一通目返信 異世界からの手紙

 関川フタヒロ君


 手紙を拝読させてもらい、君の事情は良くわかりました。

 常識で考えれば『異世界』というものがあることなど信じられないだろうと思う。

 私も君からの手紙が届かなければ、到底信じられなかったかもしれない。


 さて、君の無断欠勤や退職の手続きは、今となっては気にしなくとも大丈夫だ。

 そのような出来事など最早今となっては些事なことだ。

 君は知らないだろうが、君が失踪してからすでに数十年は経過していると思う。

 私も今となっては正確な月日も分からなくなってしまったからね。


 しかし、今思い返すとあの当時は大変な騒ぎになってしまったなぁ。


 君が無断欠勤をした初日は「ああ、またか」と仕事に慣れることが出来ず、逃げ出してしまったのだろうと思ったものだ。

 最近の若者らしく、自分から退職願ですら言い出せなかったコミュ障なのだろうと。


 だが、その数日後に君のご両親が会社にやってきて騒ぎ立てたことで、大問題となったんだ。

 

「うちの子の残業が多すぎるんじゃないですか!」

「ハラスメントが!」

「コンプライアンスが!」


 と直接言うだけであるならばまだよかったが、ついにはSNSで発信してしまったことで我が社は大炎上、業績が大悪化してしまったのだ。

 本当に不特定多数の有象無象の輩というやつは、無責任にあることないことを吹聴するものだ。

 

 私のパワハラが原因で失踪した、実は人知れずどこかの樹海で首を吊ってしまったんじゃないか、などなど。

 終いには、私が君の自殺体をコンクリートに詰めて海に沈めたとかとんでもない説も出てしまったよ。


 その後、あれだけ尽くした会社はあっさりと私の首を切った。

 実に清々しいまでのトカゲの尻尾切りだったな。


 ただ、この後の方が本当に大変だったんだ。


 アレほどの騒ぎになってしまった私には再就職は不可能だった。

 日雇いの派遣で食い扶持を稼ぐだけで精一杯、ローンの残っていた新築一軒家もあっさりと取り上げられた。


 大恋愛とまではいかないまでも、学生時代から付き合い結婚した妻は落ち目の私を捨てて新しい男と逃げ出した。

 高校で人気者だった息子は引きこもりになった。

 妻に引き取られた時の中学生の娘は、口を利いてくれないどころか目も合わせてくれなかったよ。


 見事なまでの転落人生に絶望したものだ。


 そんな時に、君の……貴様の手紙を受け取ったのだ!


 この俺が仕事のできない貴様の面倒をどれだけ見てきたと思っている?

 十日以上続いた深夜残業、だと?


 貴様に任せた業務は、通常ならば定時には終わる程度の仕事なのだ。

 要領の悪い貴様に懇切丁寧に教えていたのは、貴様を一人前に育てるためだ。

 来たるべき繁忙期・決算に備えて、な。

 貴様の教育係のさらに上の役職のこの俺ですら、自分の仕事をやりながら出来ない貴様の指導していたのだ。

 貴様の相手をしていなければ、俺だって定時で帰って一家団欒の日々だったはずだ。


 その恩を忘れるどころか、自分勝手なことを抜かしやがって!


 あの手紙を読んだ瞬間、俺の中で何かがキレたよ。

 人生に絶望していた俺だったが、清々しいまでに晴れやかな気分だった。


 『キレる17歳世代』を舐めるなよ、小僧が?

 何が『Z世代』だ?

 どこの戦闘民族の野菜人のつもりだ?


 貴様のような甘ったれた若造の根性を叩き直してくれるわ!


 ちなみに、貴様らが挑もうとしていた魔王だが、すでに俺様が倒して配下にした。

 

 そう、この俺様も貴様と同じ『異世界』に転生したのだよ。

 この手紙を届けてくださった『あの御方』によって、な。


 この俺様の手で生まれ変わった『株式会社ドリームソリューションMAOU』は、貴様のような落ちこぼれを排除した精鋭ばかりだ。

 貴様のチートスキル・スマホうなんぞ、通用すると思うなよ?


 さあ、いつでもかかって来るが良い、小童。


 青木大魔神


 追伸 貴様の髑髏で祝杯をあげる日を楽しみにしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る