白河いなほ ②

「じゃあいなほちゃんって私の1つ下なんだ」

「うん、今年から高校生なの。です」

「あはは タメ口でいいよ」

春香と通学路を歩くいなほは、耳を赤くし頷く。

「部活なにに入るか決めてる?」

「本、読むの好きだから、文芸部とか」

「うちの高校は文芸部ないぞ」

「え、そうなんですか」

大吉が後ろから言葉を挟むと、いなほはちょっと肩を縮ませて顔を向けた。

「大丈夫、朗読部があるよ」

「ろうどくぶ。わたし、人前で読むのは、自信ない」

消え入りそうな声だ。

「あ、わかる、私も先生に当てられて教科書読んでる時、間違いしちゃうの」

「春香のはドジなだけだろ」

「そんなことないよ! つい一度読んだ行をまた読んじゃったり、ページ飛ばしてめくっちゃたりするだけ!」

「それはドジとは言わないか?」

大吉と春香のやり取りに、いなほはくすりと笑う。

「2人は、なにか部活に入ってるの?」

「大吉は剣道部なの。子どもの頃からやってるんだよ」

「あんまり真面目にやってこなかったから、試合じゃ勝てないけどな」

「大吉は勝とうとしてないんでしょ。剣道部の先輩が言ってたよ。攻めっ気だけがないのが惜しいって」

「どうだかな」

大吉が明後日の方を向くと、いつもはぐらかすの、と春香はおどけた風に言った。

「春香ちゃんは?」

「私はなにも入ってないんだ。でも編み物が好きで、家だとコースターとか作ったりするの」

「え、すごい」

「えへへ、柄とか自分で考えるの面白いんだ」

いなほは、素直に感心している。

話は嚙み合っている。デザインは多少古めかしいものの、制服を来て学校に通おうとしていたのだ。つまり、大吉や春香とそう変わらない世代ということだ。

なぜ春香が家庭科部などに入ったりしないのか、疑問が出てこないのは性格だろう。

「あ、いなほちゃん。見えてきたよ、学校」

春香が立ち止まり、指をさす。

住宅の屋根の先に、校舎の一角が見えた。

いなほの後ろ姿から、不安と期待の入り混じった緊張が伝わる。

「うちの学校は個性的なやつも多い。退屈しないぞ」

「あはは 逃げの大吉が言う?」

「逃げのだいきち?」

春香がニヤニヤする。

「剣道の試合で避けてばかりいたら、な」

「あと面倒なことがあるといつの間にかいなくなってたりね」

「ほっとけ」

そうは言っても幼馴染の目はなかなか逃れられず、春香がいると大抵はそのお節介に付き合わされる羽目になる。

まさに今のように。


「到着。ここが私たちの学校だよ」

「ここが、これから私が通う学校」

いなほの儚い声が、確かな熱を帯びる。

「やっと、来られた。早く来たかったんだけど、なかなか病気治らなかったから。中学の時の友達と、同じクラスになれるかな」

「なれるよ、きっと」

春香の声にぐっと力が入る。いなほは気づかなかったようだ。

「それに私も、大吉もいるから」

いなほが春香を見、大吉にも目を向ける。

頷き返す。

「春香ちゃん、新田くん、ありがとう」

いなほは涙ぐんだ目を細め、ほんとうに嬉しそうに笑った。

そして、その笑顔を遺し、いなほはいなくなったのだった。


「春香」

校庭の桜は、新学期の今日を待たずに散っている。

だが散った花びらはまだ見かけることができた。

「いなほちゃんと、同じクラスになってみたかった」

「・・・ああ」

人を誘い、誑かす霊や妖もいる。いなほは、そうではなかった。それでも、やはりこういう寂しい思いをする羽目になる。

春香は、今どんな顔をしているのか。大吉のところからでは見えなかった。

「霊や妖が視えたって、いいことなんかないな」

「そんなことないよ。人より多くの出会いがあるんだから」

その分、辛い別れや悪意に傷つけられる多いじゃないか。

大吉は一言、「そうか」と答えた。

「大吉は? もし視えてなかった頃に戻れるなら、そっちの方がいい?」

「どうかな。なんで視えるようになったのかも、わからないからな」

物心がついた頃から霊や妖が視えていたという春香とは違い、大吉はそういうものの存在をはじめは知らなかった。

中学で喧嘩を止め、春香とよく一緒にいるようになり、ぼんやりと何かを感じるようになった。中学を卒業する頃には、幽霊や妖の姿がはっきり見えるようになっていた。

「けど、まぁ、春香に視えるものが視えないってのも癪だしな。これはこれでいいさ」

「ふふ、なにそれ」

大吉はほっとした。春香は、笑っていた方がいい。

そういう意味では、霊や妖が視えるようになったのは、悪いことばかりではない。

少なくとも、春香を一人悲しませることはないのだ。

グラウンドでは、野球部が朝練をしていた。

「行こっか、大吉」

いなほとの思い出を心に仕舞い入れ、春香は明るく言った。

短い春の、温かく、けれどどこか肌寒い風に、白球が打ち上がる音が響いた。

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jumble'ズ 〜死者は春風に微笑む〜 井ノ上 @haru1881

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