#3

 余りにも捻くれた性格を嘲笑ったまま枕に顔を埋めた僕は、昔から変わることのない軟弱な性格に「だっせぇー」と悪態をつく。そうやって罵ったところで、ここまで積み上げてきたモノが一朝一夕に変わるはずもない。


 ──何やってるんだろ、自分。


 やっと一人暮らしに慣れて、仕事でも後輩が付いて、公私共にバランスが取れ出した日常の卓袱台をひっくり返されたような歯痒さに思わず首筋を掻く。


 五臓と六腑の狭間で蠢く感情が塒を巻く時、僕は決まって大きな血管が粛々と血液を運ぶここを掻き毟る。それは、八方美人の面を被った僕が言葉にならない苦味や吐き出せずに飲み下した酸味、煮えたぎるような辛味を押し込める為の御呪おまじない、誰に誇ることもできないただの悪癖だった。


 ──実家、帰りたくないなぁ。


 母とのの夥しい着信を片付け、溜まりに溜まった仕事関係のメールや着信の度、迷惑を現在進行形で掛け続けている上司やら同期、後輩の面々に頭を下げる。高校を卒業するのと同時に就職した職場は色々な面で魅力があったものの、家を出る為の一番の口実として実家から遠い会社ここを選んだ。


 言葉を交わす職場の誰も彼もが優しく「待ってるよ」と励ましてくれても、実家に戻っての通勤は距離的に難しいんじゃないかという罪悪感だけが、大きく牙を剥いて此の期に及んでも利己的な僕の胸を抉る。


 今となっては懐かしい引っ越し最終日、本当は居るのも嫌で仕方なかった家を飛び出す時でさえ、僕は「寂しくなるね」なんて嘘を吐いて家族を嘲笑った。頭を下げながら舌を出したあの日、僕は仕事を隠れ蓑にして束の間の自由をこの手で掴み取ったのだ。


 何時ぞやの作家が自由を山巓の空気に例えようと、何処ぞの歌手が自由は孤独と半分ずつと歌おうと、自分以外の何者かに支配される場所からやっと離れられる──。他人からしてみれば大袈裟に思うかもしれないが、当時の僕はそれが泣くほど嬉しかった。


 やっとの思いで逃げ出した筈なのに、病魔に侵されてこんな風にしっぺ返しを食らうとは、僕もなかなかついてない。


 これは分不相応な自由を求めた僕に、偶像カミサマが与えた罰なのだろう。


「この足が人魚だったら……な」


 叶わぬ夢を思い描いて瞼を閉じた僕を襲う目眩は、ゆっくりと脳味噌を掻き回す様に揺れてなんとも気持ちが悪い。その有難くもないメリーゴーランドの木馬に身体を預けて夜を待ち望む待つ僕は、感情の全てを溶かして徐に意識を手放した。

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