第32話
「いやー、この家の人が古着残してくれてて助かったな!」
絶体絶命の窮地から脱し、敵兵を爆死させた後。
自分は、味方?の男性兵士と共に家捜しをして衣類を見つけ出しました。
「……あの状況で手榴弾なんて、よく隠し持てましたね」
「いいや? 丁度、外に味方の死体が転がってたから拝借した。いやー助かったぜ」
この男が投げ込んだ手榴弾は敵の手榴弾にも誘爆し、凄まじい爆発を引き起こしました。
その激しさは部屋全体を焼き尽くすほどで、石造りの家でなければ大火事になっていたと思われます。
幸いにも自分は部屋の隅で屈んでいて、かつ咄嗟に盾の呪文を出していたお陰で直接爆風を浴びずには済みました。
しかしそれでも、部屋の熱気でところどころ火傷していますし、髪の一部がチリチリ焦げ付いています。
「……貴重な物資が」
そして残念なことに、それほどの火力が部屋を覆ったせいで、自分が脱いだ軍服や装備は使い物にならなくなっていました。
リュック中の瓶は衝撃で割れぐちゃぐちゃになっていますし、包帯やガーゼはボウボウと現在進行形で燃えています。
「……」
医療資源を失ったとなると、自分は単に回復魔法を使えるだけの一般人に成り下がります。
その回復魔法の使用回数も、残り僅か。予備の秘薬も零れてしまったので、手持ちの魔力からして後1回使えるかどうか、でしょうか。
「うん、その姿だと完全に逃げ遅れた民間人だ。よし、これで逃げるぞぉ!」
「……」
自分は手榴弾で軍服を失ったので、自分はこの家の箪笥を漁って見つかった少女服を借りました。
白く無地で、埃の被ったワンピースです。子供服らしく、小柄な自分が着ても少し窮屈なサイズでした。
しかし、何にせよ着られる服があって良かったです。最悪、全裸で撤退する羽目になるところでした。
「おい、この手銃はまだ使えるっぽいぜ。ほら、やるよ」
「……どうも」
男は農夫の作業服のような姿に着替え、敵の死体を漁り銃を手渡してきました。
彼は外の味方の死体から小銃をくすねてきたようで、フル装備になっています。
「……」
自分は受け取った敵の手銃をスカートの中に隠し、見た目は民間人の少女へ擬態しました。
この方が、生存率は高いでしょう。
「ああそうだ、自己紹介をしておかないとな。俺はゴムージ、階級こそは2等歩兵だが実際のところはエースみたいなもんだ」
「……はあ」
「相棒、ガーバック小隊って知ってるか? そう、泣く子も黙るうちの戦線のエース部隊! 何を隠そう、俺はそのガーバック小隊の裏エースなのさ!」
プライドの無いこの男は、ゴムージと言うそうでした。
彼はガーバック小隊のメンバーを名乗りましたが、自分はこの男の顔を見たことがありません。
……虚言癖もあるのでしょうか?
「裏エースとは?」
「俺は小隊で唯一、ガーバック小隊長の背中を任された人間なのさ。部隊に所属してまだ1日だが、小隊長には分かってたんだろうな。俺の真の実力ってヤツが」
「……」
「小隊長殿は開口一番、俺に背中を任せるといった。つまり俺とガーバックは、背中を預けあった戦友同士ってワケ。まぁ、何でも分からないことがあれば俺に聞いて良いぜ? この戦線の裏エース様が、何でも答えてやるからよ!」
「……」
ああ、なるほど。
こいつは、自分が抜けた後にマシュデールでガーバック小隊に編入されたのですね。
そして2等兵なので、ガーバック小隊長の背中で守られている、と。
「それで、お前の名前は?」
「はい。自分は医療本部を統括しておりました、トウリ・ノエル1等衛生兵です」
「ほー、衛生兵さんか。どうりで武器を持ってなかったワケだ!」
「1等、衛生兵です」
「……」
「貴方の階級と所属を、もう一度復唱してください。ゴムージ2等歩兵」
……この人、大きな口を叩いておいて自分より階級が下の新米じゃないですか。
「あー、と。君、年はいくつ? 俺よりは年下に見え……」
「軍において年齢は重要ではありません。階級が上の相手には、最低限敬語を使うべきと思います、ゴムージ2等兵」
「……あ、あははー!」
ゴムージさんは、自分の詰問をヘラヘラ笑って誤魔化しました。
もしかして彼は、マシュデールで徴用された兵士とかなのでしょうか?
この態度、とても西部戦線あがりには見えません。
「ま、ま、そんな事は置いておこう。俺たちは運命共同体、ここから脱出して味方と合流しないとさっきみたいにとんでもない目に遭うかもしれないワケ!」
「……はあ」
「ま、大船に乗った気持ちで俺に任せてくれ。衛生兵じゃ、前線のあれこれなんてわからないだろう? この戦線の裏エースの力、見せてやるよ」
ゴムージはそういうと自信満々に腕を組みます。
「お嬢ちゃんは実に幸運だぜ。この俺に守ってもらえるんだからな!」
……。
「いえ、結構です。二手に分かれて行動しましょう」
「何でぇ!?」
自分は彼の提案を、真顔で拒否しました。
当り前でしょう、作戦行動において信用できない味方は敵よりたちが悪いものです。
そして、言わずもがなこの男は一切信用なりません。自分が生き延びる為なら平気で人を使い捨てるでしょう。
「どうして、こんな危ない場所なんだから力を合わせて───」
「先ほどのご自身の行動を思い返してください。どうせ、また自分を囮にする心積もりでしょう」
「えうっ! あ、あれは誤解だ、俺は最初から君を助けるつもりで───」
「それに、民間人に偽装するなら私服姿の自分一人の方が都合がいいです。より、兵士と思われにくい」
「この薄情者! 自分一人助かればそれでいいってか!? お前は最低の人間だ!!」
「……」
……。
「なので、自分はこれで失礼します」
「ああいや悪かった。言い過ぎたごめん、だからやめてくれ、頼む、一人にしないで」
「この戦線の裏エース様なんでしょう。ご自身の力で脱出してはどうです、ガーバック小隊長殿ならそれくらいやって見せますよ」
「きょ、今日は本調子じゃないんだ……」
自分が本気で彼と別行動をしようとしているのを察したのか、今度はゴムージは自分の足元に泣きついてきました。
胡散臭い目で、自分は彼を睨み付けます。
その心の奥底を、見透かすように。
────こんなに良い釣り餌を、逃がしてたまるか。
────衛生兵だ、回復要員だ。
────このガキを従えれば、生き延びる可能性がぐっと増えるぜ。
「申し訳ありませんが、自分はお前を信用できません。拒否します」
「そこを何とか。さっき、生まれたままの姿……裸を見せ合った仲じゃないか! なあ相棒」
「今後二度と、その表現を使わないでください。虫唾が走ります」
男の目には、自分勝手な願望しか浮かんでいませんでした。
彼はしつこく、自分に追従するよう懇願を続けます。
その姿に、一切のプライドは見当たりません。
……しかし自分には、こんな男と共に行動をするメリットを思い付けません。
「俺でよければ、生き残ったあかつきに何でも言うことを聞いてやるから。ほら、金でもお菓子でも何でも言ってみろ?」
「……」
自分の言うことを一切聞かない、チームメンバー。
その仲間は好き放題、自分のやりたいことを勝手にやるだけ。
そんな仲間と共に、生きるか死ぬかの戦場を走るなんて────
……。
……そんな経験を、何処かでやった事があった様な。
「では、自分が指揮権を預かります」
「へ?」
あんまりにゴムージがしつこいので、自分は諦めて彼の追従を許可することにしました。
このままゴムージに足を掴まれていたら、自分の脱出も遅れてしまいます。
死ぬほど面倒くさいですが、彼も同行させましょう。
「え、指揮権?」
「そうです、ゴムージ2等兵。お前は、上官である自分の命令に一切拒否する権利を持ちません」
「……いや、それは。衛生兵に前線指揮が出来るわけ無いだろ。後方に引きこもってばっかの癖に」
「自分は前線衛生兵です。半年ほどずっと、ガーバック小隊に所属しております。お前にとっては、小隊の先輩でもあります」
「え」
まぁ、この男が本当にガーバック小隊だったら、ですけど。
「ゴムージ、自分はお前を信用していません。なのでお前の指揮に従うのは論外です、拒否します」
「うぅ……」
「選んで下さい。別行動をするか、自分の指揮下に入るか」
「……はいはい、わかった、わかりましたよ。従う従う、これでオーケー?」
「了解しました。お前の命を不本意ながら預かります」
ゴムージは渋々恭順を示しましたが、どうもその目は納得しているように思えません。
いざとなったら、見捨てて囮にする算段でも立てているのでしょう。
まぁ、それならそれで構いません。最初から、そういうものとして扱います。
「では、まず絶対に守ってもらいたいルールを説明します」
「あいあい」
「1つ。敵に見つからないよう、常に隠れて移動すること」
「ま、そりゃそうだ」
なので自分は、最低限彼に足を引っ張られてもリカバリーが利くようにルールを設けました。
敵から隠れて行動する。これは当たり前ですが、敵との戦闘が少ないに越したことはありません。
「2つ。自分が退けといったら、絶対に退くこと。これに従わない場合は、見捨てます」
「……はあ」
そして指揮を預かると言った以上、彼の命は自分の責任下にあります。
自分の指揮に従っている限り、自分は彼を最大限助けるように行動せねばなりません。
「そして、3つ」
……そう、自分は彼を守らねばならないのです。
どんなに腹の立つ男でも、それが同じチームのメンバーであるならば。
そしてその『無茶苦茶な仲間』を上手にコントロールしつつ、時に悪態を吐いたり、時に煽ったりしながら、最高のパフォーマンスを引き出して勝利に導く────
「これが一番重要なルールですが」
「お、おう」
────しかし。
『あ、ボイチャしてる方ですか? ヨロでーす』
『ええ、どうもよろしくお願いします』
どこかで誰かの、声がしました。
それは遠い昔の、懐かしく楽し気な男達の声です。
『って、●●さん!? このID、本物ですか?』
『ええ、まあ』
『うっほ! 凄い、同チーム感謝です。世界覇者と組めるなんて光栄ッス!』
『まあ、気負わず楽しくやりましょう』
自分は、これを知っています。
これは他愛ない、遊びの中の会話です。
命のやり取りどころか、人の死体すらろくに見た事の無い平和な世界の『戦争遊び』。
『ていうか俺、●●さんの指示に従いますよ! 勉強させてもらいます!』
『はは、そう言ってくれるなら幾つかお願いさせてもらいましょうか』
そのお遊戯の世界で、自分はかつて────
『じゃあ3つだけ、良いですか』
『神のプレイを間近で見れるんです、お安い御用ッスよ』
────神と、呼ばれていました。
『1つ、余計な戦闘は避ける事。寒いプレイかもしれませんが、俺は常に勝ちに行ってますんで』
『リョっす』
自分には、そのゲームにおいて凄まじい才能が有ったのです。
視界の端にチラリと映る敵を見逃さない、視野の広さ。
気付いてからの行動が早く、正確無比なエイムを行える技術。
そして、
『後、俺が退くって言ったら従ってください。たとえ、勝てそうな盤面でも絶対に』
『うス』
このまま戦っていたら『ヤバい』事を誰より早く感じられる、危機察知能力です。
敵が近づいてきている様な感覚、敵に狙われている様な気配、そのような『脅威』を察知する能力は自分の最大の取り柄と言えました。
だからこそ、サバイバル系のFPSは自分の最も得意とする分野だったのです。
『そして、最後ですけど……』
『はい、何です?』
そしてFPSゲームにおける鉄則、それは多対1では決して勝てないという事。
自分一人が生き残って、周囲のプレイヤーを全滅させられるなんて夢物語はありません。
的も分散しますしダメージ効率が違いすぎるので、2対1で撃ち合いになった時点で負けなのです。
だからこそ、たとえどんなに無能な仲間であっても誉めて煽てて、失わないように立ち回らなければなりません。
『お前は────』
「────お前は余計な事をせず、這いつくばって生き延びる事だけ考えてなさい」
戦争ゲーム、なんてものは現実の戦争とまったく別の遊びです。
そんなゲームの世界の経験を、現実の戦争に利用しようだなんて頭の悪い事この上ありません。
しかし、自分にはこの世界において小隊指揮の経験なんてありません。
今の自分が頼るべき手管は、あの能天気な戦争ゲームの中にしか無いのです。
「え?」
「分かりましたね、ゴムージ」
思い出しましょう。あのゲームで自分は、どんな事を考えながら動いていたか。
索敵、隠密、移動プラン、射線管理、弾薬補充、装備拡張────。
あの能天気なゲームの中から使える情報、使えない情報を取捨選択して現実に昇華させていくのです。
────言い様の無い、かつて
まもなく、この家に敵部隊が様子を窺いに来そうな気がします。
あれほど大きな爆発があったのです、そりゃあ様子を窺いに来るでしょう。
この家屋に逃げ込む前の、風景を思い出さないと。どの窓から脱出すれば、見つからずに裏路地を進むことが出来るでしょうか。
敵が侵入してくるとしたら、何処から? やはり、自分たちも侵入に使った窓からでしょうか?
……。
「この部屋と反対側の、台所付近の窓から脱出します。そのまま、路地に入って索敵をしましょう」
「は、はあ。その道で良いのか?」
「それ以外のルートですと、恐らく捕捉されて今度こそ殺されます」
太ももに縛り付けた手銃が、冷たく皮膚を擦ります。
これは、お守り。今までロクに銃を撃ったことのない自分が、実戦でいきなり
現在の最大目標は、一度も戦闘せず無事に味方の防衛ラインまで撤退し、合流する事。
一度でも正面戦闘になったら、それは敗北と同義です。勝てる訳がありません。
「……」
「お、おいトウリ1等衛生兵殿?」
マップも無ければ、落ちてるアイテムや蘇生スポットもない、そこら中で死体が転がる本物の戦場で。
自分は生まれて初めて、誰かを従え自己判断だけで戦闘行動を行うことになりました。
自分は臆病者です。
殺意に溢れた敵に囲まれたこの状況で、無事に味方のもとへ逃げ延びるなど恐怖で気が狂ってしまいそうです。
ですが、やるしかありません。
自分は生き延びます。自分の命を、決して粗末に扱う訳にはいかないからです。
「……なにをボーっとしているんです。早く、行動してください」
「いや、その」
そして、何故でしょう。
この絶体絶命の苦境に立ち、心底怯えて頭が変になってしまったのでしょうか。
この時の自分は、生まれてこの方初めてというレベルで、
「何で笑ってるんだ、お前────」
……気分が高揚、していたのでした。
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