染矢くんは友瀬さんと密会します


 

 ◇


 

 過去の暴露により、俺が精神的ダメージをこれでもかというほど喰らった後。

 楽しいクラス会は順調に進行して、あっという間にお開きの時間になった。

 とはいっても、すぐに帰ってしまったのはほんの数人だけで、参加者のほとんどは会場に残って交流を続けている。

 

 しかし、俺の恋愛遍歴を発表するつもりも、ここまで本格的に手伝うつもりもなかったんだけどなぁ。

 昨日今日と、想定していない疲れが酷すぎる。

 でもまあ、ちょっと距離があったクラスメイトとも仲良くなれたから、いいか。

 

「つ、つかれた……」

「おつかれ、豊彦」

「手伝ってくれてもよかったんだぞ?」

「僕はほら、みんなと話すのに忙しかったから」

「ちゃんとのかよ?」

「……もう少し話したかった、かな」

「そうか」

 

 さすがに約ふたクラス分の大所帯では、意中の相手である姫乃さんとはあまり話せなかったらしい。

 いやまぁ、好きな女子とはいくら話しても話し足りないものだとは思うけど。

 なんとかして、俊一が姫乃さんと長時間話せるような状況を作ってやれればいいんだけど。


「おっ」

 

 ズボンのポケットに入れているスマホが、特徴的なリズムを刻んで震えた。

 どうやら、友瀬さんから連絡が来たらしい。

 彼女からの連絡だけ振動で知らせてくれるように、事前に設定を変えておいたのだ。

 なんというか、通知が鳴って席を外すのってじゃないか?

 いちおう、この集まりを主催した女子の中には俊一のことが気になってる人が多いわけで。

 俺がそんな出て行き方をしたら、誰かが抜け駆けして、俊一に告白するのに手を貸してもらおうとしたんじゃないかとか、そういう誤解が生じるかもしれない。

 そんなことでクラスの雰囲気が悪くなったら、だれだって嫌だろう。


 考えすぎだって?

 そう思ったそこのあなた、甘い。

 なんせこの配慮は、俺が遭遇した過去の実体験を踏まえてやっているからな。

 疲れ過ぎない程度に、できる範囲で他人への気遣いはしておいたほうがいい。

 特に女子相手。


「俺いまからちょっと外すけど……絶対、絶対に!要らんこと言うなよ、特に女子相手!」

「ああ、豊彦トイレ?ゆっくり行って来なよ」

「ちげぇよ、あとそういう発言のことだからな!」

「あはは、冗談だってば。お前以外にこんなこと言わないって」

「ほんっとにこの野郎……」


 いつか血の海に沈めたろかな……いや、やらんけれども。


『第三図書室でお願いします』


 外に出てからスマホを確認すると、簡潔なメッセージが一件だけ届いていた。

 第三図書室は図書室というより書庫に近いもので、学校や地域の歴史がまとめられた自費出版の本や部誌、デカくて重くて古い百科事典などの『保管はしておきたいが頻繁には使わない』類の書籍が集められているところだ。

 ちなみに第一がいわゆる普通の図書室、第二が自習スペースになっていて、みっつの図書室は普段から自由に出入りすることができる。

 多目的ルームから近すぎず、普段からほぼ利用者がいないので、密会するのには第三が丁度いい。

 俺は了解の意を伝えるスタンプを送ってから、小走りで第三図書室へと向かった。


「なんというか、図書室っぽくはないよな、この部屋」

 

 もとは文芸部の部室だったらしい第三図書室の扉は、他の教室と違って開き戸になっている。

 俺は『入室前にノックしてください』という、テープまですっかり日焼けした注意書きが貼られている扉をノックした。


「どうぞ」


 扉を開けると、紙とインク、そしてわずかなほこりの匂いが鼻を突いた。

 教室の半分ほどの広さがある第三図書室内には、左右の壁一面を覆う形で本棚が設置されている。

 しかし、それでもすべてを納めきることはできないようで、床に平積ひらづみにされている本も多い。

 埃避けのシーツが被せられている山もあるけど……全体的に、あまり保存状態がいいとは言えないな、これは。


「ごめん友瀬さん、待たせちゃった?」

「いえ、大丈夫です」


 友瀬さんはひとりで手持ち無沙汰だったのか、本棚を物色していたようだった。

 彼女と姫乃さんは少数派――クラス会終了後すぐに解散してしまったグループ――だったが、この場に姫乃さんの姿はない。

 俺と同じで、姫乃さんに『少し外す』と言ってここに来ているのかもしれない。

 

「あの、染矢くん。昨日といい、さっきといい……いろいろと迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「いいっていいって、気にしないで」

「だってわたし、あなたの好意を利用するようなことを――」

「しーっ!大きい、声が大きいよ友瀬さん」

「あっ、ごめんなさい」


 友瀬さんは両手で口を覆って、俺に頭を下げた。

 いや俺はいいんだけどさ、またさっきみたいに面倒なことになったらアレだし。

 うん、早いとこ要件を済ませてしまおう。


「はいこれ、お守り」

「ありがとうございます。では、わたしからはこれを」

 

 お守りと引き換えに渡されたのは、代金が入っているであろうシンプルなポチ袋と、可愛らしいデザインの封筒だった。

 女子ってほんと、よくこういうのを持ってるよなぁ。

 一緒にどこかへ遊びに行ったときとか、俊一のついでみたいな感じでたまにもらってたっけ。


「その、恥ずかしいので、お手紙は帰ってから読んでください」

「可愛い……」

「か、かわいいって」

「ん?あっ、いや封筒がさ。これ、封蝋ふうろうってやつでしょ?」

「あ、そうですよね、封筒が……」


 ……その反応は何ですか、友瀬さん。

 まるで『自分のことを可愛いと言った』と思ってたみたいな反応は。

 俺にいったいどうしろっていうんですか。

 あれか、服を褒めろと?

 好きな女子の私服を褒めない男子なんていないでしょってこと?

 いやでも、好きでもない男に服を褒められてうれしいのか?

 ……神社じゃ余計な事を言って面倒に巻き込まれたし、ここは可及的かきゅうてき速やかに退散しておこう。

 

 俺は逃げ出した。


「じゃあ、俺はこれで――」

「あの!……少しだけ、染矢くんとお話してもいいですか?」


 しかし回り込まれてしまった。

 救いはないんですか……?


 えっ、これほんとに褒めたほうがいい流れ?

 どうする、どう褒める?

 もしここで変なこと言って嫌われちゃったら、巡り巡って、俊一と姫乃さんの距離が遠ざかってしまうかもしれない。

 何とか当たりさわりのないように……そうだ、アクセサリーとかどうだろう。

 友瀬さん、相当姫乃さんと仲がいいみたいだし、髪留かみどめとか、イヤリングなんかを送り合ってるかもしれない。

 間接的に姫乃さんを褒めることができれば、好感度が上がるかも。

 少なくとも、それで印象が悪くなることはないんじゃないだろうか。

 そうと決まれば。


「友瀬さんさ、――」

 

 俺が友瀬さんを褒めて開放してもらおうとしたそのとき、誰かが扉をノックした。

 続いて、扉の向こう側から声がかけられる。

 

「あの、誰かいますかー?」


 この声は確かうちのクラスの、図書委員の女子。

 今朝もクラス会の準備にいた、委員の相方の男子とふたりだけの世界に入っていた女子。

 彼から惚れられていることに、おそらく全く気づいていなかった女子。

 どうしてここに?

 ……じゃなくて、まずい!

 さっきは俊一が察してアシストしてくれたからよかったものの、いま友瀬さんとふたりで居るところを見られたら、いよいよどうにもならない!

 友瀬さんの方もかなり焦っているのか、部屋の中でどこかに隠れられないか探しているみたいだ。

 でも掃除用具入れは狭すぎるし、机の下なんかじゃすぐばれるし、ああもうどうしよう!

 

 その時、俺の視界の端に映ったのは、部屋の隅に積み上げられた本の山……より正確には、本の山にかけられた埃よけのシーツだった。

 

 我ながら『さすがに無理がある』と思いつつ、俺は友瀬さんの手を引いて部屋の隅まで連れて行き、本の山にかけられたシーツを引っぺがして自分たちを覆い隠した。

 友瀬さんは驚くと声が出ないタイプの人なのか、はたまた、もの凄く察しが良い人なのか。

 されるがまま、驚きで目を見開いて俺を見つめたままで、一緒にシーツの中へ隠れてくれた。


 俺たちが身を隠してすぐ、図書室の扉が静かに開かれた。

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