第3章 ─生き恥②─


 泉は、気になっていた。マスターの顔が少し赤らんでいる。私達が、褒めたから照れているのかと思ったが、こういう会話は日常で、紳士なマスターは、いつも冷静だった。



──熱でもあるのかな? 耳も赤い。



 泉は、看護師という職業柄、気にはなったが、体調が悪い感じでは無さそうなので、大丈夫かなとも思った。 


「音楽も素敵ですよね。こだわりとかあるんですか?」美香が質問する。


「まあねぇ。仕事に入るスイッチみたいなものかな? ハハハ」 


──また、赤くなった。少し目が泳いでいるようにも見える。


「どうしたの」美香が不思議そうな目で見つめる。


 泉は、

「あ、いや。何でもないよ。この店は、マスターのこだわりが詰まっているんですね。素敵」


「そうですね。私の人生が詰まってます」

 マスターは、真っ赤っ赤になっていた。


 そして、イライラしているようにも見えた……



──すごく心配だ。



 泉は何気なく店内を見回す。


 物書きっぽい中年男性は、笑っている…… いい作品でも仕上がったのか?


 バンドのTシャツを着た女の娘は、さっきまで読んでいた本を置き、スケッチブックに一生懸命何かをかき込んでいる。そして………… 笑っている。


 ノートパソコンの男性も、株で儲かったのか? …………笑っている。




 やはりここは、この『こだわり喫茶 浪漫珈琲』は、みんなを幸せにしてくれる場所、都会のオアシスなんだなと泉は思った。



「あのさマスター」美香が喋りだす。


「この店の名前って、あのバンドの……」


 カチャ! カチャカチャーン!


 マスターがティースプーンを落としてしまったようだ!




「は、ははは。ごめんなさいね…… は、はは……」マスターは動揺している?



 マスターの顔は、産まれたての赤ちゃんみたいに真っ赤っ赤だ。汗もかいている……



「大丈夫ですか!」中年男性。


「大丈夫ですか!」バンT女子。


「大丈夫ですか!」パソコン男性。



 何? なんだ? 彼らは……




 そしてなぜかマスターは、彼らをガン無視している。




 やはり体調が悪いのか?




 すごく心配だ………




 

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