。
「私の名前はアイリス。地球とは異なる世界を管理している女神よ」
本当にご冗談が好きなんですね、と再び突っ込みたい気持ちが生まれるものの、彼女が嘘をついているようには見えなかった。
少なくとも、この何もない白い空間と尻尾が四本もある猫を見る限り、ここは地球ではない。
おまけにトラックに突っ込んだ記憶まであるのだから、自分がどういう状況に陥っているのか、薄々と気づいている。
いや、こんな状況だったら、馬鹿でも気づくだろう。
「じゃあ、俺は死んだんですね……」
「いえ、死んでいないわ」
にわかだった。俺、死んでいないみたい。
「あなたがトラックにぶつかる直前に、その子と一緒に天界に転移させたの。体に負荷のかかる方法だったから、これまで意識を失っていたんだと思うわ」
「そうでしたか。助けていただき、ありがとうございます」
「いいえ。感謝しているのは、こちらの方よ。あなたがトラックの前に飛び出してくれなかったら、転移魔法を発動させるための媒介がなくて、その子を助けられなかったから」
てへっと舌を出したアイリス様が、ボロボロの革を差し出しくる。
「あなたが持っていた革のカバンを媒介にして、魔法を使わせてもらったの。さすがにこっちは無事じゃ済まなかったわ。ごめんなさい」
「そうだったんですね。もうそろそろ買い替えようと思っていたカバンだったので、壊れても問題ありませんが……意外ですね。女神様であれば、簡単に魔法を行使しそうなイメージでした」
「神といっても、万能ではないのよ。転移魔法も無理やり発動させたくらいだから、私にはもう、魔力がない地球に干渉するほどの力は残されていないわ」
「人智の域を超えているだけでも、十分にすごいと思いますけどね。……ん?」
アイリス様の言葉が引っ掛かった俺は、首を傾げた。
魔力がない地球には干渉できないのであれば、俺はこれからどうすればいいんだ……?
そう思っていると、両手を合わせたアイリス様が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「とても身勝手な話で申し訳ないのだけれど、あなたを地球には帰すことはできないわ。だから、今後は私の世界で生活してほしいの」
「アイリス様の世界、ですか」
「ええ。この子のような魔物がいる魔力に満ちた世界で、魔法学や錬金術が発展しているわ。そこでの生活では、ダメ……かしら?」
正直なところ、慣れ親しんだ土地を離れることには抵抗がある。
しかし、地球に帰りたいと思う特別な感情はなかった。
職場とアパートを往復するだけの何の変哲もない毎日で、帰りを待ってくれる人もいない。
三十歳を超えたあたりから、『このままではダメだ』という漠然とした焦燥感に駆られるものの、自分を変える勇気が持てなかった。
そんな仕事ばかりの毎日に疲れ果てて、虚しさを感じていたけど……、今は違う。
女神様に導かれるようにして、人生をやり直す機会を得られるなんて、誰にでもできることではない。
第二の人生を始めるには、良い機会だと思った。
「わかりました。ただ、新しい世界で未知の言語を勉強するとなると、年齢的にかなりきついんですよね……」
「そのあたりは、こちらで調整するわ。世界観が違って過ごしにくい一面もあると思うから、その子を助けてくれたお礼として、生活が過ごしやすくなるスキルも譲渡するつもりよ」
アイリス様が手を前に出すと、魔法を使ってくれたのか、俺の体が温かい光に包まれる。
「スキルの名前は【箱庭】よ」
目の前に透明なウィンドウが表示されると、そこには、ゲームでおなじみのステータス画面……ではなく、デフォルメされた木の小屋と畑のようなものが映し出されていた。
スマホやパソコンのゲームで見たことがある画面だなーと思っていると、目を輝かせたアイリス様が顔を近づけてくる。
「あなたの世界にある生活シミュレーションゲームを参考に作ってみたの。素材を集めて拠点を成長させることで、いろいろなことができるようになるわ。畑の野菜もあっという間に収穫できるし、な~んでも収納できちゃうアイテムボックス機能も付いているのよ。そのシステムの調整が難しくてね……」
早口でまくし立てるアイリス様は、淑やかな雰囲気から一変して、頑張ったことを褒めてもらいたい子供のようになっていた。
どうやら俺が意識を失っている間に、地球と親和性のあるスキルを作ってくれていたらしい。
その気遣いに感謝しつつも、エレメンタルキャットが強いと聞かされていた俺は、あることをお願いすることにした。
「もし可能であれば、魔物や動物と親しくなれるような能力があると嬉しいんですが、そういうのはダメですか?」
異世界で魔物と触れ合える機会があったとしても、トラックを粉砕するようなエレメンタルキャットと仲良くなろうとしたら、命がけで挑まなければならない。
そんな無謀な行動は取りたくないし、平和な日本で過ごしてきた俺は、もっと温厚な方法で仲良くなりたかった。
しかし、難しいことを言っているみたいで、アイリス様は難色を示している。
「うーん、魔物や動物が生き物である以上、こちらで感情を制御することはできないわ。けれど、友好関係が築きやすくなる程度の加護なら与えられるはずよ」
「では、そちらをいただけるとありがたいです」
「わかったわ。あくまで、友好関係が築きやすくなるだけよ。そのことは忘れないでね」
「わかりました」
これからどんな魔物に出会えるかわからないが、異世界ではそれらに囲まれて、のんびりと暮らしたい。
後から異世界に来てよかったと思えるように、第二の人生を満喫しよう。
アイリス様との話が終わると、俺の足元が淡い光を放ち始めた。
「今からあなたを送る場所は、アッシュリア地方。穏やかな気候で安定していて、過ごしやすい地域よ。今はちょっと危険な魔物もいるのだけれど……ううん、何でもないわ」
不穏な言葉に違和感を覚えて、問いかけようとした時、俺は眩しい光に包み込まれる。
最後に見送ってくれたのか、にゃ~う、というエレメンタルキャットの可愛らしい鳴き声が耳に残ったのだった。
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本作は、カクヨムコンテスト10に応募している作品です。
半年以上準備してきた熱意のこもった作品になりますので、期間中は毎日更新することをお約束します。
今作のテーマとして、下記のようなことを重視してきました。
・オッサンらしい主人公
・魔物たちとの山暮らし
・冗長しない異世界ライフ
異世界ファンタジーのジャンルが好きな方には、お喜びいただけるものだと自負しております。
また、カクヨムコン後も更新できるように、現在も執筆を続けておりますので、ぜひぜひフォローやレビュー・★★★で応援していただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
現代社会に疲れたオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める あろえ @aroenovel
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