男女比1:30世界でパパ活男子やってます
笠本
本編
「金なんかいいだろ、さっさとしゃぶらせるんだよ!」
私がアルバイト先のビルの入り口に立ったとき、横の路地から甲高い声が聞こえた。
学校が終わってすぐの時間、繁華街から少し奥まったところにあるこの通りを歩く人はほとんどいない。
何があったのかと、開けかけのドアを離して顔を覗かせると。
数メートル先に二十代だろう女性と中学生くらいの少年が立っていた。女性は仕立てのいいスーツ姿のいかにもなビジネスマン。
少年の方はマッシュショートヘアのすごく美形な顔で、身体つきは少し華奢かなと思うけど、そこも含めてモデルとか芸能人みたいなオーラを感じさせた。
「あっ」
一瞬見とれてしまった私だけど、すぐに我に返った。
その女性は少年につかみかかるようにしていて、少年の方が小さく何かを口にすると、女性は顔を真っ赤にして手を振り上げたのだ。
「何をしてるんですか!」
少年が暴力にさらされる、そう思って私は声を上げた。
「あん? うるさい! 子供はだまってな」
学校帰りで高校の制服を着たまま。三つ編みの黒髪で地味な黒縁メガネという私の外見は、女性から見ればたしかに子供だろうけど、それでも女子として男の子を危険に晒すわけにはいかない。
私は震えを押し殺して言った。
「お話なら事務所で伺います。私は綾部法律事務所の人間です」
ぎりぎりの角度でビルの二階、事務所の窓に貼られた綾部法律事務所の看板文字が見える。高校の制服を着ている私がそこの人間とは思われないかもしれないけど、馴染みない一般の人なら法律事務所の名前には怯んでくれるはず。
すると女性はキッとこちらを睨みつけ、舌打ちをすると足早に通りへと抜けていった。
「法律の人間だったら、そいつ捕まえなよ。売春夫なんだよ」
最後にそんな捨て台詞を残していって。
「大丈夫、君?」
こんな小さな―――身長だけなら私とそんなに変わらないけど―――少年への侮蔑。
「うん、大丈夫。ありがと、お姉さん」
「警察に連絡しようか? 男の子を娼夫みたいに言って、傷ついたでしょ」
どうやらあのビジネスマンは歩いていた少年に売春を持ちかけ、当然だけど断られたことに腹を立てて声を荒げていたらしい。
そう思った私だったけど、
「あはっ、大丈夫。だって、俺ほんとに身体売ってるし」
「えっ?」
可愛らしさの残る、それでも変声期を迎えた男の子の声であり得ないことが口にされた。
「パパ活やってまーす。俺、逮捕されちゃう?」
いたずらが見つかっちゃった、そんなくらいの愛らしい笑顔だった。
「いや、しないけど。えっ、パパ活ってどういうこと?」
「言葉通りパパになるための活動、子作り代行みたいな? いやあ、さっきの人、常連さんなんだけど最近は金欠で払いが悪くって。口だけならって言ってもそれすら値下げしろって言うんだよ。ありえないでしょ」
まさか、という衝撃。こんな可愛いらしい子が本当に売春してたなんて。
パパ活って言葉は知らなかったけど、なんとなく意味はわかる。私の家もそうだけど、一般家庭だと姉妹二、三十人に対して夫として迎えられる男の人は一人しかいない。
家格や資産があれば二人目三人目の夫を迎えられるか、分家して夫一人妻十人くらいの比率になれたりするけど。
でも普通の家庭は男性は一人だけ。私の家もそうだった。
そこで問題なのが、相性や機能的な理由で子供が生まれない家庭があること。
女性側に原因がある場合は、他の姉妹には生まれてくるから、家としてはそんなに問題にならない。
でも男の人側に原因がある場合は三十人の姉妹全員に子供が生まれないことになる。
そういう時に他所の家庭から男の人を借りて子作りしてもらって、家を繋げていくというのは昔からよく聞く話。
でもあまり表立っては口にされない。男の人の沽券に関わるし、そういう名目で実際は売春ってことも多いらしい。
この子のパパ活もきっとそういうことなんだろう。
「その……危ないよ。そういうの、やくざとか絡んでくるから」
「まあそこはね。表通りではやらないようにしてるよ。紹介制でクローズコミュで運営してるからね」
メンバー制の美容サロンなんだよみたいに口にする少年に対し、私は何も言えなくなってしまった。
売春なんてもちろんいいことじゃない。だけど私は先生に習って世の中にはいろんな事情でそうせざるを得ない人がいることを知っている。ただの高校生の自分では違法だとか責める資格なんてないことも。
「それじゃあありがとね、お姉さん」
押し黙った私に対し、少年はそう言って振り返り、立ち去ろうとした。
「あの、待って! 私で力になれるかも!」
思わず呼び止めてしまう。
「私、ここの綾部法律事務所の人間だって言ったでしょ。その……もちろん弁護士とかいうわけじゃないんだけど、本職の先生のお手伝いさせてもらってて……お部屋の掃除とかそういうレベルなんだけど。でも窓口案内みたいなのはできると思うし、無料相談とかもあるから、ぜひ利用してみて。パパ活とかするの、お金の問題とかだったらきっと力になれるから」
やってしまったかなと思った。
勝手に事情を決めつけて、押し売りして。
そういう行為は時に人を傷つけるって先生に教えられていたのに。
でも私が綾部先生にそうやって声をかけてもらって助けられたのは事実なのだ。
恐る恐る少年の反応を伺うと…………少し驚いたような顔をして、「んー、法律か……うん、そういうとこ抑えとくのもいいかな」と言って手を差し伸べてきた。
「それじゃあよろしくね、お姉さん」
思わずその手をつかんでしまった私は、「うん」と返すことしかできなかった。
お父さんを除けば初めて触れた男性の手。肌は白くて爪なんか私よりもずっとキレイ。だけど節の辺りが私よりも固くって、男の子なんだなって意識させられた。手の冷たさに私の体温が奪われていくんじゃないかって思った。
顔を上げると少年がにこりとしたままの表情でこちらを見ていた。
たぶん私の顔は真っ赤になってるんだろうな。自分でそう気づいてごまかすようにしてビルに向かった。
「それじゃあついてきて」
少年の手の肌触りを敏感に感じながら、必死に意識しないように自分に言い聞かせながら歩き出す。
このまま手を繋いでていいんだろうか? でも明らかに嫌がられてる感じはしないし、紳士であれば男子をエスコートするべきだから許されるんだっけ?
自分にこんなシチュエーションが巡ってくるなんて考えてなかったから、二年時の選択授業でマナー講習を選ばなかったことを後悔しながら、ぎこちない足取りで事務所へ向かった。
戻りが早いドアをこれみよがしに抑えながらビル内へ。普段は階段を使うけどエレベーターを呼んだ。
幸いすぐに到着したエレベーターに乗り込むと、私は大事なことを伝え忘れてたことに気づいた。
「あの、安心してね。今日は私、掃除とかに来ただけで先生も他の事務の人といなくて一人だけだから」
「あはっ、大丈夫。そーいう心配してないから」
少年の方は私の慌てぶりに、どこか面白そうな顔で応える。
エレベーターが止まれば目の前は事務所の入口。
当然ドアを開けるためには鍵を取り出さないといけなくて。
「それじゃあ鍵を開けるね」
わざわざ宣言して少年と繋げていた手を離してカバンを開く。
別に私なんかが手をほどくことに少年がどうこう思うことはないって分かってるけど。君と手を繋ぐのが嫌なわけじゃないって伝えとかないといけないんじゃないか、いや気持ち悪いとかやっと開放されたとか思うのは少年の方でしょう。そんなばかな思いが頭の中をぐるぐると回っていて、手が滑ってしまうのを無理やり抑えて鍵を取り出した。
鍵を開けて警備センサーを解除するとドアを広げて少年を迎える。
「どうぞ綾部法律事務所へ」
「へえ、これが。ドラマで見たのとは違う感じだね」
「まあここはただの応接室だからね」
カウンター代わりの事務棚で作った通路を抜けると、六人分のソファと低いテーブルがあるだけの部屋。
「奥の部屋に行けば、先生が事務机にどっしりと構えて、六法全書なんかがぎっしり詰まった棚があるいかにもな弁護士事務所なんだけど。今日はほんとはお休みだからそっちの部屋は別の警備センサーが効いてて入れないの」
今日の私は顧客から頂いた花の手入れとか、パソコンのアップデートとかお歳暮の振り分けや、エアコンの掃除みたいな先生がいない方がよくて時間がかかる作業を進める予定だったのだ。
私は少年を応接室のソファに案内すると、給湯室に向かう。
「お茶とコーヒーどっちがいい? それよりジュースの方がいいかな。オレンジならあるよ」
私が自分用に買っておいた紙パックのジュースを差し出すと、少年は「こっち、ちょーだい」と言って嬉しそうに口をつける。そういうとこは年相応の少年ぽかった。
それから互いに自己紹介した。
「私は綾部香織。ここの先生とはすごく遠縁なんだけど、将来弁護士になりたくて、勉強させてもらってるの」
「俺は
「うん」
下の名前で呼ばれると背中の辺りがゾクってした。
って、こんな小さな子に何を言ってるんだろう、私。
「それじゃあ聞かせてもらえるかな」
それから
天音くんの家は健康食品の卸売りを営んでて、最近の不景気で経営が厳しくなってしまっていた。
そこで天音くんが中学卒業と同時に資産家の家に婿に出されることになっているんだという。
天音くんはそれが嫌で、それまでに家を出て独りで生きていける資金を稼ごうとしているのだと。
大昔から本当によくある話だった。物語だったらこういうときは少年の幼馴染である近所の家の姉妹が一致団結して家業を盛り返して、実は裏で経営妨害していた悪い資産家を撃退した末にお婿さんに迎えるのが定番だけど、現実はそんな都合良くいくわけじゃない。
大抵は男の側が泣いて終わりなのだ。
こういう時に一番守ってくれるはずのお父さんはすでに亡くなっているそうだ。
「ひどいよねー。そりゃ俺だってこの身体はやりたい盛りだからさ、それなりの美魔女だったら立ち向かえるよ。でも前に新年の挨拶だって会わせられたのは、もう完全なババアばっかでさ。一番上は四十半ばって、さすがに年齢三倍はないでしょ」
「うん……」
美魔女ってのは多分、年取っても綺麗な女性って意味だと思うけど、もしそうでも三十歳も上は嫌だろう。近年は男権運動の高まりでそこまであからさまな婿売りは減っているけど、それでも十代の少年を迎える家の長子が三十代くらいなら普通にある話。
それを嫌がって逃げたがる人は多いって聞くけど、法律は家の保護下にない男性にはすごく冷たい。いや、というよりも想定してない。
だから家を出れば、それは婿売りからは逃れられるだろうけど、生活から何まで自力で用意しなきゃいけない。
男だけじゃアパートだって簡単には借りられないし。仕事だって安全な正規のものに就くのは難しくて、それこそ身体を売るはめになるのが目に見えている。
もしも天音くんが一人で家を出て生きていける可能性があるとしたら、
「お父さんは天音くんに何か残してくれてないのかな?」
「何も。交通事故だったからね。慰謝料から保険金まで全部赤字の埋め合わせに使われちゃってるよ。それ以外には財産なんてないでしょ。昔ながらの男らしい父さんだったから」
亡くなったというお父さんが天音くんに遺産を残してくれていればと思ったけど、さらりと軽い調子で否定される。
「ああ、でも唯一、父さんが育ててた盆栽がいくつかあってさ、有名なブランドで、前に天評会で賞もとったっていう枝張りのいい奴が残ってるけど、それも銀行の融資の担保に入ってて持ち出せないんだよね。どうせ世話してるのは俺なのに」
先の否定の言葉には感情がのってないように見えたけど、盆栽の話では天音くんの目にはやるせなさや悔しさやの色が見えた。
「兄弟や姉妹は何人いるの?」
「俺が長男で後は姉妹が七人だけだよ」
「なら、その盆栽は天音くんの手に残るはずだよ」
「えっ!?」
「資格ない人間が勝手なこと言うのはダメなんだけど、これはもう法律業界では当たり前のことだから断言しちゃうけど、その盆栽はお父さんから天音くんへの遺産として認められるよ。遺言状がなくても、いまの名義が母親や他の人になってても」
「ほんとに!」
「ほんとだよ。父親から息子へ残す所有物って優先的に保護されるべきものなの。どうしたって男の人の権利はないがしろにされるものだけど、それでも最低限、父から息子への動産は保障される。しかも盆栽は庭作りっていう、男の人の領分とされてる物なんだから。これは確実だよ」
これは近代法成立する前の中世時代にだって慣習法として存在してたのだ。いま以上に男性の人権が制限されていた頃でも、最低限その権利だけは認められていた。
当時は男性から離縁を求めることなんて社会的に許されていなかったけど、父親から受け継いだ袴や包丁を取り上げられたのを理由に家を出ることが許されたなんて話が数多く歴史に残ってる。
その辺り、私が先生から教えられた実例や棚にある法令集を見せて説明すると、
「そっか……父さんの残してくれた物、俺が守っていけるんだ」
そう言った天音くんの顔はそれまでのどこかシニカルな笑顔じゃなくて、心からの嬉しさが滲み出ていた。
「お父さんのこと好きなんだね」
「うん、俺なんかにはもったいない人だった。いつも俺の話しをちゃんと聞いてくれたんだ。俺みたいなクズにも生まれてきてくれて嬉しいって言ってくれて。息子だって言ってくれて。ほんとに大事にしてくれた。誰より温かい人だった」
そう言って静かにお父さんのことを語る天音くんの顔は穏やかさと優しさに包まれていた。
私はその顔をしばらく見つめ、声をかけた。
「どうかな、このまま正式に先生に相談してみない? 盆栽がこのまま担保にされてるといつ取り上げられるか分からないでしょ。先生なら名義の取り返しができるから。
料金の方もそんなに高くならないよ。いま国もちゃんと男権の保護に取り組むようになってるから、このケースならお役所から補助金も出してもらえると思う。それに婿売りだって年齢差がそれだけあれば拒否する正当な理由になるんだよ」
私が棚から補助金の申請書を持ってきて説明をすると、天音くんがテーブルに置いたスマートフォンを操作して、具体的にいつが空いてるとか初期費用の質問を返してくる。ちゃんと話を進めようとしてるのが分かって、私は安心した。
「だから天音くんもパパ活なんてやめて。そんなことしてたら病気も心配だし、子供も産めなくなっちゃうかもしれないんだよ。そんなの嫌でしょう…………あっ」
ゾクっとした。
天音くんが、さっきまでのお父さんのことを思い出していただろう安らいだ笑顔から一瞬で冷たい笑顔に変わった。いや、表情は何も変化していない。でも彼の綺麗な瞳の色が失われたのが分かった。
そこで自分の失言を悟る。そう、天音くんの姉妹が七人というのは少ない。母姉妹は三十人いるというのだから。
ひょっとしたらお父さんは子供を産めない人なのかもしれなかった。代理父を迎えて生まれたのが彼だったとしたら。
「あっ、あの。私、そういうつもりじゃなくって……」
「うん、分かったよ お姉さん」
「えっ」
立ち上がって、私を見下ろす天音くんの顔に今度は別の意味でゾクっとした。なんだろう、すごく蠱惑的な笑み。このまま見ていると自分がおかしくなっちゃうんじゃないかって予感させられるような。
天使の顔をした悪魔の笑み。そんな言葉が浮かぶ。
「それじゃあ相談料払わないとね」
妖しい笑顔で口にしたのは意外やごく普通のセリフ。
「ええっ!? いいよそんなの。それに資格ない人間が法律相談するなんて、ほんとはそっちの方がよっぽど法律違反なんだから」
だけど続く言葉はありえなかった。
「悪いけどお金はないんだ。体で払わせてね」
「馬鹿にしないで! それじゃほんとに買春じゃない。弁護士めざす人間がそんなことできるわけないでしょ!」
「そっかな。さっきのお客さんも意外と固い職業なんだけど…………って、顧客情報を漏らしちゃだめだよね。まあどっちにしろ大丈夫。俺がやってるのは合法なパパ活だからさ」
天音くんがおかしなことを言い出した。
合法の
「ねえ香織お姉さん。俺、今からオナニーするんで手伝ってくれる?」
「はへっ!?」
「授業で習ったんだ。昔は男がオナニーするのは罪だったって。中世時代に真上様って偉い人が射精権を勝ち取るまでは、男は精通以外で自分で出したら罰を受けたって」
「あっ、えっ、それはそうなんだけど、あれはそういう社会規範を示してるだけで。いや確かに何度か捕まった人はいるけど、ほとんど言いがかりな別件逮捕みたいなので、なんかのトラブルでその男性を困らせたいとか自分のものにしようみたいなあれで。それは、今でもそういう社会通念だし国によっては今も法になってたりもするけど……」
おかしな話の流れに私が必死に軌道修正しようとしてると、天音くんはさらに突飛な行動に出た。
「だからさ、これ俺の権利だよね。将来の弁護士先生なら邪魔しないよね?」
「ひゃあ!?」
天音くんがズボンのチャックを開いて、おち、おちん……あ、アレを出してきた!?
でも、でも、おかしい。
私だって女だからエッチな本とか見ることはあるし、クラスの子たちが教室でそういう画像をシェアしてるのに巻き込まれたりもするけど、写真ではこんな大きくなかった! しかもこんな可愛い男の子なのに!
「俺のはパパ活って言ったけどさ、ほんとは俺がやってるのは射精権のこーしって奴。オナニーを通して男の権利を勝ち取るためのデモ行為?社会運動?だからさ。さっきのお客さんもそんな俺のすーこーな理念にさんどーしてサポートしてくれてるんだ。だから合法なんだよ」
「しゃ、射精権って、権利を勝ち取るって、あのエクストラの?」
たしかに世界中の多くで男性のオナニーは不道徳なものとされてきた。メジャーな宗教でも恥ずべきことと教えていて、欧米なんかは特にその傾向は強い。
でも逆に欧米は男性の権利活動も盛んだから、その流れで男権活動家や芸術家がオナニーこそが男権の象徴なのだってアピールしている。
男性は幼き頃は母姉妹のもの、婿にいっては妻姉妹のもの。男の性は女に奉仕するためのもの。妻の求めを拒否する権利はないし、自慰で無駄に射精することは妻への侮辱である。
そういう社会通念を打破しようとする人たちが掲げるのがオナニーの権利、自分で好きに出し方を選べる射精権の獲得なのだ。
そこで運動の象徴として使われるのが、余分のとか特別なという意味のエクストラを付けたエクストラオナニー。
最近もパリのテレビ塔に外から登った男権活動家が男性の家庭内の抑圧からの解放を訴えてエクストラオナニーを行っていた。
ニュースでは観光客が大喜びで写真をとったりヤジをとばしたりしてる中、警察に捕まったその人が泣きながら自分たちは家畜じゃないんだ、自分の性器は女の所有物じゃないんだって訴えてたのが印象的だった。
日本は男権そのものは未発達の代わりに、過去の真上様によってオナニーの権利だけはどこよりも早く獲得しているのだけど。
だから天音くんが言うのは男として当然の権利……なの!?
でも、でも、これは!?
「だからさ、香織お姉さんもサポートしてくれない? 手とか口や胸で好きなようにしてくれていいからさ。出すとこも自由にしちゃってさ。さっきのお客さんなんか本番アリでも最後は絶対ってくらい口に出させてたよ」
出すとこは自由って、つまり膣外射精!?
なんて……変態的で……背徳的な!
いや、理屈では分かる。一部でそういう趣味の人がいるって。
男性が射精できる回数には限りがあって、それに対して女性は圧倒的に多いんだから。膣外射精はオナニー以上にはっきりと世界中の様々な国や宗教で
だからこそ、逆にそれを破ることに快感を感じる人がいる。
「あっ……えっと、私が……これを……?」
可愛い顔にまったく似合わないソレを目にして私はパニックになってるけど、同時に頭の奥で思うこと。本物を見るのはこれが最初で最後になるんじゃないかって思い。
私は卒業したら家を追い出されることが決まってる。だからお婿さんなんて迎えられっこないのだ。
男女比が偏っている以上、結婚というシステムは女の集団に一人の男性を迎えるのが基本形。
だからそこから追い出されるような外れ者には男性との結婚は許されない。それこそ並の女の三十人分の業績を上げられる人でもなければ。
だからこれはチャンスなんじゃないかって思っちゃっている自分もいる。こんな綺麗な子が私なんかに…………そう、天音くんは一応ちゃんと名目は用意してるんだから…………って、何を言ってるの私。
これじゃあ貧しい男の子を救うんだって買春を正当化する女と同じじゃない。でも、でも…………。
「あっ、あの! 私――――」
私が口を開いたとき、テーブルに置かれたスマートフォンがピッと音をさせた。
天音くんが画面に表示されたメッセージを読み、笑い出した。
「ははっ、さっきのお客さん、反省してちゃんと正規料金払うっていうからさ、その代わり妹入れて三人にしたいって…………はっ、分かりやすくてウケるよね」
そう言って私に迫っていた天音くんは離れていく。
「あっ……れ?」
私が呆気にとられている間に天音くんはさくっと身支度を整えた。私の葛藤なんて何も関係なかったとばかりに平然とした顔で。
えっ、いまアレはどうやってズボンの中に入ったんだろうか?
「はあー、残念。香織お姉さんにサポートしてもらおうと思ったのに。仕事だからしょうがないかー。仮にもプロとしては一人一回分は残しとかないといけないからね」
天音くんはこれから売春に行こうとするみたい。
でも待って、
「だめだよ! 向こうは三人もいるんでしょ、危ないよ!」
男は女よりは力があるから1対1なら襲われたって対処できる。でもさすがに複数人だと危険があるから、他家の未婚男性と関わるときはできるだけ少人数にするのが
だから私だって、ここには自分一人しかいないんだよって伝えて安心させようとしてたのに。
「大丈夫、だいじょうぶ。俺、こう見えてけっこう強いから」
天音くんは細腕をぐっと曲げるとそううそぶいた。
さっきの女性は天音くんよりも大きい人だったのに。でも彼の自信に満ちた顔を見ると不思議とそうなんだろうなって思わされる。
もしかしたらこっそりと何か武術とかを習ってるのかも。
「そうだ香織お姉さん、俺とリンケしよ」
「う、うん」
差し出されたスマートフォンにはLiNKageというメッセージアプリが表示されている。私は流されるように自分のスマートフォンを近づけてアドレスの交換作業をした。
「それじゃあ先生の方の予約取れたら連絡よろしくね」
そしてまた私に顔を近づけて、耳元でささやくように言った。
「もちろんパパ活の方で呼んでくれてもいいよ」
「なっ、ななな何をっ!?」
天音くんは胸ポケットにスマートフォンをしまい、またあの笑みを浮かべながら言うのだった。
「口と胸なら一万ずつ、本番なら五万だけど お姉さん美人だからタダでもいいよ」
そうして天音くんは事務所から去っていった。
「もう、何なのあの子…………」
私の方はいま何がおこったのか、頭が処理できずにごちゃごちゃになったまま、顔と身体の火照りが収まらずに、そのまま長いことソファで横になっていたのだった。
――――それが後にこの国で初のポルノ男優として名を馳せることになる彼、
そう、クズでビッチな天使、佳川天音に振り回されることになる私の物語の始まり。でもそれはここで語るには長すぎる物語。
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