染矢くんは友瀬さんと約束します

 

 ◇


 

「はぁ~……」


 染矢くんから逃げ出し、転がり込むようにバスに乗ったわたしは、手近な席に思い切り体を預けて大きく息を吐いた。


「なんで、どうしてこんなことに」


 初めて、告白というものをされた。

 自分から誰かに告白したこともないのに。

 その事実が、彼の告白の言葉が、頭の中をぐるぐる巡る。

 

 ……まだ、顔が熱い。

 心臓の鼓動こどうが激しすぎて、いまにも体がけてしまいそうだ。


「助けて、由佳ちゃん……」


 世界で一番大切なわたしの親友、姫乃由佳ちゃん。

 彼女の顔を思い浮かべて、なんとか心を落ち着けようとする。

 すこしだけ落ち着いたので、今度はスマホを開いて、ふたりで写っている写真をひたすらながめる。

 ……かなり落ち着いてきたので、すこしだけ現実を見始める。


「わたし、由佳ちゃんのためにお参りしただけなのに――」


 ことの発端ほったんは数日前、いつものようにふたりで一緒に帰り道を歩いていた時のこと。


 ◆


「――あのね、なつきちゃん」


 由佳ちゃんは急に歩みを止め、わたしのほうに向きなおった。

 その顔はなにやら真剣な、それでいてどこか幸せそうな表情を浮かべている。

 

「なあに、由佳ちゃん」

「私、好きな人ができちゃったかも」

「えええ!」


 数多あまたの男子をとりこにして、告白してきたそいつら全員を玉砕させてきた由佳ちゃんが。

 自分に好意を向けてきた男子のせいで、恋愛にいいイメージを持てないと言っていた由佳ちゃんが。

 誰かに恋をしている。


「だれ、だれなの!?」

「同じクラスの、王子くんなんだけど……」

「ああ、あのすごいイケメンの彼」

「そうなの!でも王子くんね、性格もすごく素敵で――」


 由佳ちゃんはすごい勢いで王子くんの長所を上げ続けている。

 彼女が恋をするのは、たぶんいい傾向なんだろう。

 でも、もし仮に、由佳ちゃんと王子くんが付き合うことになったら。

 わたしとはもう、あまり一緒に居てくれなくなっちゃうのかな。


 ……いや、そうじゃないでしょ、わたし!

 由佳ちゃんが恋をしてるっていうなら、それを応援しないなんてこと、絶対にあり得ないんだから。

 幸い、べつに王子くんのことは好きでも、嫌いでもないし。

 恋愛小説や少女漫画なんかでは、親友と同じ人を好きになっちゃうとかよく見る話だけど。

 現実にそんなことが起きなくてよかった。

 きっと、どうすればいいかわからなくなってしまうから。


 わたしは由佳ちゃんの手をしっかりと握って、彼女による“王子くんの長所ひとり発表会”をさえぎった。


「わたし、由佳ちゃんのこと応援するから。王子くんと幸せになれるよう、一緒に頑張ろうね!」


 ◆


『――俺はさ、友瀬さんのこと応援してるから。友瀬さんが幸せになってくれれば、それでいいから』


 さっきの染矢くんの言葉を思い出してしまった。


「あわわわわ……」


 思わずスマホを取り落としてしまった。

 落とした先がひざの上でよかった……。


「染矢くん、か。ちょっとこう、なんというか、チャラそうなのが苦手だなぁ。さっきだってサングラスしてたし、変ながらのシャツを着てたし……」


 あまり意識したことはなかったけど、私服を見て余計苦手になってしまったかもしれない。


 バスから電車に乗り換えながら、わたしは染矢くんについて思い出すことにした。


「入学式は……そうだ、たしかあの時」


 クラスの顔合わせの日、自己紹介の時間。

 彼は自分のことではなく、自身の幼馴染だという王子くんのことばかり話していた。

 自己紹介なのに、ほとんど他人のことを話して終わっちゃってたんだ。

 あまりにも王子くんのことばかり話すものだから、途中で先生に止められてたっけ。


「ふふっ、おかしい」

 

 あれが彼のなのか、先生のツッコミを待っていたのかはわからない。

 でも実際、染矢くんは王子くんと一緒に居るところをよく見かける。

 ふたりで楽しそうに話したり、じゃれあったりしているところを。


「そうだ、染矢くんだよ」


 由佳ちゃんが恋した、王子くん。

 その王子くんと、とっても仲がいい染矢くん。

 彼を通じて、なんとか由佳ちゃんと王子くんを繋げられないかな?

 あのふたりが話すきっかけを少しでも多くできたら、王子くんもいい人そうだし、きっとすぐに仲良くなれる。

 そしたら由佳ちゃんが、王子くんと付き合える可能性が少しでも上がる、かも。


「でも人の……こ、恋心を利用するのは気が引けちゃうかも」


 わたしのことを好きだと言ってくれたけど、本当なんだろうか。

 過去にも、わたしを利用して由佳ちゃんに近付こうとする男子がいた。

 かわりにラブレターを渡してくれと言われたことも、それを断ってひどい言葉をびせられたこともあった。

 

 ……いったい彼が、染矢くんが、どんな人なのかわからない。

 知ろうとしたことがないから。

 そんな彼の……もしかしたら、わたしへの純粋な気持ちかもしれないのに、その恋心を利用するのはどうなんだろう。

 

「他人を傷つけるようなことはしたくないかな、神様に頼るとかは全然いいんだけど……あっ」


 そういえば。

 わたし、まだお守り受け取ってない。

 どうしよう、もう電車乗っちゃったし、戻ってる時間もないし。

 ……代わりにお守りを受け取ってもらうくらいなら、気持ちを利用したことにはならない、よね?

 

「きいて、みようかな」


 わたしはクラスのグループトークから『染矢豊彦』の文字を探して……少し躊躇ってから、連絡先に追加した。


 

 ◇


 

「なんか、凄く複雑な気持ち……」


 過去に背中を刺されてげんなりしていると、スマホが通知音を鳴らした。


「ん?誰からだろ」


 画面に映っていたのは、メッセージアプリからの通知。

 友瀬さんから“友だち”に追加されたことを知らせるものだった。

 たぶん、クラスのグループから俺を探し出したのだろう。


「ありゃ、先を越されたかな?……いや、別れてから一時間くらいは経ってるか。どんだけあの巫女さんに時間取られてんだよ俺は」


 続けて、彼女からメッセージが送られてくる。


『染矢くん、さっきは取り乱してしまってごめんなさい』

『気持ちが落ち着かないので、お返事はしばらく保留ほりゅうにさせてください』


「……いや、どうせ振るのに保留もなにもないと思うんだけどなぁ?まさか、自分が振られた時のためのってわけでもないだろうし」


 メッセージは次々送られてくる。


『それでその、不躾ぶしつけで申し訳ないのですが』

『さっき、社務所でお守りを貰い忘れてしまったので』

『かわりに受け取っていただけませんでしょうか』

『お金は、明日のクラス会でお渡ししますので』

『お守りも明日渡してほしいです』

『無理にとは言いませんけど……』

『可能なら、お願いしたいです』


 ああ、なるほど。

 俺に頼みごとをするのに、振ってからだと都合が悪いと思ったのかな?

 先延ばしの理由がなんであったにせよ、向こうから来てくれるなら大助おおだすかりだ。

 どう切り出したものか迷ってたから。

 ……俺相手は気まずいだろうに、自分から連絡するなんて。


「よっぽど真剣に恋してるんだろうな、友瀬さん」

 

 だったら返事はすぐしないとな。


『友瀬さんへ』

『こちらこそ、混乱させてしまってごめんなさい』

『そう言われるかなと思って、さっき友瀬さんの分も受け取ってきました』

『お参りもしなおして、「お守りの持ち主にご利益がありますように」ってお願いしておいたから』

『たぶん、俺以外が持ってても大丈夫だと思う』

『クラス会って、A組と合同でやるやつだよね?』

『万が一明日が無理ってなっても』

『友瀬さんの都合のいい時に渡せるから』

『いつでも言ってください』

『待ってます』


「よし、と」


 まぁ、こんなもんだろう。

 ……お参りはしたものの、社務所であの巫女さんに絡まれたからなぁ。

 変な影響が出ないといいんだけど。

 いやマジで、なんかよくないことが起こりそうで怖い。

 これ、信心深い……というより、迷信深いってことなのか、俺?


 あぁ、なんで“クラス会”なのになのかって?

 うちの高校では体育みたいな特殊な授業や行事――たとえば遠足や修学旅行、校外学習――なんかをするときに、隣同士のふたクラスを頻繁ひんぱんに合体させるから、その時に備えて親交を深めるためですね。

 ……という、長々とした理由はもちろん対外的な建前たてまえで。

 うちのクラスの“王子様狙いの女子”と“お姫様狙いの男子”が結託けったくしたから、というのが真相ホンネである。

 そのかわり、明日の会費の大半は彼・彼女たちが負担することになっている。

 人間、恋するとなりふりかまわず何でもやるんだなぁ……。


 再びスマホが鳴った。


『もう受け取ってくれてたんですか!?』

『というか、お参りしなおしたって』

 

『いやほら、神社でうるさくしちゃったし』

『人に渡すものなのに、ばち当たりなことしたまま貰うのはよくないかな、と』


 少し間をおいて、再び通知が。


『なんと、いうか』

『本当に、ごめんなさい』


『謝らないでよ、友瀬さん』

『なんかこう、虚しくなってくるからさ……』


 具体的には、過去三度の失恋がよみがえるから……。


『ごめんなさい!』

『あ』

『その』

『黙ります』


『普通に会話してくれればいいよ!?』


「ふふっ……」


 友瀬さん、ああ見えて結構所があるのかもしれない。

 

『それで、クラス会って合同のやつでいいんだよね?』


『はい、そうです』

『いいタイミングで連絡するので』

『その時にお願いします』


『オッケー、了解』

『それじゃあ、明日』


『はい』

『またあした』


 可愛らしい黒猫のキャラが『よろしくお願いします』と頭を下げているスタンプが送られてきた。

 使ってるスタンプはイメージ通り……いや、本当にそうとは限らないか。

 送る相手によって使い分けるよな、普通。

 俊一とかこの前『全部ハナクソのスタンプ』とか買ってたしな、誰に送るんだっての。

 はいそうですね、その日の夜に送ってきましたよ、俺に。

 俺も買って投げ返してやりましたとも、ハナクソ爆撃。

 ……いやいや、いまは俊一のことを思い出してる場合じゃないな。

 

 俺は、数あるスタンプの中から“真面目なやり取りしかしない人”が相手でも気兼ねなく送れるものを選んで、友瀬さんに送信した。


「ふぅ」


 神社に行くだけのはずが、ここまで疲れるとはちょっと思わなかったな。

 なんとも形容しがたい、今まで味わったことのない疲れだ。

 でも不思議と、悪い気は全くしない。

 なんでだろう?


「ま、いっか」

 

 明日は少し、期待していたよりも楽しい一日になる気がしてきた。


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