第197話


『へえ? ソイツは随分と歪んでるな』


 それはかつて自分が、ベルン・ヴァロウに。


 シルフの人となりを、伝えた時の話です。


 ────やっと、やっとこの馬鹿げた戦いを終わりに出来る。もう誰も、殺さずに済む。


 ────私達が愛した平和は、目の前だ。


 シルフは、戦争主義者ではありません。


 殺し合いを嫌悪し、平和を求める人でした。


『あいつはもう、とっくにこっち側・・・・だろう』


 だからヨゼグラード市の攻略を目前に、戦争が終わることに感極まって、そう漏らしたのです。


 ですが激しい抵抗に遭い、市街戦は地獄と化し、シルフは病むことになりましたが。


『平和な世界に、あの女の居場所があるとでも思ってんのかね』


 彼女がそんな台詞を発したことを、悪魔ベルンに伝えると。


 悪魔はニンマリと唇を歪め、嘲笑いました。


『哀れな小娘だ』





 ベルン・ヴァロウはシルフ・ノーヴァを毛嫌いしていました。


 おそらく侮蔑すらしていたでしょう。


 ベルンが成し遂げたかったことは、シルフに阻まれました。


 それにどれだけ彼が悔やみ、憤ったでしょうか。


 


 だからベルンは、こんな策を用意したのです。


 オースティンを勝利に導く過程で、最もシルフが苦しむように。


 彼の遺策には恐ろしい程、シルフへの悪意が満ちていました。



『レミ。オースティンはこのままだと、連合に負ける』


 死の直前、ベルン・ヴァロウは盟友のレミ・ウリャコフにそう残したそうです。


『オースティンが負けたら、次はサバトだ。おそらくフラメールもエイリスも、オースティンの肥沃な本土を取り込んで威圧的な交渉をしに来る』

『……そうなったら、どうすればいいでしょう』

『従うしかないだろうな。サバトは革命の混乱で国力が大きく落ちてる。オースティンを吸収した二国に、太刀打ちできん』


 ベルン・ヴァロウはオースティンという国家の敗北を予言していました。


 それはサバトの労働者議会政権にとっても、苦しい未来でした。


『サバトの旧政府の連中を祭り上げられたのが痛いな。やつら、労働者議会の正当性を認めていないんだ』

『では、もしかしたら』

『要求に逆らったら、労働者議会が追放される可能性もある』


 労働者議会は親オースティン派の勢力です。


 連合側からすれば、邪魔者でしかありません。


 サバトの旧政府は正統性を主張して、連合を後ろ盾に国内に戻ってくる可能性は十分にありました。


『……でもベルンには、それを何とかする策があるのでしょう? 無いなら、その話題を私に振らないはず』

『ああ、さすがはレミ。話が早い』


 そんな起こりうる未来を回避すべく、救国の英雄『ベルン・ヴァロウ』が遺した悪意とは。


『三万人でいい。オースティンに救援を送ってくれ』

『……三万人、ですか? それではあまりに少数では』

『それで十分だ』


 シルフ・ノーヴァただ一人に、向けられていたものでした。











「敵が、侵攻を開始した────」


 ウィン決戦の最終局面。


 フラメール・エイリス連合軍のほぼ全軍が、一斉に突撃を開始しました。


 通常の多点同時突破戦略であれば、塹壕を放棄しつつ下がって、敵の攻め気を挫けばいい。


 オースティン軍の指揮官ヴェルディ中佐も、そのような指示を各区画に飛ばしていました。


「我々の自己判断で、1層だけ撤退する許可が出されました」

「……了解」


 ですが、あのシルフがここに来て単純な多点同時突破など仕掛けてくる筈がありません。


 彼女の策の内容を見破れなかったら、オースティンは攻め滅ぼされます。


 その国民がどうなるかなど、想像に難くありません。


 自分は本部への通信機を握りしめ、塹壕全体を見渡し、緊張で震えていました。


「何をしてくる、シルフ・ノーヴァ」


 息を呑み、敵とにらみ合うこと1時間ほど。


 その『作戦』は、突然に始まりました。


「おい、敵が突っ込んできてるぞ」

「準備砲撃もまだなのに!?」

「トウリ、これは一体?」


 やがて連合軍は雄叫びを上げて、凄まじい勢いで突っ込んできました。


 普通は突撃の前に、砲撃魔法で防御を崩すのが鉄則です。


 しかしすぐ後ろ、砲兵が最前線に配置されているのに、連合軍は準備砲撃を行いませんでした。


 ……これは。


「……我々が撤退するところを、砲撃する気では」

「む……」


 通常、砲撃部隊は後方に配置されます。


 貴重な砲撃魔法使いを、前線ですりつぶしたくないからです。


 しかし、今回の『多点同時突破』と『砲兵突撃』組み合わせるとなれば事情が変わります。


 多点同時突破戦術を仕掛けられた場合、防御側は後退しての釣り野伏を選ぶでしょう。


 そう、あの砲兵は『今から後退する』自分達を砲撃するために前に出ていた。


 そう考えればしっくりきます。


「じゃ、じゃあ撤退しちゃダメなのか」

「まずは普通に応戦しましょう。敵は準備砲撃もなく突撃しているのです、迎撃は容易です」


 シルフは砲兵を見せることにより、『我々の撤退』を封じました。


 こんなことをされれば、殆どの部隊は『多点同時突破を仕掛けられているのに、後ろに下がらない方がいい』と考えます。


 現に自分もイヤな汗が出てきていましたが、下がるべきではないと判断しました。


「おい、砲兵が前進してきてるぞ」

「は? 砲兵が何で前に出てくるんだ」

「敵の狙いは何だ、何を仕掛けてくる?」


 ですが、普通に応戦を指示した後。


 既に砲兵は我々を射程に捉えているのに、更に前進する動きを見せました。


 目の前の塹壕に展開された数多の連合兵に守られて、砲兵が『突撃』してきているのです。


「ああ、なるほど」

「トウリ?」


 その報告を聞いて、自分はシルフの策の詳細を悟りました。


 砲兵を前に出すという事は、既に我々の防衛ラインは崩壊しているということ。


「多分、既に浸透戦術を仕掛けられてます」

「なっ!」


 おそらく、もう幾つかの拠点は浸透されてしまっているのでしょう。


 つまりこの防衛ラインの崩壊は、ほぼ確定している。


「多点同時突破されながら、浸透戦術でかき乱されたら慌てて下がるしかない」

「……」

「そして下がるオースティン兵を撃ち殺すべく、敵は砲兵を進めているのでしょう」


 どれだけ殺意が高いのでしょうか。


 恐らく我々はもう、この塹壕を捨てて後退するしかない状況になっていて。


 後退する我々を攻撃するために、砲兵を進めているのだとすれば……。


「作戦本部に通達、全軍に今すぐ退くように提案してください。敵砲兵に前進されたら、凄まじい被害が出ます」

「……わかった」


 シルフの策はこれで、看破出来た……と思います。


 自分の読み通りなら、大きな被害が出る前に撤退出来る。


 ヴェルディさんなら、分かってくれるはず。早く撤退を決断させることが出来れば、まだ未来はある────


 そう、思っていたのですが。



 大地を割く破裂音が、塹壕の間近に衝突しました。


「何事ですか!?」

「砲撃が行われています」


 突然、大地に炸裂音が鳴り響き。


 見れば前進した砲兵により、我々の塹壕陣地へ砲撃が行われていました。


「……は?」


 その予想外の作戦に、自分の頭は真っ白になりました。


 敵砲兵は、我々が撤退を開始してから攻撃するのではなく。


 目の前に連合軍の突撃部隊がたくさんいるというのに、至近距離で砲撃したのです。


「な、な、な」

「敵は砲撃の中を、匍匐前進して進んできています」

「砲撃を囮に、全軍で『浸透』してきています!!」


 これが、シルフ・ノーヴァの渾身の一策。


 塹壕戦における、彼女の編み出した『最後の奇策』。


「これは、まさか────」











『それはフラメール・エイリスの兵士全てを『浸透部隊』にする作戦だ』

『どういう意味だ』

『浸透部隊は相手の不意を突き、速やかに塹壕を確保する役割。本来は高い訓練度が求められるが、どんな部隊でも楽に塹壕を確保できる状況を作ってやればそれでよくないか』

『言うは易しだが、一体どうするつもりだ』

『それを実現するのがこの這う砲撃・・・・


 シルフは自信満々に、泣きそうな声で、連合軍の会議でそう言い放ちました。


『砲兵部隊と同時に突撃兵を前進させ、砲撃とほぼ同時に匍匐前進して塹壕に浸透するんだ』

『聞いたことがない戦術だが、そんなことが可能なのか』

『可能だ。砲撃が降り注いでいる状況で、匍匐前進で隠れて近づいてくる我々を対処できる筈がない』


 這う砲撃。それは砲撃魔法をただの攻撃ではなく、煙幕として活用するアイデアです。


 砲撃と浸透、その両方に対処するのは困難でしょう。


 それは浸透戦術を『訓練度の低い部隊』でも可能にした、全く新しい戦術でした。


『砲兵を前進させれば、精密砲撃が出来る。砲兵の前に突撃兵で厚い壁を作ってやれば、攻撃される心配もない』

『ほう、画期的な手法だ』

『こんな隠し玉があったのか』

『流石はシルフ・ノーヴァ』


 この作戦は連合本部で可決されました。


 今まで様々な戦果を挙げ続けてきたシルフ・ノーヴァのとっておきの秘策。


 多点同時突破戦術と、浸透戦術のいいところ取りのような方法。


 その作戦の実行前評価は、十分に高かったと言います。







 ────ですが、本当に。


 そんな作戦が、有効ですか?






 勝機が来た。


 自分はその砲撃を見た瞬間、そう確信しました。


「ガヴェル少尉、伝令を中止してください! そして反撃の準備を!」

「は? ちょっと、トウリ!?」


 この瞬間を、自分はずっと待っていたのです。


 ベルン・ヴァロウが用意したあまりにもか細いオースティンの勝機。


 ベルン亡き今、シルフに勝てる参謀将校などいない我々が唯一、シルフに勝つ方法。


「ついに悪魔ベルンが地獄から蘇りました」


 それは、彼の最期の足掻き。


 ベルンの立てた爪がシルフの喉元を抉った。


 この機を逃しては、二度と勝利は訪れません。


 自分は全身を武者震いで震わせて、『突撃する準備』を整えました。







 ……『這う砲撃』。


 それはシルフの代名詞ともなっている、世紀の愚策でした。


「お、おい。あれどうなってるんだ」

「何だ? あいつら、何をしている?」


 前線で連合軍は悲鳴を上げ、阿鼻叫喚の地獄に陥っていました。


 当たり前です。


 生身の突撃部隊の上に、砲撃の雨を降り注いだらそうなるに決まっている。


「連中、味方を焼き殺してないか……?」

「あ、フラメール人の丸焼きが飛んできた」


 この時代の砲撃魔法は、精度が劣悪です。狙いが数十メートル逸れるのは当たり前。


 近付いたところで精密砲撃にはならず、味方の砲撃に巻き込まれ多くの連合兵が焼け死にました。


「全然進んでこないぞ、敵さん」

「馬鹿じゃないのか」


 さらに、匍匐前進するよう指示が出ていたのも最悪です。


 砲撃魔法が撃ち込まれた後には、地面が高熱になった大きなクレーターが出来ます。


 匍匐前進したら火傷するので、クレーターは迂回していかねばなりません。


 その結果、突撃のスピードは失われ、亀の行進のようになっていました。


 つまり、ノロマな的を撃ち放題です。


「撃て撃て、撃ち殺せ」

「馬鹿にはたっぷりお仕置きしてやれ」


 そんな連合兵士に、我々は銃弾の雨を浴びせました。




 このシルフの奇策『這う砲撃』は、戦史に名を残す愚策になりました。


 戦場を知らぬものが考えた机上の空論、その極致の一つと言われています。


「おい、連合軍のやつら、完全に浮足立っているぞ!」

「敵の密度が濃いから、殺し放題だ!」

「やっちまえ!」


 そしてこんな作戦を承認した、連合軍司令部は今も後世の笑いものになっています。


 それほどこの作戦は無意味で、愚かで、意味不明でした。



「意図が分からない」

「本当に、自滅しただけなのか」


 この連合軍の突然の自滅に、ヴェルディさんは『罠じゃないのか』と懐疑的でした。


 ですがクルーリィ少佐は「今こそ好機」と、全軍に侵攻するよう指示を出したそうです。


「我々も前に出ますよ。前方のサバト陣地へ突っ込みます」

「おいおい、攻めるのか」

「今が唯一の攻め時です」


 自分は小銃を手に持って、正面の塹壕を見据えました。


 そこには、凍り付いた砲兵部隊が戦場に棒立ちしていたからです。


「ここで砲兵を叩けば、流石の連合軍も戦争継続を諦めるはず」

「……」

「差し出された『急所』を仕留め、戦争を終わらせましょう」


 魔導兵は貴重です。そう簡単に代わりはいません。


 なので、目の前で無防備になっている砲兵部隊を叩けば、連合側を撤退に追い込めるはず。


 きっとそれが、我々に用意された筋道です。


「突撃ッ!」


 自分は味方の砲撃により半壊し、まな板の鯉となった連合兵を目標に。


 連隊を率いて出撃し、散々に撃ち殺したのでした。






 愚かな愚かなシルフ・ノーヴァ。


 史上最悪の愚将、シルフ・ノーヴァ。



 連合軍は、勝利まであとちょっとのところだったのに。


 シルフが余計な献策をしたせいで、凄まじい被害を受けることになりました。




 この這う砲撃は、歴史でも稀にみる大敗となりました。


 この作戦でオースティン・サバト連合はほとんど被害は出ていません。


 一方で連合側は五万人ほどの犠牲を出して、塹壕を一層も奪えず撤退したのです。



 この失態があまりにも有名になり過ぎて、彼女の名は後世に残りました。


 フラメール人にも、エイリス人にも、激しい憎しみを込めて詰られました。


 祖国サバトでも、オースティンからも、大きな被害を出したシルフは忌み嫌われました。


 シルフ・ノーヴァの名は、忌み名として歴史に刻まれたのです。






 ────どうして、あの天才シルフがこんな愚かな真似をしたのでしょうか?






「これで、良かったのだろう? トウリ」


 自分が突っ込んだ先の塹壕に、シルフはいました。


 砲兵をさんざんに撃ち殺し、確保した対面の拠点に塹壕の魔女シルフ・ノーヴァは立っていました。


「……シルフ・ノーヴァ」

「久しぶりだな。貴様の顔など、見たくはなかったが」


 ボロボロになったサバトの将校服に、小奇麗な連合軍の勲章をたくさんつけて。


 彼女は戦線が崩壊し、崩れていく様を見て引きつった笑みを浮かべていました。


「なぁ。いい気分か、トウリ」

「……」

「祖国も、戦友も、立場も。そして一族の『名声』さえ、私は失った」


 彼女の周囲のサバト兵は、一人も抵抗するそぶりを見せません。


 最初から降伏するつもりだったかのように、即座に銃を捨てて手を上げました。


「よかったな、トウリ・ロウ」

「……」

「私から何もかも奪って! さぞ気持ちが良いだろうな、貴様は!!」


 彼女は、数多の銃口を向けられて怯むことなく、自分を思い切り詰りました。


 それはいつもの癇癪とは違う、確かな憎悪を込めての言葉。


「この……悪魔め!!」


 その発言はきっと、何より彼女の心情を適切に表現していました。






「……負けてくれて、ありがとうございます。シルフ・ノーヴァ」


 悪魔とは、どんな存在でしょうか。


 それは人を誘い、誑かし、堕落の底に沈めるそうです。


 だとすれば彼女には、自分とベルン・ヴァロウが悪魔に見えたでしょう。


「レミさんからの書面に同封していた、ヨゼグラードの写真は御覧になりましたか」

「うるさい」


 悪魔ベルンはシルフを堕落させるべく、耳元で囁き続けました。


 負けろ、負けろ。わざと負けろ、と。


「ヨゼグラードは、活気あふれる良い街に復興していたでしょう」

「やめろ!」


 シルフ・ノーヴァは労働者議会政権を『水泡のようなもの』と捉えました。


 夢見がちなレミ・ウリャコフと実現不可能な思想、それらを纏める政治家の不在。


 数年以内に労働者議会政権は崩壊し、サバトは再び混乱に陥ると読みました。


「シルフ。貴女は『労働者議会ではサバトは治められないと、すぐに崩壊する』と言いましたね」

「黙れッ!!」


 シルフ・ノーヴァが動いていたのはそのためでした。


 あふれるサバト難民、再び起こる内乱、それらから国民を救う『避難場所』をオースティン領土内に作りたかったのです。


 だからシルフの戦いには、大義がありました。


 祖国の国民を混乱から救うという、『大義』が。


「シルフ、貴女は間違っていない。何もしなければ、労働者議会政権はすぐ崩壊したでしょう」

「……黙って、くれ」


 シルフは善性で、生真面目で、祖国想いの軍人です。


 そして父ブルスタフ・ノーヴァの後を継ぎ、祖国を守ると固く誓っていました。


 だからどれだけ辛い道のりであろうと、祖国のためなら歯を食いしばって歩み続けられたでしょう。


「だからベルン・ヴァロウは悪意を込めて。死ぬ間際まで、サバトの復興と支援に精力を注いだのです」

「もうやめてくれ!!」


 では、その大義を奪ってしまったら?


 労働者議会では国を治めきれず、すぐに内乱が起こるという『前提』が崩れ去ってしまったら?






 ────自分が停戦交渉でシルフに渡した封筒には、様々な写真が入っていました。


 それはヨゼグラードの、復興して綺麗になった街路だったり。子供が遊び、笑顔溢れる街広場の写真です。


 大通りには多くの市民が行きかい、ヴォック酒を手に乾杯している姿が映し出されていました。



 そう。労働者議会はシルフの予想を裏切り────安定した政治を敷いていたのです。



 なのでサバト国民は、もう旧政府勢力など必要としていません。


 なので、たとえシルフがこの戦いに勝利しても、利益を得るのは旧政府の官僚だけ。


 彼らは権力を取り戻すため、安定しているサバトを真っ二つに割る『内戦』を希望するでしょう。




 その写真は、シルフ・ノーヴァを追い詰めました。


 もしソレが事実なら、彼女の戦いには何の意味もなくなってしまうのです。


『愚かな愚かな、シルフ・ノーヴァ』


 悪魔ベルン愚者シルフに、囁きます。


『お前の大義はもう、なくなっているのに』


 しかしシルフには、そんな事実を認めることはできませんでした。


 それは今までの人生をすべて、否定されるようなものですから。


 あの写真は捏造だ、そういう風に見せているだけだと。


『この写真は偽物で、本当のヨゼグラードは地獄だと思うか?』


 あんなヤツらに政治が出来るはずがない、今もサバト国民は苦しんでいる。


 労働者議会の政治は無茶苦茶で、国民は喘いでいるのだと思い込みました。


『事実を受け入れず、サバトを内戦に巻き込んでまで、勝利を手にするか?』


 だけど参戦してきたサバト軍の身なりは綺麗で、物資も満たされていて、士気も高い。


 シルフが守りたかった彼らは、サバト旧政府軍を目の敵にして『祖国を守れ』と銃を向けてきます。


『それも良いだろう。数多のサバト人の死体の山の上に、お前は権力を得るだろう』


 そもそも、シルフ・ノーヴァは気付いていました。


 もしも、彼女の大義を奪うのが狙いであるならば。


 あの悪辣な『ベルン・ヴァロウ』は、ちゃんと政治を安定させてシルフの立場を崩しに来ると。


『お前は優遇されるさ。旧政府の英雄になれる。贅沢な暮らしができる』


 だからもう、シルフには戦う理由がありません。


 彼女が望んだ『祖国の安寧』は、既に達成されてしまったのです。


 ────そこで、悪魔は囁く。


『この戦いは、お前が自分のために同胞を殺すだけの戦いだ』


 そんなベルンの囁きに、彼女はどう返したでしょうか。










 これが、ベルンの遺策の正体です。


 彼はシルフ・ノーヴァの戦う大義りゆうを奪い、自滅・・する・・よう・・誘導したのです。


「シルフ・ノーヴァ。貴女を拘束します」

「……なぁ、どうしてだ。トウリ」

「毛布と食事くらいは、提供しますよ」


 これが、シルフが史上最低の愚将と呼ばれるようになった理由。


 これが、オースティンに用意されていたベルンの遺した勝機。


 ベルンはシルフの能力を信じたのです。


 勝つことの天才シルフ・ノーヴァなら、『これ以上ない完璧な負け方』も実現できる。



 この戦いに勝っても、負けても、シルフの行く末は地獄。


 であれば彼女の性格なら、祖国の利益になるよう動くでしょう。


 それがヤツの策だと知って、まんまと乗せられてしまっているという敗北感を感じながらも。


「お前というやつはどうして、こんなにも、残酷なことが出来る────?」


 悪魔ベルンに眼を付けられ、囚われた時点でシルフの命運は決まっていたのです。

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