第45話 2年半ぶりの日本

蒸し暑い。

飛行機を降りてすぐにそう思った。

2年半ぶりの日本は梅雨の真只中だった。

マンチェスターで降る雨とは違う。

じっとりとした感覚がからだにまとわりつくのは、雨と気温のせい。




成田空港の到着ロビーで、千世がわたしを見つけて抱きついてきた。


「花乃ーっ! 超久しぶり!」

「元気だった?」

「おい、オレもいるからな」

「大志も来てくれたの?」

「当たり前だろ」

「花乃、わたしたち今付き合ってるんだよ」

「そーなの? 良かったね、大志」


大志は返事をしなかったけれど、その顔が幸せなことを物語っている。


千世は、大志とは同じ大学に進んで、一緒にいるうちに、そういうことになったと教えてくれた。でも、大志が高校の頃から千世のことを好きだったことを、わたしは知っている。


「車で来てるから、送ってくよ。吉に行けばいいんだろ?」

「ありがとう」

「実習がなかったら花乃と遊べるのに……」

「ごめんね、お姉ちゃんの結婚式が終わったらすぐ向こうに帰るから」

「もっと余裕持って来ればいいのに。スケジュール弾丸すぎだろ?」

「ごめん。いろいろ忙しくて」


大学は夏季休暇に入っていたので、忙しいというのは嘘だったから、心が痛んだ。

でも、わたしにはここにいる資格がない。



「でも、マジすごいよな、いきなりイギリスの大学って」

「すごくない。めちゃくちゃ苦労してる」



実際、1年間は大学附属のファウンデーションコースに通いながら、語学学校で英語を習うハードスケジュールをこなした。日本で少し話せるレベルでは全然足らなくて、「英語で授業を受ける」ということの大変さを甘く見ていた。休む間もなく1日中勉強ばかりしていた。

でも、おかげで他のことを考えずにすんだ。

去年の9月、ようやく大学に入学して、やっぱり毎日勉強漬けの日々を送っている。



「2人とも、イギリスに来る時は教えて。案内するから」

「いつか行きたいなぁ」

「いや、無理だろ? 千世、飛行機怖いじゃん」

「船で行くとか?」

「どんだけ時間かかると思ってんだよ? 船酔いするし」

「仲良いね」

「そうなのー。仲良いんだよね」

「まぁな」

「羨ましい」

「花乃は? 金髪の彼氏いないの?」

「いなーい。そんな時間ないんだもん」

「勉強ばっかかよ……尊敬通り越してやばいぞ」

「そうだ! 美鈴高校の野球部、今年は春の甲子園で準々決勝まで行ったらしいよ。わたしたちがいた頃は弱小野球部だったのに。あと、筒井先生が結婚して学校を辞めたって聞いた。学校を辞めて結婚、だったかな?」

「そうなんだ」



結婚したんだ……



胸がぎゅっと苦しくなった。

一体いつまでこれは続くんだろう……



「千世が看護師を目指してるなんて知らなかった」

「ギリギリになって決断したから。それ言ったら、大志なんて建築家目指してるんだよ!」

「何を目指そうと勝手だろ?」


2人のやり取りを聞いていると楽しかった頃を思い出す。

同時に悲しいことも思い出してしまうけれど。





吉に着くと、2人はわざわざ車から降りてお別れを言ってくれた。


「もっと連絡してよ!」

「わかった。2人はいつまでも仲良くね」


千世が助手席に乗っている間、大志が真面目な顔をして言いかけた。


「なぁ、お前本当は……」


でも、それ以上は言わなかった。


「じゃあな」


大志はそう言って、車に乗り込んだ。

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