第149話
「トウリ少尉。少しお話が」
「何でしょうか」
前線で何が起きているかなど知らされぬまま。
自分達トウリ遊撃中隊は、日々訓練にいそしんでおりました。
「少し内密の話が有ります。人払いしていただけないでしょうか」
「分かりました、では自分の個人テントにお越しください」
「了解しました」
自分達レンヴェル中佐派の軍人は、今まで通り鉱山戦線の維持を。
ベルン率いるアンリ大佐派の人間は、フラメール奥深くへ侵攻を。
兵士達に知らされていた戦況は、そんな感じでした。
「ここなら大丈夫でしょう。して、お話とは何でしょうか」
「実は、その件なのですが」
鉱山戦線は、平和でした。
小競り合いはあれど大きな戦闘なく、睨み合いが続いていました。
敵は中途半端に塹壕を確保しても、ガスで一掃されてしまうだけです。
ガス対策が出来ない限りは手を出してこないでしょう。
こちらも鉱山内に侵攻しようとすると、大きな被害が予想されます。
味方が内地に切り込んでいる今、賭けに出るような作戦はとれません。
お互い、千日手のような状況に陥っていました。
「トウリ少尉」
「はい」
持久戦は、オースティンにとって望ましくありません。
まだ国土も富んでいて、エイリスから援助もあるフラメールの方が有利なのです。
鉱山戦線に固執すれば、ずっとにらみ合いが続いたでしょう。
だからベルン・ヴァロウは、内地侵攻を決断しました。
祖国の命運はベルン・ヴァロウに任せ、我々は鉱山戦線を死守するのみ。
我々は、決戦のかやの外です。
こんな戦況だからでしょうか。
「お慕いしております。どうか、俺と恋仲になってください」
「えっ」
何だか自分の周囲に、ピンクな状況が発生するようになってしまいました。
ロドリー君から捻くれた告白を受けた事を除けば。
その兵士からの言葉が、自分にとって人生初めての告白でした。
「あ、その。まだそこまで言葉を交わしていなかったと記憶していますけど。どうしてそう言う話に?」
「メイヴ教官の訓練で負傷した後の、治療をしていただいた時に。一目惚れと言いますか、グラリと心を揺り動かされました」
その兵士は少し顔を強張らせつつ、真摯にまっすぐ自分を見つめていました。
罰ゲームとかで告白しに来た空気では無いですね。
「ではお答えします」
「はい」
「自分はつい先日、夫を失ったばかりでして」
「聞き及んでいます」
「だからその……ごめんなさい」
少しだけ動揺しましたが、その兵士からの告白はお断りさせていただきました。
自分はしばらく、ロドリー君に操を立てるつもりです。
それに訓練部隊とはいえ中隊長として、少尉として部下と付き合う訳にはいきません。
「そうですか……」
兵士は凄くしょんぼりとした顔をしていました。
ちょっと罪悪感を覚えますが、今の自分が他人と交際するなんて想像もできません。
「自分などより素晴らしい女性はたくさんおります。どうか元気を出してください」
「はい、ありがとうございます」
少しぎこちない空気になりつつ、自分は何とか笑顔を作って兵士を送り出しました。
成程、そう言えば衛生兵は凄くモテると先輩方も言っていましたっけ。
女性衛生兵に治療されると、コロリといってしまう兵士が凄く多いそうです。
一種のつり橋効果なのでしょうか。
「それでは俺はこれで、トウリ少尉殿。もし気が向いたらお声かけください」
「え、えぇ」
「……はぁ」
兵士は小さくため息を吐いた後、自分に一礼し、
「失礼いたしました」
そう言ってテントから立ち去ってしまいました。
「トウリ少尉。絶対に、絶対に幸せにしてみせます!」
「えぇっと」
その兵士を皮切りに、しばらく自分に対する告白が相次ぎました。
なんと1週間で4人の兵士から、想いを告げられたのです。
おおよそ2日に1回のペースでです。
「す、すみません。その気持ちにはお答えできません」
「そんな!」
どんな人でも人生に数回はモテ期が来るという噂ですが……。
まさかこれがその、モテ期という奴でしょうか。
「どうしても、駄目ですか」
「……」
「……。分かりました、今は退きましょう。ですが俺は諦めません」
「は、はあ」
にしてもどうして、こんな突然にモテ期が?
確かに女性衛生兵はモテると良く聞きます。
しかし自分は今まで、そういったアプローチを受けた事はありません。
今までと今と、何が違うのでしょうか。
自分でも気づかぬうちに、大人っぽく見られるようになった、とか?
「では失礼します」
「ええ、その、ハイ」
確かに自分はもう17歳、この世界では結婚適齢期に入っている年齢です。
15歳だった頃と17歳の違いは大きいのかもしれません。
来年からはお酒が飲める歳です。
まだまだ未熟者、自分は子供のつもりでしたが、いつの間にかレディに────
「いや、中隊所属の女は誰でもそうなる」
「そうなんですか」
連日の告白騒動に悩んだ自分は、ガヴェル曹長に相談する事にしました。
最近モテて仕方がありません。どうしたら良いでしょうか。
「自分が衛生部にいた時は、こんなに告白されなかったのですが」
「野戦病院に居る時は
「成程」
「それに衛生部の連中、誰も彼も目が血走ってて怖いし。ちょっと空いた時間にお茶しようぜ、なんて誘える雰囲気じゃない」
「確かに……」
言われてみれば衛生部でそういうお誘いされたらイラっとしますね。
次の患者が列を成して待っているのに、お茶してる暇があるかと。
「中隊に所属すると、基本的にはずっと行動を共にするからな。どうせなら少ない休日だけ会える相手より、同じ中隊に恋人を作りたい」
「はい」
「となるとこの中隊に、選択肢はお前かプクプクしかねぇのよ」
まぁ、それはそうですよね。
自分は中隊の訓練を監督しているので、彼等と話す機会は結構多いです。
成程、身近な女性の選択肢が少ないのが原因ですか。
「で、お前が男だとして。意思疎通が出来る女と出来ない女、どっち選ぶよ?」
「……あー」
「あのプクプク女が普通にしてりゃあ、人気も分かれるだろうけど。現状、まともに恋愛したけりゃお前一択なのよ」
確かに。いくら美人であっても、今のアルギィさんを恋人にしたくありません。
……もしかして、アルギィさんがプクプクしてる理由って男避けの為でしょうか。
だとしたら、色々と納得できる気がします。
「こうなるのが分かってたから、爺ちゃんはお前に縁談勧めたんだと思うぞ」
「一応、指輪とか買って既婚者アピールはしてるのですが」
「お前の場合、『幸運運び』の噂が広まってるからなぁ。お相手と死に別れているの、かなり有名だぞ」
「はぁ……」
そうか、
それで皆、自分がフリーだと知っている訳ですか。
「困ってるみたいだな」
「それは、ハイ」
……こうも毎日告白されたら、流石に気疲れしてしまいます。
正直な話、悩みの種ではあるのですが。
「じゃあ爺ちゃんに頼んで、前の縁談もう一回引っ張って来てやろうか」
「……」
「それも、気乗りしねぇのか」
「はい」
だからと言って、良く知らない人と婚約するのは気が進みません。
それは別にレンヴェルさんの親族になるのが嫌だという訳ではなく、
「自分はもうしばらく、彼に操を立てたいです」
「……そうか」
「それに告白されるのが面倒だから、なんて理由で縁談を進めたくありません。お相手に失礼過ぎます」
自分の中のちょっとした拘り……。
これは、意地のようなものです。
「あー、そうだな。少なくとも俺は別に気にしないぞ? 婚姻結ぶのも仕事の一つだし、それで怒る人は親族にいないと思う」
「それでも、です」
「そっか」
自分が頑なな態度を示したので、ガヴェル曹長は少し残念そうな顔をしました。
「じゃ、もう受け入れるしかねぇ。フリーの女を口説きに行くなとは誰も言えん」
「そんなものですか」
「それか『お相手を作る気はありません』と全員の前で宣言するかだな」
「そうですね。それも視野に入れましょう」
ガヴェル曹長はそこまで言うと、プイと顔を逸らして、
「のんきな悩みだぜ、まったく」
愚痴るようにそう言い捨てました。
確かにのんきな悩みです。
オースティンは存亡をかけて戦っている真っ最中だというのに、『モテて困っている』なんて悩みを相談するのはちょっとまずかったでしょうか。
ですが、恋愛経験の乏しい自分にとっては大きな悩みでした。
出来るだけ傷付けず、穏便に振る方法とかはないのでしょうか。
たかが色恋沙汰で、こんなに悩む事があろうとは。
こういう時、頼りになりそうなのはレイリィさんですが……。
彼女はベルン率いる南軍に追従しており、ここにはいないのです。
こっちの衛生部は現在、ドールマンさんが取り仕切っています。
人手が減ってお忙しいだろうドールマンさんに、こんな相談をするのは気が引けます。
「ぷくぷく……」
「……」
そしていくら年上の女性とはいえ
大変失礼ながら、役に立つ答えが聞けるビジョンが浮かびません。
何を話しかけても、プクプクという飛沫音しか返ってこないと思われます。
「ぷっく?」
「いえ、何でもありませんよ」
「ぷくー」
自分は疑問符を浮かべるアルギィに苦笑を返し、溜息を吐きました。
「皆さん、こんばんは」
「おお、少尉殿」
とりあえず、自分は恋人を作る気が無いことを皆さんに知ってもらいましょう。
そうすれば兵士さんにも、余計な手間を掛けさせずに済むはずです。
そう考えた自分は、訓練を終え食事をとっている兵士達に話しかけに行きました。
「こっちに顔を出すなんて珍しいですなぁ。どうかしましたか」
「ええ、少しご相談がありまして」
「ええ、ええ、承りましょう。このナウマンに何でも話してください」
自分はまず、兵士達の中心人物ナウマン兵長に話しかけました。
彼は結構なベテランでありながら、気さくで優しい人物です。
メイヴさんと同様に、その豊富な経験を生かして指導する側に回って貰っています。
「実は……」
「ほほう?」
自分はナウマン小隊と共にレーションを啜りながら、先程の悩みを伝えました。
自分は恋人を作る気がないが、多くの兵士に想いを告げられて困っていること。
それとなく、自分が恋人を求めていない旨を広めて欲しいこと。
「ははーん、成程。少尉殿は可愛らしくあらせられるから、そりゃあ人気でしょうな」
「……光栄なお言葉ですが、本当に困っているのです」
「はっはっは」
ナウマンさんは自分の話を聞いて、声を上げて笑いました。
何が面白いのかと首をかしげていたら、
「勘弁してやってください、少尉殿。……兵士達は、真剣なんです」
「真剣、ですか」
「ええ、真剣です。少尉殿、では少し例え話をしましょう」
ナウマンさんはまるで諭すような顔になり、自分を真っすぐ見て話し始めました。
「少尉殿は片思いしている相手が居たとして。その相手はどうやら、誰とも付き合うつもりはないらしい。だから少尉殿は恋心を封じ込め、告白しなかった」
「はい」
「そしてその後。少尉殿は敵の奇襲を受け、致命傷を負ってしまった。地面に倒れ伏せ、後は死を待つばかり。そんな時、ふと片思いしていた相手の顔が浮かび上がってきた」
「……」
「そうなっても少尉殿は、後悔なさいませんか? 駄目でも良いから想いを告げておけばよかったと、未練は残しませんか?」
「それは……」
ナウマンさんはニコニコと笑ったまま、自分の頭を撫でました。
「歩兵ってのは因果な商売です。いつ死んでもおかしくない、だから後悔したくない」
「……」
「少尉殿は大変かもしれませんが、兵士の真剣な想いに向き合って、振ってやってくださいませんか。それだけで、死ぬ間際の気持ちが全然違いましょう」
そう言われると、確かにそうかもしれません。
自分がロドリー君の最期に会えず、言葉を交わせていなかったら……きっと後悔していたと思います。
「貴方のおっしゃる通りです、ナウマン兵長。ではそのようにします」
「あんまりしつこい場合は小官から注意しますので、ご相談ください」
「ありがとうございます」
自分の答えに、ナウマン兵長は満足げに頷きました。
流石はベテランと言うべきか、とても参考になる意見でした。
「オジサン的には、少尉殿が娘と重なるので誰とも付き合ってほしくないですけどね。あー、戦場から帰った時、もう結婚とかしてるんだろうか」
「結婚していたら、祝ってあげましょうよ」
「いやだいやだ、帰ってもしばらくお父さんっ娘で居て欲しい。娘が……アンナが結婚してるなんて……ウォエ!」
その後ナウマンさんはいつものように家族自慢を始め、娘が結婚する様子を妄想し吐いていました。
相変わらず、愉快な人です。
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