第69話

 南軍の皆さんに別れを告げた後、トウリ衛生小隊はレンヴェル軍に復帰しました。


 ただトウリ衛生小隊という枠組みは解体されず、今後もそのまま1つの診療グループとして扱われるそうです。


 幸か不幸か、自分の小隊はそこそこ実戦経験を積めていました。


 少佐は、危険な任務に追従出来る衛生小隊を1つ確保しておきたかったのかもしれません。




 そして我々は、新設されたというレンヴェル軍の衛生部へと出向いたのですが。


「儂はドールマン衛生曹である」


 簡易テントの並んだ野戦病院には、えらく立派なひげを蓄えたお爺ちゃんが居ました。


 年老いてはいますがガーバック小隊長より大柄な人で、その左手は欠け体中に古傷がありました。


「退役して6年の、しがない老爺だ。墓に入る前に前線に呼び出され、再び衛生兵として貴様らの指揮を執ることとなった」

「よ、よろしくお願いします」

「もう魔力も枯れて大した戦力にならんが……、貴官らの誰よりもマシに戦争出来るだろう」


 彼は開口一番、自分の頭を鷲掴みにして凄みました。


「一つ言っておくと、儂は反抗的な兵士が嫌いだ。この年になると、人を癒すより殴る方が得意になってくる」

「は、はい。ドールマン衛生曹殿」

「トウリ衛生兵長。貴様、まだガキンちょの癖に良い階級を持っているな。そんな貧相なナリをして、お偉いさんにケツでも振ったか?」

「いえ、そのような」


 こんな怖そうな軍人にギロリと睨みつけられ、正直自分は委縮してしまいました。


 最近、周りに優しい人が多かったのでこういった軍人然とした人は久々ですね。


「貴様はレンヴェル少佐殿のお気に入りらしいが、儂は戦争が終わればまた隠居生活に戻る。儂に、上層部からの圧力は通じん」

「はい」

「心して仕事にかかれ。甘えた寝言を抜かしたら、容赦なくブン殴る。ママのミルクが恋しくなれば、とっとと少佐殿に泣きつくんだな」


 ギリギリと、自分の頭を掴む握力が強まってきます。


 恐らくドールマン氏は、レンヴェル少佐とコネを持ってる小娘に釘を刺したかったのでしょう。


「大尉殿から話があるらしい。すぐ行ってこい」


 一通り脅して満足したのか、彼はそれ以上言葉を続けず自分をシッシと追い払いました。


 ……小隊長に任ぜられはしましたが、自分はまだまだ新兵です。まだ、先輩から学ぶべきことは沢山あります。


 久し振りに、厳しく怖い上官に当たりました。しかし、彼から学べることは多いでしょう。


 少しでも衛生兵として、軍人として彼から学ばせていただきましょう。









「あはは、随分と昔気質な衛生兵が来たもんだろ」


 ドールマン氏の指示通りアリア大尉に会いに行くと、彼女は機嫌よさげに出迎えてくれました。


「ドールマンは、士官学校の教員でな。突撃兵上がりらしいが、衛生部に勤務した実績もあったのでこの度、衛生部長に任命した」

「……突撃兵だったんですか?」

「ああ。昔は色々と緩くて、回復魔法が使えてもやる気があれば歩兵をやれたんだ。ドールマンは突撃兵として前線勤務した後、左手を失ってから衛生部で退役まで働いたらしい」

「凄まじい経歴ですね」


 道理で、全身傷だらけで威圧感があると思いました。


 衛生兵かつ突撃兵という過酷すぎる仕事を、自ら好んでやる人が居たんですね。


「頼りになるし、きっと部下をよく引き締めてくれるだろう。首都に良い人材が残っていたものだ」

「有難いことです」


 アリア大尉は、ドールマン衛生曹を非常に高く評価しているようでした。


 軍人としては、彼のように厳しい人の方が信用におけるのでしょうか。


「トウリ、貴官は衛生兵長だ。これは、衛生部ではドールマンに次ぐ階級位だ」

「はい」

「なので、衛生副部長の肩書も渡しておく。ちょっと書類仕事が増えるが、給料も良くなるぞ」

「は、了解しました」


 自分は、中間管理職みたいな立ち位置のままみたいです。


 ……まだ従軍して1年弱の自分が、副部長で良いのでしょうか。


「安心しろ、面倒ごとはドールマンが大体片づけてくれるだろう。彼は恨まれるのも仕事だと割り切ってくれる、昔気質の軍人だ」

「はい」

「部下の締め付けは、彼に任せておけばいい。トウリは逆に、部下のメンタルケアを中心に立ち回ってくれ」

「メンタルケアですか」

「厳しいタイプと優しいタイプをセットにすると、ほどほどに引き締まって良い部隊になる。飴と鞭だな」


 アリア大尉は、そんな風に自分の役割を説明してくださいました。


 成程、だから敢えて厳しいタイプの軍人を衛生部長に置いたのですね。


「拝命しました。自分は、上手く役割をこなして見せます」

「ああ、がんばれ。無理をしすぎんように」


 確かにドールマン衛生曹殿は、『強引にでも部下を従わせる圧』を持っていそうです。


 きっとラキャさんの様な無駄な犠牲を出さずに、自分達を導いてくれるに違いありません。


 その圧で潰れる人が居ないよう、自分が矢面に立ってケアしていけば良いみたいです。



「それと、アリア大尉殿。実は、南軍のザーフクァ曹長からこれを……」

「む、銃の所持許可書だと?」


 その命令を受けた後、自分は忘れないよう用意していた書類を提出しました。








「ん、詳細は把握した」


 ゴム弾の弾倉と量産銃の所持許可は、思ったよりあっさり下りました。


 【盾】魔法の訓練用、という名目でザーフクァ曹長が前もって申請してくださっていたそうです。


 あとは所属部隊の長であるアリア大尉のご許可があれば、すぐに携帯出来る形でした。


「私の名前でも、携帯許可を出しておこう。もし誰かに見つかって問題になれば、私に話を通しに来るといい」

「ありがとうございます」

「ただ、現状はあくまで訓練用だから勝手に使うなよ。携帯許可は、盗難防止目的だ。訓練に用いる際は前もって場所と時間を申請して、使用した弾丸の数は報告する事」


 アリア大尉も、別に反対する事もなく許可を下してくださいました。


 これで、自分が銃を持っていてもドールマン氏にぶん殴られずに済みます。


 先に許可を得ておくことは大事です。


「他に用事はないか?」

「はい、大尉殿」

「よし、じゃあまた困ったことが有れば来てくれ」


 こうして意気揚々、自分は量産銃を肩に担ぐ許可を得たのでした。


 銃は偉大です。自分が丸腰だと敵は狙い放題ですが、自分が銃を構えていると敵も身を隠さないといけなくなります。


 なので量産銃をぶら下げているだけで、とても強力な牽制になるのです。


 それなりに重いので、程よい筋力トレーニングにもなりそうです。


 ……出来れば、これで誰かを撃つ機会は来ないでほしいものですが。








 しかし、これがちょっとした問題になりました。


 右肩に量産銃を背負った衛生兵というのは、なかなかに見慣れないもので。


 診療中は床に置いているとはいえ、時折ギョっとした目で患者さんに見られることが有ります。


 そして何より、



「……ほぉお? 貴様、わざわざ銃を背負って歩いているのか」

「ザーフクァ曹長殿に、勧められました。戦場での心構えとして、持っておけと」



 それがドールマン衛生曹の目に留まり、すぐさま呼び出されてしまったのです。


 自分は、銃の携帯許可書とゴム弾であることを衛生曹殿に見せたのですが、


「実戦も知らん小娘が、銃を持って何になる! 銃口を向けられた時点で固まって動けなくなるのがオチだ」

「はい、衛生曹殿。なので、冬の間に訓練を受けておりました」

「何故貴様が、歩兵の訓練を受けている!」

「以前、突撃部隊に所属しておりました際に歩兵訓練の重要性を痛感し、自ら願い出た次第です」

「そうか!」


 その自分の弁明を聞いたドールマン衛生曹殿は大層に目を吊り上げて、


「実に、気に入った!」


 グワハハハ、と気持ちよさげに笑ったのです。







 彼は既に衛生部長として、行軍中に厳しく新兵を締め上げていました。


 厳しい締め付けは部下を成長させますが、同時に精神的に追い詰められ凶行に走るリスクも増えます。


 アリア大尉の目論見は、自分はそんな厳しいドールマン衛生曹とは別の立場になってそんな新兵をケアして欲しかったみたいですが。


「貴様はなかなか見所のある小娘だな。そう、衛生兵であっても戦場に立つ以上、敵と命のやり取りをする覚悟を持っておかねばならん」

「はい、衛生曹殿」

「儂も若い頃はそうだった。最前線でこそ、回復魔法という技術は役に立つのだ。治療までの時間が早ければ、それだけ助かる命も増える!」


 突撃部隊に所属した過去を持ち歩兵の訓練を好んで行った自分は、ドールマン氏の琴線にバッチリ触れてしまったみたいで。


「そのナリをしてなかなか見どころがある! 若いもんはそうでなくてはいかん」

「……恐縮です」


 それはもうガッツリ、気に入られてしまいました。


 多分、ご自身の過去と重ねられてしまったのでしょう。


「そうか、訓練用の銃か! 儂も申請しておこう、銃の携帯にそんな抜け道があったとはな!」

「はい」


 彼は軍規に従って、左手を失い衛生部に所属した後、武器の所持を禁止されたそうです。


 ですがそれが不満だったらしく、「片手でも手榴弾くらいは投げられる」と武器の所持許可を上申したが許可が貰えず。


 やがて魔力が枯れて回復魔法を行使できなくなった時、「自分が前線で役立てる事は無くなった」として士官学校の教導部隊に移籍したそうです。



 そんな彼は、再び銃を握れると聞いて大層嬉しそうでした。


 片手でどうやって銃を撃つつもりですかと問うと、彼は自慢げに「儂ならば出来る」と断言しました。


 どうやら古い型の小銃────初期型OST-1は、単発式である代わりに装弾機構が単純で、慣れれば片手でクルリと回しつつ装填できるそうです。


 映画とかで見た事の有る、とても格好良いヤツです。


 彼はまだまだ兵士として現役で活躍したいそうで、ウキウキと訓練用の銃の携帯をアリア大尉に申請し、


「申し訳ないが、初期型の訓練弾は生産が中止され、もう在庫がない」

「……」

「新型であれば、訓練弾と共に携帯を許可できるが」


 アリア大尉に申し訳なさそうに却下され、分かりやすく落ち込みました。


 最新型の小銃OST-3は弾薬も小さくなり、射程距離と装弾数が伸びています。


 その弊害で、ちょっと装弾機構が複雑になってしまっています。


「……実弾、貰ったらダメかのう」

「それは、軍規なので……」


 仕方なく彼は最新式の、自分と同じ型の小銃を借りて────片手での装填を1日ほど試みた挙句、諦めて小銃を返還しました。


 銃を返しに行くときのドールマン氏は、泣きそうなチワワみたいな目をしていました。


 見た目に反して彼は、感情の豊かな人みたいです。









「ほう、レイリィが南軍で衛生部長になっていたのか」


 ドールマン衛生曹と話した際、レイターリュさんの話題になりました。


 彼女は南軍で衛生部長を務めていると知って、彼は懐かしそうに目を細めました。


「あの小娘が、そこまで出世するとはな。また今度、話をしに行くとするか」

「お知合いですか」

「ああ、レイリィは儂の部下だった。なかなか見どころのあるヤツだとは思っていたが」


 ドールマン氏的に、レイターリュ衛生部長はかなり高評価の様でした。


 実際、彼女の人柄は多くの衛生兵に慕われています。少しばかり悪癖はありますが、レイターリュさんは間違いなく軍内でトップクラスに優秀な衛生兵でしょう。


 と、思って話を聞いていたら。


「どうだ、相変わらずアイツは堅物か?」

「……え、はあ」

「冬の間は楽しかっただろう。貴様とレイリィはなかなか相性がよさそうだ」

「……」


 ……どうも、自分の中のレイターリュさんとドールマン氏の語る人物像に大きな乖離がある様子でした。


「おや、微妙な顔をしておるな。レイリィとは、合わんかったか」

「いえ、確かにとても楽しい方でした。上官としても、尊敬できる部分が多いですが」

「含みがあるのう」


 間違いなく、彼女は尊敬できる方です。


 自分はまだまだ、彼女の様な医療技術も求心力も持っておりません。


 ですが、彼女が堅物と言われて肯定できるかは……議論の余地が残ります。


「何があったか知らんが、アイツは優秀な衛生兵だ。まぁ邪険にするな」

「自分もそう思います、人物としては好感が持てます。ただ、その、とても砕けた方という印象でしたので」

「おう?」


 遠回しに「堅物」という文句を否定したら、今度はドールマン氏が怪訝な顔をしました。


 そして、


「儂の知っとるレイリィは、貴様みたいにずっと敬語で話す表情の乏しい女だったが」

「……」


 以前のレイターリュさんの話を、自分に教えてくれました。






 生真面目で冗談の通じない、職務第一の女衛生兵。


 それが、ドールマン氏が現役のころのレイターリュさんの印象だったそうです。



 振られた仕事はテキパキとこなし、多少の無理もなんのその。治療も丁寧で上官の信頼も厚い、まさに理想の衛生兵でした。


 そんな彼女はかなり兵士からモテたそうですが、誰も相手にしなかったそうです。


 色恋に準じている時間があれば、他にやるべきこともあるはずだ。そう、表情一つ変えずに言い切っていたのだとか。


「まぁでも、儂の退役する間際に相手が出来たみたいだがな」

「それは……」

「その男はどうなったのかのう。案外うまくいきそうに見えたが、そこで儂は退役してな。その先を知らんのだ」


 そんな彼女にめげずに数か月アプローチを重ね、とうとう心を射抜いた兵士が居たそうです。


 あのレイリィに男が出来たかと、ドールマン衛生曹は感慨深かったそうですが。



「レイターリュさんは交際して間もなく、恋人を殉職して失ったと聞きました」

「む……、まぁ歩兵は死ぬもんだ。仕方なかろう」



 結果は知っての通り。彼女は恋人を失って、悲嘆にくれたと聞きました。


 その後、彼女は何度も恋人を作っては戦死させ、死神の様な扱いを受けることになります。


 その話をドールマン衛生曹に話してみると、


「あー、成程のう。真面目なレイリィらしい、かもしれん」

「と、言うと?」


 彼はそう言って、納得したように首を振りました。



「ヤツと付き合っていた恋人の口癖だったな。『もう少しレイリィは、明るい表情をした方がいい』、と」

「……」

「『明るく振る舞った方が兵士も安心するだろう』なんて言われて鏡の前で笑顔の練習をしとったわ」


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