ギンと某太郎

スンラ

肉親と死人

 ご愛読、ありがとう。ま、こんなものは後回しにしてくれ。だらっと読んで、でもできるだけ捨てないでくれ。あとは、そうだね。


 この文を読むときは、あの場所で、あの香りを嗅いで、あの景色を見て、あの曲を聴き、あの紅茶を飲み、


 あの事件を忘れてくれ。



 チクタク………………チクタク………………チクタク………………

「…………」

 無駄に広くて暗い部屋は嫌いだ。特に和室。しかし、外の天気が良ければ許せてしまう。人の気分なんてそんなものだよなぁ。


 起き上がって、

「僕は今淵いまふち禍太郎まがたろう。趣味は文学美少女を探す深夜徘徊。特技は人が嫌なことを進んでやることです」

 通常通り、独りごつ。

 自分へ向けた自己紹介。

 真っ暗な部屋で目を見張り、たれた紐を引っ張って、電球をつける。

 窓から光は射していない。しかし、夜だと断定することは出来なかった。重厚なカーテンだったことも一考に値するが、考えるまでもなく邪魔があった。

 昼夜問わず、このペンションの外は猛吹雪だからだ。

 暗闇から覚めても、外は白銀の闇。気が滅入る。

「この部屋、嫌だなぁ……」

 無駄に広く、無駄に和室。四の五の言える立場じゃないし、絶対無理って程ではないんだが。それに、まだ一階は洋室が開いてるって言ってたけど、と離れちゃいけない。

 僕の同行者はそんなこと考えず、並べた布団から抜け出したようだが。何時だと思ってんだ? いや、何時だ?

 自分の荷物からスマホを取り出そうとしたが辞めた。充電はとっくのとうに切れている。


 掛け時計を見た。

 午前一時ピッタリだった。

「うちの子を迎えに行きますか……」

 さ、ギンはどこへ行ったかな……


 普通に考えればトイレだが、起きた時に丁度いないってのも考えづらい。このペンションにはトイレが二つあり、その一つは使用不可。しかし、二階のトイレ。一番近いトイレは使用できる。言いきれないけど、ほぼないだろう。


 外にゃモチロン行けないだろうし、このペンションに来たのも初日……いや、一時間前に日付を超えたから二日目。あいつがどれだけ人懐っこい性格だからといって、僕らを除いたこのペンションの七人で、部屋を訪問するまでの仲になった奴はまだいないだろう。


 だったらあとは風呂かキッチンのあるリビング。風呂は入ってたし、夜食の可能性でリビングかな。僕、ペミカン以外食べないから、まだ携行食が大量に残ってるんだよな。


 いかん、悪癖が出てしまった。


 なんでもかんでもぐだぐだ考えて……そもそも、案ずるより産むが易しだ。


 襖を開き、部屋の外へ出る。僕らの部屋の向かい側に並んだ二部屋とその左に螺旋階段、そして左右の突き当たりに二部屋。二階は合計五部屋ある。

 僕の部屋から見て左、階段の方。その端の部屋の前には、二メートルを超える着物の巨漢が首を傾げていた。

 よくそのサイズあったな。

「んおっ、今淵いまふち

 気づかれてしまった。一直線の廊下だから、気づかない方がおかしいんだけど。

 最上川もがみがわとおるさん。あのつづる社に務めていて、しかも文芸編集部。更にはかの神作家、《宇良うらニナル》先生の担当編集。

 見た目はゴリゴリの体育会系──いや、むしろこの雰囲気はどこぞの若頭辺りじゃないと出せないと思うが、文系も文系。

 人は見た目によらないというか、好きな作家の担当編集がこんな巨人だとは思わないじゃないか。

 見越し入道かと思ったわ。

とおるさん……あっ、僕はリビングに用事があるので」

 そそくさ素通りしてやろうと思ったのだが、肩をがっしり掴まれる。

 にげられない。

「それがだな、今淵。宇良ニナル先生のカンヅメを手伝う為、この時間まで先生の部屋の前を見張っていたのだが……」

 聞いていないのに語り出したぞ、このギガノトサウルス。


 ──そう、とおるさんが突っ立っていたのは、宇良ニナル先生の部屋の前。本名は藤堂ふじとう茶飯さはんという、作家名より珍しい名前だった。

 ちなみに、カンヅメも見張りも藤堂ふじとう先生の頼みらしい。


 吹雪で下山できないんだが? まず見張らずとも出れねえって

「少し眠ると言って仮眠をし始めたんだ。酒を煽ったせいだと思うのだが、一階へ行くなら冷蔵庫から水を取ってきてくれないだろうか」

「それくらいならまぁ……いや、寝たなら見張る必要なくないですか?」

「突然起きて吐き散らかす可能性もある」

「僕が初めて強請ねだった本の作者にそんなん言わないでください」

 藤堂ふじとう先生のナジミシルエットはバイブルだし青春なんだよ。あの物語を書いた人が酔って吐き散らかすとか考えたくないよ。

「ほう? そうだったのか。好んでいるとは聞いていたが……なにを買ったんだ?」

「まぁ、ナジミシルエットですけど」

 そんなこと聞いてどうするんだ。

「贋作か! 死んだはずの幼馴染を模倣した幻覚、。誰にも言えない秘密シルエットを治すために奮闘する主人公! 青春すれば影がさす、のキャッチコピーは……」

とおるさん、オタクすぎます」

 めちゃくちゃ特有の早口だった。

「ヌ。すまん、つい」

 仕事関係って無駄な情があって良いものか? ダメだと思うんだけど……

「掴まえて悪かったな」

 やっと解放されて、螺旋階段をぐるぐる下りた。

 降りれば、玄関とリビング、トイレ、洗面所・浴室に繋がる廊下へ出る。

 僕は迷わず、リビングへと通じる扉を開いた。


 扉を開いて右側には、キッチンとダイニングテーブル。

 真正面にはまた扉があり、開くと廊下へ繋がって、合計四つの部屋の扉がある。

 左側には、壁を背にしたソファと、その前にローテーブル。そこから更に前、ソファとは反対側の壁に大きな暖炉。暖炉はついていない。代わりに人が二人いた。

 一人は、白銀色の長い髪。赤い瞳の女の子。ソファのL字部分へ座って、だべっている。

 名前は、女鹿野メガノ路銀ロギン。さっきからギンと呼んでいた、僕の探していた人物だ。

 そして──────もう一人。

 黒く塗りつぶされた、死んだ目。

 前髪が目に掛かる程度の黒髪、アーモンド型の黒目、身長はギンと変わらないくらい。

 ペンションの管理人、架々たなかみのるさん。

 正直、苦手なタイプだ。

「おい、ギン」

 着物の裾の中で腕を組む。このペンションでレンタルしたものだ。

「あっ、某太郎ぼうたろう

 某太郎というのは僕が呼ばせているあだ名のようなものだ。

「そろそろ眠らないか」

「なんだよ、寂しいのか?」

「お前が遅く起きたぶん、僕も起きれないんだ。できるだけ早寝してくれ」

「とか言って、本当は寂しいんじゃねえのー?」

 まったく、黙っていれば美人なんだが、中身が元気すぎるというか、なんというか。

「あ、みのるさん。話の邪魔してすみませんが、こいつ連れてってもいいですかね」

「はは、いや僕はいいんだけど……えーと、二人にちょっと聞いていいかな?」

「……なんでしょう」

 ──声に覇気も感情も籠っていない。はは、と愛想で笑っておきながら、表情筋が死んでいる。無感情、そして無表情。影のある場所でしか有り得ない、その大きな黒い瞳。

 やはり苦手だ、そのどす黒い目が。

「二人の関係は兄弟なんだっけ?」

「そもそも苗字が違います」

「どこをどう見たらそう見えるんだよ」

 髪も瞳も違うというのに、この人はなぜ兄弟だと思ったんだろう。

「じゃあ恋人関係?」

「全然違うぞ」

「どこをどう見たらそう見えるんですか」

 そんな要素どこにもなかっただろ。

「……じゃあなんで異性同士が同じ部屋で寝られるんです……?」

 異性同士。

 そもそもそんな考えすらなかった。

「別に──ただの、ですよ」


 今淵禍太郎いまふちまがたろうと、女鹿野路銀メガノロギンは、

 だ。



 そうして僕達は自分の部屋に戻り、明日の為、布団に入った。

「なぁなぁ」

 囁き声でギンが話し出す。思わず寝返ってギンの方を見てしまった。どうせくだらないことだと言うのに。

「やっぱ、いなくなって寂しかったんじゃないの?」

 どこか、バツの悪そうな顔。

「……いつまで言ってんだよ」

 やっぱりどうでも良い事だった。

 話も顔も、合わせるのが馬鹿馬鹿しくて、壁の方を見た。

「そして、いつまで言わせるんだよ」

 また忘れてしまったのなら、

 また教えてやる。

「僕は他人に起こされないと、永遠に目を覚まさない。何時間経とうと、何日経とうと、何年経とうと、僕は目を覚まさない。言ったろ?」

 普通じゃない。

 普通じゃないということは、異常なんだ。

「僕に食欲はない。凍ったペミカンかボトルの完全栄養食、固形のチーズ、チョーク以外を食べると身体が拒絶するから。僕に性欲はない、今の僕に生命は作れないから。交配しろという本能がないから。僕に睡眠欲はない。夢と現実の区別もつかないから、誰かに起こされないと起きれないから」

 譫言のように、妄言のように、僕は暗闇へ吐き続ける。

「なんせ、

 僕には心臓がない。悪魔が脳と選べと言うから、僕は心臓を差し出したんだ。そうしたら、こんな何も楽しめない身体なってしまった。

 こんな極限状態で、スリルもクソもない。

 死ぬなら死ぬで戻るだけ。

 生きるなら生きるで失うだけ。

 ギンにもう寝ろと言って、僕は目を瞑った。


 これは死人の僕が、唯一の肉親を探す旅。




 あと数時間もせずに、このペンションは全焼する──────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る