第20話

 今回の侵攻戦の、結果報告になります。


 我々の突撃作戦は、大成功に終わりました。


 敵の防衛が薄かったからか、被害状況も大したことはありません。


 多くの部隊が壊滅する事なく、50m以上の前進に成功しました。



 前線兵士は歓喜に沸き、戦友と肩を組んで勝利の歌を口ずさんでいます。


 河岸まで戦線を押し返す日も近い、と戦意を高ぶらせていました。


 また戦勝の祝いとして、各兵士にちょっとしたお菓子が配られもしました。


 攻勢の成功と久々の嗜好品に、歩兵達の士気は高まっていました。



 しかし浮かれた空気になるのも、無理はないでしょう。


 結果だけ見れば、敵の猛攻を耐えに耐え、兵力を消耗させつつ、少ない被害で距離を取り戻した形です。


 文句のない戦術的勝利ですし、大本営もその様に民衆へ発表したそうです。


「……」


 しかし、その熱狂の中で。


 ごく一部の者は、その様を見て悔しげに拳を握り締めていました。


 昨日の戦果を敗北と捉えている軍人も、僅かながら居たのです。 








「ロドリー君」

「んだよ、おチビ」


 突撃作戦に成功した日の夜は、数少ない突撃兵にとっての休暇となります。


 この日の夜も例に漏れず、小隊長から休養が言い渡されました。


「今夜から、隣で寝ていいですか」

「はぁ!?」

「強姦対策です。今まではグレー先輩にお願いしてましたが」

「……ああ。そゆこと」


 しかし前回の休暇とは違い、ガーバック小隊長は宴会を開きませんでした。


 何故なら彼は、肝臓が破裂していたからです。アルコールとか論外です。死ぬ可能性もあります。


 なので自分は小隊長殿の健康を考え、速やかに病院へ行くよう進言しました。


 小隊長自身も今日は宴会する気分じゃなかったようで、自分の進言を聞き「ふん、そうか」と素直に病院まで歩いていきました。


 何で歩けるんですかね、あの人。


「構わんが、今夜は居ないぞ」

「……はあ」

「アレン先輩に、誘ってもらったんだ」


 そう言うとロドリー君は少し気まずそうに、自分から顔を逸らしました。


 ベテラン偵察兵のアレンさんは、今回は序盤で負傷撤退していたので、既に治療を終えていたみたいです。


 ……命に別状がなくて良かったです。


「ちゃんと、そう言うのに付き合うようにしたんですね」

「グレー先輩を見習ってな。俺だっていつまでも子供じゃねぇ」


 ロドリー君は憑き物の落ちたような顔で、そう言いました。


 今の彼からは、もう逃げないという決意を感じます。


 彼は今日で、人としても兵士としても大きく成長した様です。


「で、何処に誘われたんですか?」

「……まぁ、ちょっとな」


 ただ、自分に誘われた内容を濁してる辺り、そう言う場所に行くつもりなのでしょうけど。


「ああ、そうだ。ロドリー君、そういう場所にいくなら良い口説き文句がありますよ」

「おい、行き先知ってたのかよ」

「これは以前、とある素敵な方に口説かれた際の言葉なんですが」


 ……懐かしいです。


 そういえばサルサ君も侵攻の後に、先輩に誘われてそう言う場所に行ってましたね。


「良い女ってのは、良い男を本能的に見分けるもんさ。つまり君は、良い女って事だ」

「……何だ? その歯の浮くようなチャラい台詞」

「良い文句だと思いますよ。この言葉をさらりと言えるように、精進してください」

「意外だなぁ。お前、そういうキザ男が好きなんだな」


 怪訝そうな目で自分を見つめるロドリーに、自分は微笑みを返しました。











 日が落ちる頃。


 既に男性兵士たちは、みな何処かへ出払っていってしまいました。


 塹壕にはポツリ、と自分一人残されています。



「……」



 今日の前線は、戦勝で明るいムードでした。


 この空気は、前の戦勝会の時も味わいました。



「人が死んでいるのに、あんなに楽しそうに笑えるんですね……」



 今更ながら、自分はこの環境がいかに狂っているかを実感しました。


 無論、無傷で進軍に成功した部隊だってあったでしょうけど、そんなのは珍しい例です。


 今回の突撃でも、殆どの小隊で誰かしら犠牲者が出たでしょう。


「……」


 もう皆、戦友の死なんかには慣れきってしまったのでしょうか。


 それとも、悲しいのを隠して明るく振る舞っているだけなのでしょうか。


 ……だとすれは、戦勝の時の宴会というのは戦友の死を乗り越えるための儀式なのかもしれません。



「……先輩」



 自分はまだ、グレー先輩が死んでしまった事を吹っ切れてなどいませんでした。


 彼がとても格好よくて勇敢だったことを知る人は殆ど居ません。


 我が軍で彼の最期を知っているのは、小隊長殿と自分とロドリー君だけです。



「…………先輩」



 兵士にとって、死は救いでありゴールでもある。


 グレー先輩自身が言っていたこの言葉に、すがることが出来ればどれほど楽になるでしょう。


 自分にはまだ、グレー先輩が殺されて幸せ者だと思うことが出来ません。


「……」


 だから、1人で静かに悼みましょう。


 そして明日からは、彼の死を受け入れて乗り越えるのです。


 先輩は、あまりに多くのモノを自分にくれました。


 自分が辛い時には優しい声をかけてくれて、危ない時には助けてくれて、最期にロドリー君の心も開いてくれました。


 彼の死を、そうですかとあっさり乗りきることは出来ません。


 むしろ、したくありません。


 なので今日だけは、悲しむことを許してください。



「……」



 自分は誰もいない塹壕で、ロドリー君の荷物付近の小さな溝に体を預け、そのまま眠り始めました。


 今なら、良いでしょう。誰も、見ていないので。


 そのまま自分は、声を押し殺してひとしきり泣いた後、顔を拭って目を閉じました。


 泣き痕がついていたら、ロドリー君にからかわれてしまいます。











 兵士は、常に死と隣り合わせです。


 戦場ここで過ごしていると、人の命というモノがどんどん軽くなってくる気がします。


 自分はどうして敵と戦い、殺しあわないといけないのでしょうか。



 その理由は、きっと遠い昔の国同士の恨み辛みで。


 そんな『憎悪』は戦えば戦うほど、きっと強まっていくのでしょう。



 このまま陣取りゲームをし続けることに、上層部の方々はどのような意味を思い描いているのでしょうか。


 何か現状を打ち破るような新兵器を、こっそり開発していたりするのでしょうか。


 それとも、ガーバック小隊長の仰っていた通り……。敵陣地を突破して後方を叩けない限り、ずっとこのままなのでしょうか。


「……ふぅ」


 いち兵卒である自分には、その答えを得る術がありません。


 この戦争が終わるまでに、自分は戦友を失い、何回泣けば良いのでしょう。


 いえ何回、無事に生き残れて泣くことが出来るのでしょう。


 そしていつか自分が死ぬ番になった時。


 自分は、どんな断末魔を上げるのでしょうか。






 そんな、答えの出ない問答を頭の中で繰り返し続けている間に。


「……すぅ、すぅ」


 何時の間にやら、自分は深い眠りに落ちていました。









 時刻は、深夜。


「……あの糞ったれども、2度と信用しねぇ……」


 昨晩は病院勤務でしたのであまり寝ておらず、そのまま今日の出撃となったこともあり、この日も自分は疲れて深めの眠りについていました。


 グレー先輩の死で、精神的にもかなり消耗していたのでしょう。


 そのせいでこの晩、自分は少し周囲に鈍くなっていたようです。


「何が天国、だ。あんなおぞましい場所は初めてだァ」


 そして後から話を聞いたのですが、どうやら新米兵士を夜の町に誘って、裸で男色部屋に突撃させるのはガーバック小隊の伝統の様でした。


 『誰がそんな阿呆な伝統を作ったのですか』と聞いたら、とても尊敬できるチャラい先輩の名前が出てきました。


 ロドリー君も例に漏れず、アレンさんの悪ふざけですっ裸のまま男色小屋に突撃させられたそうです。



「げっ。おチビのヤツ、俺のリュック抱いてやがる……」



 そこで為すすべなく蹂躙されたサルサ君とは違い、ロドリー君は必死の抵抗を試みたそうです。


 そして何とか活路を切り開いた彼は、脱いだ服すら回収せず、そのまま男小屋から脱出して逃げ帰ってきたのだとか。



「……、起きんなよ……」



 とまぁ、これが悲しい事故の原因となりました。


 自分の寝相はあまり良くなく、近くにあるものを抱き寄せてしまう癖があったのもあだとなったのでしょう。


 彼の荷物は自分の腕の中で、抱き枕になっていた様でして。





「……ぅ?」

「あっ」





 ロドリー君が自らのリュックから替えの服を取り出そうと、自分の腕を掴んだ瞬間。


 ようやく、自分は目を覚ましたのでした。



「……」

「……」



 まったく事情が分からなければ、この場面はどう映るでしょうか。


 客観的に、状況だけ描写しますと。


 深夜に全裸のロドリー君が、熟睡している自分に股がって腕を掴んでいる形です。



「…………」

「待て、違うぞおチビ」



 自分は無言のまま、ロドリー君を睨み付けました。


 周囲が真っ暗で幸いでした。


 そのお陰で、ロドリー君のブツをはっきり見ずに済んだのですから。


「……………………」

「誤解だからまず落ち着け。そして、手に持った荷物を離せ」

「…………………………………………」

「説明する、ちゃんと話すからまずは冷静に」


 ロドリー君はこの時『冷静に』と連呼していましたが、テンパっていたのはむしろ彼の方でしょう。


 この時の自分は、実は冷静でした。


 ロドリー君もかなり若いし、性欲とかもて余してたんだろうなとか。


 自分みたいな未発育女性が趣味だったのかなとか、様々な誤解をしてはいたのですが。


 まずは話を聞いてみよう、くらいの気持ちでは居たのです。


 問題は、



「何をしてるんですか、ロドリー2等兵……?」

「げ、ヴェルディ伍長!?」



 その時タイミング良いのか悪いのか、ヴェルディ伍長が目を覚まし、様子を見に来ていた事でした。


「…………はぁ。君は、ナリドメ君の1件を覚えていますか」

「待って、誤解だから、弁明させてくれェ」

「若い情熱をもて余すのは仕方ありませんが、戦友にそのような獣欲を向けるのはどうかと思いますよ」

「あ、いや、違」


 なぜヴェルディ伍長だけ此処にいたのかと言えば、彼は夕方からはずっと、上層部のテントでガーバック小隊長の件の報告をしていたからだそうです。


 それで疲れてしまったので、買春を行わずこの塹壕に戻ってきて寝ていたとの話でした。


「……その。自分としてはロドリー君に命を救われた恩もありますし、不本意ではありますが、軍規に抵触しない程度で協力を求められるのであれば……」

「違うっつってんだろおチビ! いやこれは、だからな!?」

「良いから服を着てくださいロドリー2等兵。くわしく事情を聴取します」

「服が着たいんだよ俺もォ!」


 そして、この後しばらくヴェルディ伍長によるお説教が始まったそうです。


 自分は眠気が勝ったので、伍長に断って再度スヤスヤ寝入りました。


 結局、彼の弁明により誤解はすぐ解けた様です。


 戻ってきたアレンさんの証言と、再度寝入った自分が彼のリュックを抱き抱えていた事から、ロドリー君の弁明が信用に足ると判断されたそうです。


 しかし、彼はしばらく小隊の先輩から『エロドリー』なる不名誉なあだ名で弄られるようになりました。


「……速やかに小隊に馴染めて良かったですね」

「……」


 勿論それは先輩らの冗談ですし、自分達に向かって話しかけてくるようになったロドリー君を可愛がっている形なのでしょう。


 これまで散々、先輩方に舐めた口を利いてきた彼への意趣返しの意味もあったのかもしれません。


 その結果、軍隊ってのは理不尽な組織だと、ロドリー君は自分にボヤくようになりました。


「大丈夫ですよ、自分はエロドリー君だなんて思っていませんから」

「うるせェ」


 そして、せっかく開きかけていたロドリー君の心は、再び固く閉ざされました。


 ロドリー君は存外に、真面目な性格のようです。

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