幽霊の見つけ方

「なぁ、幽霊の見つけ方って知ってるか?」


 塾の帰り際、夜道を歩きながら友人のたけるが唐突に問いかけてきた。


「知らんけど、何それ」


「目を瞑って、幽霊がいるか確認したい場所の事を想像するんだ。自分の視点でいつも通り歩いて、誰もいないはずの場所で知らない人とすれ違うとそれは幽霊らしい。なんか、感受性が高い人ほど鮮明に見えるんだって」


 たけるはそう言って食い気味に「それでさ!」と続けた。


「さっき塾の中を想像してやってみたら会っちゃったんだよ!」


「幽霊に?」


「うん」


 授業中に何やってんだ、と馬鹿らしく思いつつも、たけるの話に乗るように、抑揚のある声でリアクションをした。


「やべぇーじゃん! どんな感じなわけ?」


「正直よくわからんけど、何か黒い人影? が横を通り過ぎたんだよ。ちなみに三階に上がる階段のところな!」


「怪談だけにってか」


「いや、面白くないわそれ」


 俺は笑いながら受け答えし、分かれ道がきたところでたけるに手を振り、またなーとおざなりな挨拶をして帰路に着いた。



 家に帰り、いつものように食事と風呂を済ませて布団に入ると、いつもならすぐに眠れるのに、今日はやけに頭が冴えていた。


 帰り際にたけると話した内容が頭の片隅から抜けないせいだろうか。


 幽霊がいるかどうかなんて、自分の気持ち次第じゃね? という事は、自分がやったら何も見えるはずが無いのでは?


 この持論を検証する事でこの未消化状態から解放されるような気がして、俺は友人の言葉を思い出しながら布団に潜り目を瞑った。


 視野を真っ暗な瞼の裏から脳内へと切り替え、いつも通っている塾の入り口の前に立った自分を想像した――――



 入り口付近のガラスには、△△大学入学者10名! ××高校8名! と、進学率を謳った張り紙が所狭しと貼られている。


 俺はいつものように、張り紙の横にある自動ドアを通り、受付の前を抜け、二階に上がる階段に足をかけた。


 階段は年中節電中で、ほんのり薄暗いが、階段から繋がる二階の扉を開ければ、明るい教室からの光が漏れてくる。


 教室は二部屋あり、両方を覗いてみたが、授業の無い時間は、真っ白な白板と長机が並んでいるだけで特に違和感はない。


 俺の想像なんだから当たり前だろう。


 想像というよりも、いつか見た日の記憶を思い出している、というのが正しいだろうか。


 なんて事はないと、もう一度階段への扉を開けて、三階へ続く階段に足をかけた。



 たけるの話だと、この階段で誰かにすれ違ったような気がしたと言っていたが、特に何も出てくる様子はない。



 やはり恐怖に引っ張られた想像力の問題なのだと、キリが良いところでこの想像を終わろうと思ったが、どうにも終わり方が分からない。


 目を開ければ良いだけなのに目覚め方が分からないのだ。


 とにかく、この場所から離れようと三階の扉に手をかけた。


 ドアは引いたら開くはずなのに、鍵がかかってるのか一向に開く気配がない。


 それどころか、さっきまで無音だった耳の奥に、自分のガシャンガシャンとドアを開けようとする行為の音まで聞こえ始めた。


 ガシャンガシャン

 カン……カン

 ガシャンガシャン


 ドアを開ける音に紛れて、微かだが違う音が聞こえた。


 カン……カン……カン


 何の音だ?


 ゆっくりと、同じテンポで聞こえるそれは、革靴で金属製の階段を踏み締める音のように聞こえる。


 カン……カン……カン……カン……


 金属製の階段に響き渡る足音はどんどん近づいてくる。

 音の大きさからして二階の踊り場付近だ。


 俺は音を出しても、振り返ってもいけない気がして、手が震えたまま三階のドアの前で立ち尽くしてた。


 すると、


 カン……カン、カン、カンカンカンカンカン!


 足音は突然速くなった。


 迫り来る音に恐怖が募り、焦りがあらわになる。


 俺は鍵がかかっているドアノブを必死に捻りながら願った。


 醒めろ! 醒めろ! 醒めろ! 覚めてくれ!!!!


 カン! カンッ!


 足音は真後ろまで迫っていた。


「開けてくれぇ!!」



 俺がドアを叩き、叫んだと同時に、目の前のドアは急に鍵が開いた。


 そして、ドアの向こう側から、ぬっと伸びてきた白い手に引っ張られ、ドアは再び閉められた。


 ドアが閉められる際に、振り返り目に入ったのは、真っ暗のシルエットと、振りかざされた鋭利な刃物。そして、裂けたように上がった口角が残念そうに下がっていく様子だった。



 ドアが閉まった音と共に、俺は目が覚めた。




 全身は汗でぐっちょり濡れており、カーテンを閉め忘れた窓からは朝日が差し込んでいる。



「はぁ、はぁ……夢か……」


 夢にしては妙にリアルな感覚が残っている。

 白い手に引っ張られた手を見ると気のせいかもしれないが、僅かに赤い痕がついていた。




 その日の夕方、いつも通り塾に行くため健と待ち合わせをしていたが、珍しく健は遅れてやってきた。


 少し元気が無さそうな顔がどんどん近づいてきて、俺の側で止まった。


「健、どうした? 遅かったな?」


 健が何も言わないので俺から声をかけるが、やはり何処か暗く、オドオドした目を俺に向け、口を開いた。


「なぁ……俺、今日塾に行きたくない」


「どうしたんだ?」


「言ったら笑われるかもしれないけど、昨日怖い夢みて、それで……」


 健があまりに深刻そうに言うことと、俺も昨日の夢を思い出し、心臓が一瞬固まった気がした。


「夢って、どんな夢をみたんだ?」


 心のどこかで、どうか違う夢であって欲しいと願ったが、同じ夢じゃないかと言う根拠の無い確信も持っていた。


「昨日、俺が幽霊の見つけ方の話をしただろ、それで、やってみたって話もしたじゃんか。そしたら、昨日の夜、夢で塾にいたんだ、三階のフロア。ちょうど、俺が想像を辞めた場所だ。そしたら、ちょうど階段のドアからお前の声が聞こえたんだ。開けてくれって……」


 健はゴクリと唾を飲み込んだ。


 俺も背筋が凍るようで、心臓にぞわぞわと嫌な感覚が這い上がってくる。


「それで、俺、開けたんだよ。そしたら、お前が居て、お前の後ろにも、人が居たんだ。俺には黒い影にしか見えなかったけど、なんか……とても悍ましいもののように見えて……お前の手を引っ張ったんだ。そしたら、その幽霊が言ったんだよ」



『次は無いから』

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