なぜ少年は少女に呼び出されたか

染矢くんと王子くんはクラス会に参加します

 

 神社でのアクシデントから一夜明けて、翌朝。

 ゴールデンウィーク二日目の今日は、A組B組合同の懇親会が開かれる日だ。

 会費の大半を一部のB組――もちろん俊一目当ての女子と、姫乃さん目当ての男子のことだ――が負担する都合上、少しでも節約するために、会場は学校の多目的ルームである。

 いくら彼・彼女らの恋心が果てしないものでも、財布の中身には果てがあるものだから……うん、仕方ないね!

 こっちとしても会場が学校なら通学定期が使えて、交通費が浮くからちょっと助かるし。

 高校生というのは、何かと物入ものいりなのである。

 それが必要な出費かどうかはさておいて。


「しかし、あれだな。私服で学校に居るってのは妙な気分だ」

「そうだね」

「お前はなんで制服着てんだよ」


 有志がわざわざ『当日は私服オッケーだからね、制服じゃなくていいからね!』と口をっぱくして言ってたのに。

 十中八九じゅっちゅうはっく、俊一と姫乃さんの私服姿が見たくて言ってただろうに、このアホは制服を着ていた。

 財布の中身をけずってまで私服が見たかった彼……は多分居ないか、彼女たちがかわいそうだ。

 

「面白いかなと思って」

「あれはフリじゃないんだよ!」

 

 俊一は俺のツッコミを受けてニコニコしている、なんだこいつ。

 チェック柄のパンツに男女でほぼ共通のブレザー、内側には校章をアイロンプリントしたシャツを着て、首元には学年色の青いネクタイという出で立ち。

 はじめて袖を通したときには特別なものに感じた制服も、入学からひと月も経った現在では、ずいぶん見慣れたものになってしまった。

 衣替えして夏服に変わったら、また少し新鮮な気持ちになるんだろうけど。

 ……しかし、やはり俊一はくさってもイケメンだな。

 まず間違いなく、来年の今頃には学校紹介のパンフレットに載っているだろう。

 姫乃さんと一緒に。

 

「ちゃんと私服もあるよ」

「は?」

「しかも二着」

「なぜに?」

「豊彦と被ったら悪いかと」

「はぁ……トイレで着替えてこい」

「はーい」

「まったく……」


 なんか、たまにああいうこと言うんだよな、あいつ。

 これだからあいつとはずっと友達でいられるんだ。

 だが、しばらくして戻ってきた俊一は、俺と駄々被だだかぶりの服装をしていた。

 無言でトイレに送り返してやったわ、クソが。

 俺の純粋な気持ちを返せ!

 

 そんなこんなで、ようやく俊一のお色直しが終わり。

 散々無駄な時間を食ってから、俺たちは会場の前までたどり着いた。

 多目的ルームの扉は、普段使っている教室のそれと比べて見た目が少し綺麗で、建付たてつけもよかった。

 きっと、この教室はそこまで頻繁ひんぱんには使われていなくて、部品が摩耗まもうしてないんだろう。

 中学にも似たような教室があったけど、あっちもほとんど使わなかったし、高校もそうなるのかもな。

 

「おーす」

「あれ、もう来たの染矢……と、王子くん!?」


 俺の後に続く俊一を見た女子たちは、にわかに色めき立った。

 それまでのリラックスした雰囲気から一転、前髪や化粧を気にしたり、スカートのしわを直したりし始めた。

 うーん、先に一報入れたほうがよかったかな?

 

「えっ、なんで?今日お昼過ぎからなのに!」

「豊彦がさ、せっかくなら準備を手伝おうって言うから」

 

 そう聞いて俺に視線を送る女子たちへ、無言でサムズアップ。

 自ら望んでやっていることとはいえ、彼女たちはそれなりに身銭みぜにを切ってるわけだから、何か少しくらい見返りがあってもいいだろう。

 少しというにはほんのちょっと、いや、かなり刺激が強すぎたかもしれないけど。


 見回すと、室内に俺たち以外の男子の姿はない。

 追加の買い出しに行ってるとか、シンプルに遅刻してるとか、まぁそんな感じだろう。

 彼女たちは絶賛雑談中だったみたいだし、まだ室内の机を動かした様子もない。

 諸々の力仕事は男子が合流してから始めよう、という腹づもりらしい。

 それまではゆっくり休憩時間といったところか。

 

「ひょっとして、僕ら邪魔?」


 だが、俊一の目には『女子だけのクローズドな自由時間』に写ったようだ。

 そんなわけなかろうよ。


「ううん、ぜんぜん!」

「やったー!王子くん、こっち来て来て!」

「クラス会、企画してよかったね!」

「染矢、一袋くらいならお菓子独り占めしてもいいわよ」

「えっ、菓子でも食って黙ってろってこと……?」

「違うわよ!なんでそうなるの」

「冗談、冗談」

 

 まぁでも、しばらくは邪魔にならないように避難しとこうっと。

 俺は教卓に積み上げられたお菓子の山から小さめの袋ポテチをひとつ拝借して、扉の近くの席に腰を据えた。

 

「ねぇ、王子くんはゴールデンウィーク中何してるの?」

「ほとんどサッカー部の練習ばかりだよ、明日なんて朝から他校との合同練習もあるし――」

「えーっ、それどこでやるの!?」

「私たちが見に行ってもいいやつ?」

「近くの運動場でやるよ。たぶん誰でも見られるんじゃないかな?午後から試合形式って言ってたから、見るならそっちの方が楽しいかもね」

「絶対見に行く!」


 ちなみに俺も、もちろん見に行く。

 といっても、俺の主目的は俊一の応援ではない。

 中学の先輩が何人か練習相手の高校に進学していて、彼らも明日の練習に参加するらしいので、久しぶりに会って挨拶がしたいからだ。

 別に俺自身はサッカー部ではなかったんだけど、普通に仲が良かったから。


 そんな調子で女子たちが俊一との会話に花を咲かせていると、俺の背後で扉が開いた。

 

「おーっす、遅くなってすまんね……あれ、もう王子様来てるな?」

「あ、ホントだ、ずいぶん早いじゃん」

「おーい野朗共、俊一だけじゃなく俺もいるぞ?しかも目の前に」

「てことは下手人げしゅにんはお前か、染矢」

「……なんで俺にらまれてるの?」

「こいつ、あの中に意中いちゅうの女子がいるんだよ」


 遅れてやってきた男子のひとりから耳打ちされた。

 どうやら、姫乃さん目当てではない男も居たらしい。


「あー、そりゃスマンことしたな……」

「少しでも悪いと思ってるなら、とりあえずそのポテチを寄越よこせ」

安上やすあがりだなぁ。ほれ」

 

 そいつは俺の手から袋を奪うようにして受け取ると、ポテチを鷲掴わしづかみにしてバリボリとむさぼり始めた。

 おまけに、今買い出ししたばかりのレジ袋からデカいコーラを取り出し、ラッパ飲みまでしている。

 やけ食いは体に良くないぞー。

 

 しかし、誰が誰を好きなのかとか、誰と誰が付き合ってるだとか、そういうのを察知する能力はどう身につければいいんだろうな?

 やっぱり、今みたいに人伝ひとづてに聞くのが一番手っ取り早い方法なんだろうが、毎回それができるとも限らない。

 恋愛経験が豊富な人間には、なにかこう、嗅覚きゅうかくのようなものが備わるようになるんだろうか。


 と、件の男子がやけ食いしていることに気が付いたのか、推定『意中の女子』がこちらに近づいてきた。


「あ、ちょっと!なんで飲み物開けちゃうのよ!しかも口付けて飲んで!」

「うるせー!」

「あーもう、口の周り食べかすだらけだし……」

「おいやめっ、自分で拭くから!」

「しゃべらない!動かない!」


 ほかの男子ズに無言で視線を送る俺。

 無言で首を振る男子ズ。

 ついでに女子たちの方も見てみる。

 諦めたような顔で首を振る女子たち。

 うーん、この。


「さ、全員集まったんだから、さっさと準備するわよ」

『はーい』


 さっき俺にお菓子を勧めてきた女子が音頭をとって、ようやくクラス会の準備が始まった。

 約二名を除いて。


 

 ◇


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