第180話
数年ぶりに会ったアルノマさんは、髭が生えて野性味が出ていました。
少し老けていましたが、相変わらず彫りの深いハンサムな顔をして。
『大盾』の額を撃ち抜き笑う自分を、目を見開いて呆然と見つめていました。
「■■■ォ!!」
「っ!」
自分が『大盾』を撃ち殺した直後、フラメール兵が憤怒の声を上げ、自分に銃を向けました。
そして悪魔でも見るような目つきで、怒号と共に引き金を引きました。
「■■ぇ!」
「……っと、危ない」
弾が多すぎて、【盾】で弾ききれない。
そう判断した自分は遮二無二、鉄盾の裏に転がり込みました。
刹那、無数の鉛弾が甲高い音を立て、聖母像に弾かれて跳弾していきます。
「や、やめろ、撃つな。彼女と話をさせてくれ!」
「■■、■……」
「小隊長、私だ! アルノマだ!」
人数差が不利過ぎます、撃ち合うべきではないでしょう。
そう考え盾の裏に潜んでいたら、アルノマさんが自分に語りかけて来ました。
「君が……君が何故ここにいる、小さな小隊長! 君はトウリ小隊長だろう!?」
「……アルノマさん」
「やっぱり君だ。よく生きて、いや────」
アルノマさんは動揺した声色で、言葉に詰まっていました。
恐らく、先ほど自分を撃たないよう指示してくれたのは彼なのでしょう。
「私は、その。君はもう死んだと、聞かされていて」
「……」
「お世話になった小隊長に何もいわず、去ったのは申し訳ない。いや、今はそれより、君は衛生兵の筈だ」
まだ気持ちを整理できていないのか、アルノマさんの言葉には苦悶と混乱が混じっていました。
もっとも、混乱しているのは彼だけではありません。
自分だって
「頼む、トウリ小隊長! 今、君が撃ったヘレンズを治療してくれないか!」
「ヘレンズとは、この鉄盾を動かしていた人ですか」
「そうだ! 彼は心優しくて、勇敢で……。とても良いヤツなんだ! 頼む!」
自分はアルノマさんが『ヘレンズ』と呼んだ、鉄盾男をチラリと横目で見ました。
彼は頭蓋を撃ち抜かれ、口腔から血液を零し、間違いなく死んでいます。
「私は、フラメール軍にも顔が利くんだ! 治してくれるなら、貴女は私が保護してみせる。だから……」
回復魔法は万能ではありません。
死人を蘇らせる奇跡なんて、この世には存在しないのです。
「私のたった一人の親友を、治してくれ!」
そして、彼が言うには。
自分が殺したこの男は、アルノマさんの大事な親友。
「……」
眩暈と後悔で、腹の中を全て吐き戻しそうになりました。
いけません、冷静になりましょう。
自分は『殺人をゲームのように楽しむ快楽殺人者』。
このゲームの勝利条件は、敵エース『大盾』の撃破。敗北条件は、自分の戦死。
「自分は、オースティンの兵士ですよ」
「関係ないさ、私がいる。私が守る!」
エースの撃破には成功しました、後は『どうすれば生き残ることが出来るか』が課題。
……そう、自分はゲームをしている最中────
「診察するだけ、しましょう」
「お願いだ。ヘレンズは、エンゲイに妻子を残してるんだ。今日、やっと家族と再会出来るんだ」
「……」
「助けてやってくれ、小隊長。彼はエンゲイで囚われている息子に会うのを、とても楽しみにしていたんだ────」
自分は無表情に、鉄盾の陰から。
地面に倒れ伏している、『大盾』ヘレンズを見下ろしました。
「……」
ヘレンズの頭蓋は、自分の銃撃で穴が開いています。
骨は砕け、脳漿は零れ、動脈血が噴き出しています。
……アルノマさんも衛生兵だったからには、分かるでしょうに。
「【盾】」
「……小さな、小隊長?」
自分はその場に、【盾】の足場を作り出すと。
「治療は、もう無理ですね。それでは」
【盾】を足場に勢いをつけ、塹壕を駆けあがりました。
「待て! 逃げるなトウリ小隊長ォ!」
背後からアルノマさんの絶叫が響きます。
それは先程までと違った、恨みと怒りのこもった猛々しい声。
「よくもヘレンズを、よくも私の親友を!」
「お互い様です、アルノマさん」
再び、無数の銃弾が、自分を目掛けて飛んできます。
その際に【盾】が破られ、左腕を負傷してしまいましたが……。
何とか致命傷を負わずに済み、味方の籠る塹壕まで走り続けました。
「先程ヘレンズさんが叩き潰した兵士は、自分の大事な戦友です」
「……っ」
自分はそんな捨て台詞を吐いて、左腕から血を流し、塹壕間を疾走しました。
背後から声にならない、男の絶叫が聞こえてきました。
「どうしてだ! どうして優しい君が、こんな残酷な戦争に加担している!」
「フラメールが仕掛けてきたから、起こった戦争でしょう」
「違う! 君たちが、君たちだって追い返しただけで満足せず、侵略してきただろう!」
アルノマさんは知っているはずです。
フラメールが、エイリスが、どんな所業を以てオースティンに宣戦布告を行ったのか。
「そもそも! 君たちが戦争なんかしているから!」
「……」
「こんな、こんなことは私は望んでいなかった!」
再び、数多の銃弾が自分に向かって撃たれました。
自分は身をよじり、【盾】を展開し、銃弾の全てを転がりながら躱します。
「ヘレンズが家族と再会出来て! オースティンがフラメールから立ち去って! それで戦争が終わって、みんな幸せになって!」
「……」
「私はそうなって欲しかっただけなんだ!」
アルノマさんの声は、よく通りました。
もうずいぶん後ろにいる筈なのに、耳元で囁かれているような活舌で、耳障りの良い妄想を慟哭します。
流石は劇団俳優、といったところでしょう。
「何故……貴女がここにいる!? 何故、貴女は邪魔をする!?」
彼は怒りと、悲しみと、困惑を叫びに乗せて。
いつまでも銃口を自分に向けることなく、延々と泣き叫び続けました。
「貴女は優しい人物の筈だ! 貴女と共に仕事をしたから、よく知っている!」
その慟哭を聞き流し。
正気に引き戻されないよう、唇を噛みしめながら。
「そんな貴女がどうして!! エンゲイを奪い、民を虐げているオースティン軍に力を貸すのだ!!」
自分は無事に、味方の守る塹壕まで全力で走り続けました。
「敵エース、『大盾』を撃破しました」
「……お疲れ様です、トウリ少佐」
塹壕を走り抜き、戻ってきた自分の周囲に随伴歩兵は残っていませんでした。
キャレル小隊の面々は、皆自らの職務に殉じ、本懐を遂げました。
自分の下した、命令の通りに。
「撤退指示は、どうなりましたか」
「ヴェルディ少佐は、もう少し戦線を維持してくれと。司令部の撤退が完了次第、撤退を許可してくださるそうです」
「……流石はヴェルディさん。ではご指示通り、暫くこの防衛ラインを維持しましょう」
どうやらオースティン司令部は、エンゲイからの撤退する判断を下してくれたようです。
ヴェルディさんの土壇場の判断力は、本当に頼りになります。
「トウリ少佐……、よく戻ってこられましたね」
「ええ、
自分の突撃の後、激しい攻勢が止んで両軍睨み合っている状況になりました。
『大盾』を失って動揺しているのか、アルノマさんが止めているのか分かりませんが。
「ジーヴェ大尉、こちらの残り戦力は?」
「十分に動けるのは5~6小隊でしょう。……ひときわ優秀だったキャレル小隊を失ったのが、痛手です」
「……無茶に付き合わせてしまいました」
しかしこちらの被害も馬鹿になりません。
将来有望と見込まれていたキャレルが、自分に随伴して犠牲になってしまいました。
それも、油断した自分の命を助けるために。
……いえ、今は何も考えないでおきましょう。
「エンゲイの司令部から伝令です。まもなく、司令部が脱出の準備が整うそうです」
「了解」
キャレル小隊の活躍によりエースを撃退し、司令部が撤退する時間は稼げました。
後は他部隊と歩幅を合わせて、無事に撤退するだけです。
「撤退戦です、気を抜かないでください! 敵を倒す事より、安全に退く事だけを考えて!」
自分は高揚した気持ちを保つため、声を張り上げて周囲を鼓舞し続けました。
戦争の熱に浮かされていたからこそ、この時の自分は冷静でした。
「トウリ少佐。エンゲイ市内で、市民の暴動が勃発しているそうです。遠回りになりますが、郊外の道を辿って撤退しましょう」
「……分かりました。偵察兵、退路の確認を急いでください」
心の奥底に氷の膜が張っていて。
ひとたび戦場の熱が冷め、正気に戻ってしまったら。
自分は一体どんな妄言を吐き散らすのか、想像もつきませんでした。
「……撤退許可が出ました」
「行きましょう」
こうして、自分の担当していた区域では戦線突破されず、無事に撤退する事が出来ました。
ジーヴェ大隊は大きな被害を受けたものの、壊滅には至っておりません。
ケネル大尉は流石と言うべきか、シルフの仕掛けてきた浸透戦術に対し即座に『塹壕分断・通路爆破』を指示し、部隊の損耗率を1割台に留めていました。
『少佐の迅速な後退許可のお陰ですわ』とのことですが、あの状況で損耗率1割はすさまじい戦果だと思います。
ヴェルディさんに報告して、然るべき評価をしてもらいましょう。
この日の戦闘結果は、散々なものでした。
戦闘開始から6時間ほどで、エンゲイ防衛戦は決着しました。
ケネル大尉のように『浸透戦術』に対応できた指揮官は少なく、オースティン軍は壊滅に近い状態に陥りました。
シルフの浸透戦術による死者、行方不明者、脱走者は合わせると、被害は1万人近くに上りました。
兵力の少ないオースティン軍にとって、この被害は致命傷でした。
一方でフラメール・エイリス連合軍は、悲願のエンゲイの奪還に成功したことになります。
卑劣な簒奪者オースティンにより占領され、どれだけ頑張っても奪還できなかったエンゲイでしたが。
民から立ち上がった英雄『アルノマ・ディスケンス』の活躍により、ついに解放されたのです。
エンゲイ市民は万歳と叫んでアルノマさんを迎え入れ、その功績を称えました。
しかしエンゲイに入ったアルノマさんの顔は青く、悲嘆にくれていました。
彼はエンゲイに入ってまず、親友だった『大盾』ヘレンズ軍曹の骸を棺に納め、彼の遺族に謝罪し大泣きしたそうです。
その姿を見た民衆は、アルノマさんの優しい心を支持しました。
アルノマ・ディスケンスは、フラメールを救った英雄になったのです。
しかし、『物語の主人公』のような英雄になれた彼は、全く嬉しそうではなかったそうです。
この戦いを契機に、戦争は少しずつ収束へと向かっていきました。
エンゲイを奪還し以降、勢いづいた連合軍の逆襲が始まります。
翌々月、もう一つの大規模戦線である『鉱山戦線』でも、オースティン軍は敗退しました。
この戦いに自分は関与していないのですが、アルノマさん達による『浸透戦術』で突破されてしまったようです。
この戦いでもオースティン軍は数千人の被害を出して、国境付近までの後退を余儀なくされました。
この二つの敗北で、オースティンはフラメール内でほぼ活動できなくなりました。
重要拠点を失った事で、オースティンの兵站線が崩壊してしまったからです。
そのせいで我々は占領していたフラメールの小都市も放棄せざるを得なくなりました。
こうして各地で、オースティン軍は撤退していき。
エンゲイ解放からおよそ半年後、フラメールは国土からオースティン兵を追い出す事に成功します。
フラメール領土の完全解放が成された日、連合軍は完全勝利を宣言し、フラメール中が歓喜の声に沸きました。
一方のオースティンは、まさに瀕死でした。
連合側が再侵攻してきたとしても、オースティンには抵抗できる防衛戦力が残っていません。
オースティンの滅亡は、もはや避けようがない状況でした。
今まで兵力が不利に対し、兵器技術と戦術レベルで応戦していた状況です。
数で勝る相手に戦術でも上を取られれば、勝ち目はありません。
そして、フラメールの完全解放がなされた後。
オースティン政府は連合側に講和を打診し、『降伏』であれば受け入れるという返答を突き付けられました。
ただし軍部掌握・領土割譲・属国化など要求されてはいましたが、決して横暴な内容ではなかったようです。
降伏条件として『オースティン皇家の存続』や『自治領の維持』などが盛り込まれており、敗戦国にしてはむしろ優遇されていた条件でした。
連合側も無茶な条件をぶつけてこなかったあたり、『そろそろ終戦したい』と考えていたのかもしれません。
しかし、フォッグマンJr首相がこの降伏条件を拒否してしまいました。
────元々奴らが仕掛けてきた戦争だ。
────降伏したら、国民がどんな扱いを受けるか。
────フラメール兵が、オースティン辺境の村を侵攻した時にしたことを忘れたのか。
オースティン政府は、他国からの約束など一切信用していなかったのです。
……あるいはフラメールに、父親を殺されたという私怨もあったのかもしれません。
いずれにせよ、講和ならまだしも降伏などあり得ないと使者を突っ返し。
フォッグマン首相は軍部に『首都ウィンの防衛網を使い、連合側を迎撃せよ』と命令しました。
「兵力差は、10倍以上」
「よく分からない戦術を使って、塹壕を魔法のように突破してくる」
「無理だ、勝てる訳がない」
確かにかつて、オースティン軍はウィンの防衛網を使って連合軍を撃退しました。
首相にもその記憶が、脳をよぎったのでしょう。
フラメール国内だから、オースティンは敗北した。
自国に引き付けて決戦を行えば、勝ち目は十分にある。
そう、考えていたのかもしれません。
しかし、当時とは状況が大きく異なっています。
オースティンは兵力も、兵站も、弾薬もほとんどが尽きかけていました。
そして今まで軍を『勝利』に導いてきた
100%勝ち目の無い、無謀な戦いでした。
「ああ、そうか」
「これが負けると、言う事か」
首都ウィンで、戦場の空気を感じていない政治家たちと違い。
前線で迫りくる連合軍から逃げている兵士達は、薄々気付いていました。
もう、本当に勝ち目はないのだと。
……それは自分も、同様でした。
「労働者議会元首レミ・ウリャコフより。親愛なるオースティン皇帝閣下へ」
そんな、オースティンが危機的状況に陥っている中。
一つの訃報と一通の返書が、オースティン政府に届けられました。
それは、サバト連邦の指導者レミ・ウリャコフからの書状でした。
「大変な折に、このようなお手紙を送る事は躊躇われましたが。貴国の英雄であり、また故人の意思でもありますので、私が代わりに筆を取らせていただきました」
……そこに記されていた内容は。
オースティン政府にとって、衝撃的な内容で。
「ベルン・ヴァロウ様は本国にとっても、救世主のような人物でした」
その手紙によると、軍を辞したベルン・ヴァロウはヨゼグラードに移り住み。
レミ・ウリャコフの庇護下で、平穏な余生を過ごしていましたが。
「偉大なる勇士の逝去に、心よりお悔やみ申し上げます────」
つい先週、病状の悪化に伴い敗血症で死亡したと、記されていました。
ベルン・ヴァロウの死去。
自分は撤退戦の最中に、この訃報を聞かされ唖然としました。
……自分はベルンが嫌いでした。心の底から会いたくない、嫌悪を抱く唯一の人物でした。
しかし同時にどこかで彼が『サバトで何かをしてくれるんじゃないか』と言う期待も抱いていたのも事実でした。
ベルンはヨゼグラードに移住した後、親交の深いレミ・ウリャコフらと余生を過ごしていたそうです。
しかしサバトの医療技術は、オースティンに大きく劣っていました。
サバトではクマさんが開発した抗生剤の製造ラインが、まだ整っていない様で。
医療資源は、オースティンからの輸入に頼りきりの状況だったのです。
そのせいで、敗血症を起こしたベルン・ヴァロウの治療を十分に行う事が出来ず。
オースティンの苦境を聞いて喀血した彼は、そのまま病状が一気に悪くなり。
稀代の怪物「ベルン・ヴァロウ」は、24歳という若さでこの世を去ったのでした。
話を聞いてしばらく、自分はベルンの死に半信半疑でした。
「死んだことになった方が都合がいいから」と言う理由で、ベルンが自らの死を偽装したのか。
はたまた、連合側からの士気を下げるための流言か。
……しかし結局、ベルンの死は事実でした。
オースティンがエンゲイ戦線で敗北し、フラメール国内から逃げ惑っていたころ。
彼は敗血症を起こし、懸命の治療が施されましたが、サバトの病院内で死亡が確認されたそうです。
ベルン・ヴァロウの死はサバトの新聞で大々的に報じられ、レミさんは泣いて彼の死を弔ったそうです。
「俺は悪人だ。だけど、オースティンに必要な悪人だった」
これは死の間際、サバトの新聞に掲載されたベルン・ヴァロウの言葉です。
彼は療養生活の中、新聞記者からの取材に対し、自慢げにそう語ったそうです。
「人を嵌めて殺すのが、楽しくて仕方なかった。俺の立てた作戦で敵に凄まじい犠牲が出ることが、この上ない快感だった」
「……人を殺すのが楽しかった、と仰るのですか」
「その通り。いや、言われなくても分かっているとも。それは、とても悪い事だ」
人を殺すのが楽しかった。
彼はそんな事を、自ら大量に殺したサバト人の記者に語って聞かせました。
「では勇敢なサバト兵たちは、貴方の快楽のために殺されたというのですか」
「ああ。……だからサバト国民は、俺をいくら恨んでくれても構わない」
それは、ベルンなりの罪の告白であったのでしょう。
彼の言葉を聞いたサバト人記者は、顔を顰めたそうです。
「だが俺がいかに悪人であろうと、オースティン国民が俺を非難することは出来ない。何故ならオースティン軍が優秀な指揮官を欲し、俺はその需要に応えただけだからだ」
「……それは、貴方が人殺しを好むことと何の関係があるのですか」
「分からないか? そうだな。スポーツで例えてみよう。フットボールが嫌いなやつと、好きなやつ。どっちが良い選手になると思う?」
ですがそんな記者に対し、ベルンは悪びれる事もなく。
澄んだ顔で、自らの傷だらけの体躯を撫でながら、呟くように話を続けたそうです。
「俺は悪人になる才能が有った。そして戦争が、国が俺を悪人になるよう求めた」
「……」
「これが、戦争が忌避されなければならん理由さ。戦争ってのは、悪人が称えられる行事だ」
彼には、常識がありました。悪いことは悪いと思える、判断力がありました。
しかし、それらを全部承知の上で───彼は、悪人になることを選んだのだそうです。
「……貴方は、戦争が忌避されるべきだと考えているのですか?」
「ん? 何を、分かり切ったことを」
ベルンは新聞記者からの、この質問に対し。
はっきり嫌悪感を浮かべ、忌々しそうに吐き捨てました。
「戦争さえなけりゃあ、俺はもっと長生きできてたんだぞ」
彼は『人殺し』が好きだっただけ。
そして彼の人殺しの才能を生かせる場が、『戦争』であっただけ。
彼はただ安全圏で、他者を虐殺するのに快楽を感じる性質であり。
自分が傷つくかもしれない『戦争』というシステムには、辟易していたみたいです。
彼が新聞記者に語った言葉は、全てが本心だったとは思いません。
ベルンがサバトの国民に、申し訳ないと感じていたとは思えないです。
ですが、きっと『戦争が忌避されるべきだ』という意見は……本心だったような気がします。
参謀としての才能を見いだされる前、ベルン・ヴァロウは生粋のサボり屋でした。
面倒な仕事は他人に押し付け、のんべんだらりと仕事をこなす軍人でした。
……彼は元々、戦争に積極的に参加しようとしていた訳ではないのです。
彼が本気で戦争に介入し始めた理由は恐らく、『そうしないと損をするから』だと思います。
オースティンが無条件降伏したら、軍人として戦争に参加していたベルンは酷い目に遭ったでしょう。
だから仕方なく、後世でたくさん恨みを買うのを承知で、歴史に介入したのです。
彼の願いは好きなように生きて、好きなように死にたかっただけ。
ベルンもまた、戦争によって大きく人生を歪められた人間の一人でした。
そんな彼がなぜ、サバトに移り住んだのでしょうか。
抗生剤のないサバトでは、彼の容体が悪化した時に死ぬ可能性がある。
その事実に、うっかり気付いていなかったのでしょうか。
いえ。あの賢い彼が、その可能性を見落とすとは思えません。
ではベルン・ヴァロウは死を求めていたのでしょうか。
自分のように人殺しに快楽を求めることに苦悩して、自死を求めたのでしょうか。
あるいは大一番で負けて自暴自棄になり、失意のまま死を望んだのでしょうか。
……それも恐らく、あり得ないでしょう。
彼は死ぬ3日前、サバトの病床でレミさんの前で泣いていたそうです。
まだやり残したことが沢山ある、もっと生きていたかったと、悔し涙を流したそうです。
つまり、彼は本懐を遂げた訳では無かったのです。
……彼のやりたかったこととは、何なのか。
彼がサバトに渡った理由は何だったのか。
自分がそれらを知るのは、首都ウィンまで撤退した後の事でした。
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