第5話

「1番サルサ、脱いで踊りまッス!」

「帰れボケナス!!」


 戦場は、地獄です。


 誰もが、狂気に囚われて正気を失ってしまいます。


 それは、お酒の場でも同じ様でした。


「男の裸なんぞ見て誰が喜ぶ! ぶっ殺すぞサルサぁ!」

「す、すみません! ごめんなさいッス!」

「新米は何やらしてもダメだなぁ」


 今日の大勝利を祝って、宣言通りに小隊長殿は宴会を開きました。


 日も落ちかかり視野も悪くなる中、塹壕の中に小さな焚火を焚いて、小さな宴会が始まります。


 一番最後に現れたガーバック小隊長の手には、戦場では希少な酒類や菓子類が握られていました。


「つまらん奴に渡す酒はねぇ。ケツ穴に銃弾突っ込まれたくなきゃ引っ込んでろ」

「すみませんッス!」


 宴会が始まって数分、小隊長殿は既に1瓶濃いお酒を開け、気持ちよさげに顔を赤らめていました。


 そして冗談交じりに、サルサ君含めた小隊メンバーに蹴りを入れています。


 出来れば、こんな状態のガーバック小隊長に関わりたくありません。


「新人の癖に、まともな芸も出来ねぇのか! 俺様を舐めてんのか!?」

「申し訳ありません」


 だというのに、サルサや自分は何か芸をしろと命令されました。もし自分が逆らった場合、2度の命令違反で処刑だそうです。


 こんなアホみたいな命令で処刑されるのは御免こうむります。冗談だと信じたいです。


「アハハハ。すんごい無茶振りと思うかもだけど、コレは別にウチの隊だけじゃなくて、いろんな小隊でもやってる伝統だよ」

「まぁ小隊長殿は、芸に厳しめではあるけど」

「俺を不愉快な気分にさせやがったら、マジでボコボコにして埋めてやる」


 確かに、そういう宴会芸も新米の役目だと聞きます。前世でもそうでした。


 しかし自分は前世を通じて、こういう飲み会というものを経験したことがありません。


 それで、どうしたものかと困っていたら。サルサ君がいきなり手を上げてバカなことを言い、小隊長殿に怒鳴りつけられたという状況です。


「戦場で役に立たねぇなら、せめてこういう場で貢献しろってんだ」

「あの。先ほどの言い分ですと、自分が服を脱いで踊るべきなのでしょうか……」


 サルサ君には、少し空気を読むというスキルを身に着けてほしいものです。


 彼に裸踊りなんかされて、変な流れになったら被害を受けるのは女性である自分です。


 銃殺か裸踊りか選べと言われたらそりゃ踊りますが、出来れば勘弁してもらいたいのが本音です。


「いらねぇよ貧相チビが! ガキの体見て喜ぶバカが何処にいる、殺すぞ」

「申し訳ありません」


 小隊長殿に怒鳴りつけられ、少し自分はホッとしました。その言い草的に、どうやら自分は変な要求はされずに済みそうです。


 『男が脱ぐな』という趣旨で怒鳴っていたので、このまま自分がソッチ方面の芸を強要されるかと思っていました。


「つっても、どっちも何も芸がねえならトウリはそれで許してやる。サルサは何か面白い事しろ」

「……。裸踊りは勘弁願いたいので、手前味噌ながらおひとつ」

「お、何だぁトウリ? 何かあるのか」


 こんな小道具も何もない場所で出来る芸といえば限られています。


 幸いにも、孤児院のころにシスターに教わった芸があるので、自分はソレで乗り切らせてもらいましょう。


『こんこん、キツネさんです。わんわん、イヌさんです』

「お、腹話術か。上手いもんじゃねぇか」

『こんこん、わんわん』


 自分は、手の指で犬と狐の形を作って動かしながら、唇を動かさずに鳴いてみました。


 懐かしいです、孤児院の子供とよくこうやって遊んでやったものです。


 本当は人形を使ってやるものですが、今手元に何もないので手で代用します。


「へー、器用なもんだねぇ。声色も変わってるし、口も全然動いていない」

「鳴き真似するトウリちゃん可愛いし、自分はアリだと思いますよ小隊長殿」

『わんわん、じゃあこのまま一曲歌うわん』

「へぇ、ソレで歌まで歌えるのか」


 自分は結構、この芸に自信を持っています。


 何なら、軍に志願させられる前はこれで旅芸人でも目指そうかと真剣に考えていたくらいです。


『「光をはーなつ(はーなーつー)、わがー祖国(そーこーくー)」』

「え、声が二重に聞こえてくるぞ」

『「勇猛ー無比なる(むひなーるー)、始祖の加護をー(かーごーをー)」』

「待てトウリちゃん、1人で合唱し始めたぞ」

「すげぇ、コイツ腹話術でハモってやがる! ガハハハハ!」


 自分は腹話術のまま有名な軍歌を、腹話術のまま輪唱しました。


 長い修行の末、自分は声色を変え二つの声で同時に歌えるようになっていました。


 この芸で孤児院では『腹話術のトウリ』の異名を貰い、いつも拍手喝采でした。


「以上です。お粗末でした」

「おうおう、よくやった。ほら褒美だ、お前はまだガキだから酒じゃなくてチョコレートやるよ!」

「過分な評価、恐悦です。小隊長殿」

「デキる奴はしっかり評価するさ、ガハハハハ!」


 幸いにも、小隊長殿の機嫌を損ねずに済んだ様です。


 むしろ大爆笑で、機嫌良く自分の頭を撫でておりました。


 ああ、良かった。芸は身を助けるというのは、本当ですね。


「トウリが……裏切ったっス……」

「何の裏切りですか」


 サルサは何故か、恨みがましい目で自分を見てきます。


 どっちかというと裏切られたのは、貴方のせいで裸踊りさせられかけた自分でしょう。


「で、サルサ。お前はどうすんだよ」

「……。とりあえず脱いで、その」

「裸芸から離れろ、殺すぞ」


 その後、彼はアホなことを言い続けた結果『腕立て100回、スクワット100回、腹筋100回……etc』と筋トレを課され続け、飲み会半ばで潰れていました。


 戦場では、新入りを貴重な酒で潰すのではなく、体力的に潰すのが通例だそうです。


 自分が何も芸を持ってなくて裸踊りを拒否していたら、同じ結末を迎えていた事でしょう。


「……」

「小隊長殿。サルサが明日動けるよう、マッサージしてやる許可を求めます」

「好きにしろ」


 このままでは、彼は明日筋肉痛で動けないでしょう。


 小隊の健康を預かるものとして、サルサのマッサージとクーリングくらいはしといてやるとしましょう。


 彼は、自分の大事な肉盾なのですから。











「起きたか、サルサ2等兵」

「な、何スかこんな夜中に」


 まだ日も照らぬ、深夜。


 ガサコソと周囲が煩くなったので、自分は眠りから覚めました。


「ふわぁ。夜分遅くお疲れ様です、先輩方。何か任務でしょうか」

「げ、トウリちゃんも起きちゃったか」

「……?」


 顔をあげて見ればグレー先輩含めた小隊メンバー数人が、寝ぼけた顔のサルサを起こしているところでした。


 時刻は深夜、丑三つ時。塹壕内の焚火も消え、兵たちはみな寝静まったころです。


「トウリ2等衛生兵、起床しました。ご用件をお伺いします」

「あー……」


 誰か負傷したとか、夜間作戦の命令があるとか、そういうのかと思って飛び起きたのですが……。


 グレーさん含めた先輩方は、何故かやっちまったと言う顔をしています。


 そういえば、自分は別に起こされていませんでした。


 サルサ2等兵だけへの、極秘任務か何かだったのでしょうか。


「えっと、夜襲とかっスか? 今から装備点検した方が良いです?」

「あーいや、そうじゃねぇ。任務じゃないよ」

「では、何のご用でしょうか」

「……あー。えっと、その、グレー1等歩兵。説明してやりたまえ」

「ここで俺に振ります!? ……まぁ、何だ」


 自分に用事を問われた先輩方は、どことなく狼狽している様子です。


 ……この雰囲気、作戦行動中の何かではありませんね。何となく、想像がついてきました。


「まー、うちの小隊長は新人いびりが激しいからな。サルサもストレス溜まってるだろうし、少しガス抜きしてやろうと思ってな」

「俺だけっスか? トウリだって、結構……」

「まぁ、察しろサルサ。男だろ? そういうの、溜まってるだろ?」

「……あっ」


 そこまで言われて、サルサも悟った顔になります。


 やっぱりソッチ方面ですか。男同士の付き合いというやつですか。


「あー、成る程っス。えっと、あー、じゃあその」

「……」


 これは、非常に申し訳ない空気になってしまいました。


 女性兵士に手を出すのは軍規違反です。しかし常に命がけの状態だと、本能が高ぶって性欲が亢進すると聞きます。


 彼らも適度に性欲を発散しないといけないのでしょう。きっとエッチな写真だの本だの、どこぞに隠し持ってるんでしょうね。


「……何の話をしているか分からないのですが、自分に用がないなら睡眠に戻らせていただきます」

「お、おお。何か悪い、トウリ」

「明日寝坊とかやめてくださいね、サルサ」


 ああ、やってしまいました。自分が起きてしまったせいで、とても気まずい空気です。


 何も気づかないふりをしてそっぽを向き、再び眠るとしましょう。

 

「んー。起きちゃったならいっそ、トウリちゃんも来る?」

「げほっ!?」


 と、せっかく寝る体勢に戻ったのに、グレー先輩の言葉に思わずむせ込んでしまいました。


 何を言い出すんですかこの人は。


「ちょ、先輩?」

「いや、だってもう察されちゃったし。トウリちゃん15歳っしょ? ちょうどエッチな事とか興味があるお年頃ど真ん中じゃない?」


 先輩は本当に、悪気ない顔で自分を誘っていました。


 女性を誘ってエロ本鑑賞とか、何を考えているんですかこの人は。


 絶対に、ひたすら気まずいじゃないですか。


「い、いえ自分は遠慮を────」

「衛生兵の娘も、結構売りに来てるよ。お小遣い稼ぎで」


 衛生兵が売りに来ている。


 その言葉に、自分は思わず振り向いて跳ね起きてしまいました。


「そ、それはどう言う意味ですかグレー1等歩兵殿」

「戦場に女の子とか殆どいないからね。近場の町の嬢が定期的に体売りに来てんだけど、それに交じって衛生兵や工作兵の女性兵士とかも売春に参加して────」

「ちょ、ちょっと待ってください軍規は? それは、軍規違反であると自分は認識しておりますが」

「ああ。妊娠するような行為が違反ってだけで、穴を使わない口とか手とかは合法なんだよ。あと、男同士も合法」

「おとっ!?」


 自分の想定は、どうやら甘かった様です。


 精々、夜中に集まって小隊メンバーで集まってエロ本を読む程度と思ってました。


 が、この人たちは思ったよりガッツリエロいことをする予定でした。


「ガーバック小隊長殿も、買春は黙認してくれてるぞ。この前誘ったらブン殴られたけど」

「今の衛生部長のゲールさんも、昔は売りに参加してたらしいって噂だぜ」

「あのエロい人でしょ? かー、良いなぁ。当時の人が羨ましい」

「……」


 ああ、聞きたくありません。


 かなり尊敬している衛生部長のそんな噂とか、信じたくもありません。


 確かに、ものすごくゲールさん美人ですけど。本当なら結構ショックです。


「あー、先輩方。トウリ困ってそうなんで、そのへんで」

「ま、やっぱり女の子に話す内容じゃないわな。変なこと言った、ごめんね」

「い、いえ……。ただ自分に、そう言う話題は、今後振らないで戴けると助かります」

「年下っスよ、まだトウリは15歳っスよ。流石にシモの話はもうちょい待ちましょう先輩」


 サルサ君は、めっちゃ気を使って自分を庇ってくれました。グッジョブです。


 男は軍に染まると下品になると聞きますが、ここまでデリカシーがなくなるものなのでしょうか。


 仮にも女性に向かって『売春でもしないか』なんて、普通口が割けても言わないものですが。


「悪かった悪かった。トウリちゃんいつも無表情だし『別に構いませんが』とか素面で言いそうな雰囲気あったから」

「自分をどんな風に見ておられるのですか……」


 無表情になったのは、戦場にきてストレスで笑えなくなっているからです。


 孤児院暮らしの時は、普通によく笑ってました。


「ま、先輩、行きましょう行きましょう。トウリは、ゆっくり休んでてくれ」

「はい、ではお言葉に甘えて」

「さーて、久々にがっつりヤるかぁ!」

「楽しむぞぉ」

「あははは、は」


 下卑た笑みを浮かべて歩く先輩達(と、引きつった笑顔のサルサ)を、自分は呆れた目で見送りました。


 サルサ君。どうか変な先輩に影響されて、貴方までデリカシーを失わないでください。


 唯一の同期から卑猥な冗談を日常的に聞かされる羽目になったら、自分は間違いなく病みます。


「……ふわぁ」


 こうして無駄に睡眠時間を削られたことにほんのり腹を立てつつ、再び自分は深い睡魔に身を任せました。


 ああ、今日も土が冷たい。











「くすん、くすん……。もうお婿にいけない」

「……」


 翌朝。


 自分が目を覚ましたら、既に起きていたサルサ君が目を赤く腫らして泣いていました。


 お尻を押さえながら。


「……あの。先輩方、サルサに何をなさったのですか」

「あ、あはははは。昨晩、グレーのヤツがサルサを騙して、全裸で男色部屋に突撃させてさ」

「すぐ出てくるかと思ったら、ガッツリ捕まってしまったらしく、そのまま……」

「思い出させないでくださいっス!!」


 ……あっ、ふーん。


「大丈夫ですよ、サルサ2等兵。自分はサルサがどんな事をしようと、決して偏見を持ったりしませんので」

「かつてないほどトウリが優しい目をしてる!? いや、最後の一線は守りきったから!」


 それでサルサ君は、さっきからお尻を押さえていたのですね。


 軍隊はソッチも多いと聞きますし、きっと若い彼は大人気だったんでしょうね。


「まぁ、元気出せサルサ。な? 次はちゃんと、奢ってやるから」

「昨晩は流石にふざけすぎたよ。悪かった」

「もう2度と先輩方は信用しないっスからね!」


 こうして、戦場に来て初めての祝勝会はサルサ君が多大な心の傷を負って終了しました。


 昨日みたいな大勝利の後は、しばしばこういう宴会が兵士のガス抜きとして開催されるそうです。


 この僅かな娯楽の為に生きている、という兵士も多いのだとか。


「……。因みにサルサ、何人くらいと関係を……?」

「誰とも結んでない、触られただけ! 貞操は守り抜いたから!」


 彼は涙目になりながら、強い語気で自らの潔白を主張し続けました。


 自分としてはむしろこれを気に、サルサ君が男に目覚めてくれれば安心なのですが。


「俺の身はまだ清らかだから!」

「……そうですね。辛かったですね」

「目が優しいままっ!?」


 やはり戦場には狂気が渦巻いています。


 そう実感した、1日でした。

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