File03-05

「たいそう立派な状況だなあ」

 映画館の外で、その赤茶髪の女刑事――リーチェ・ターコイズは呆れたように呟いた。

 映画館からはもくもくと白い煙が上がっており、ぞろぞろと観客たちが外に出てきていた。そして、その観客たちの最後にリュウとビィが出てきた。リーチェは小さく息を吐き出したあと、二人のもとへと向かった。リュウの持つロッドを見て、リーチェは声をかけた。

「失礼。魔導管理局の方ですね」

「え、あ、はい」

「刑事の、リーチェ・ターコイズです」

 そう言って警察手帳を見せると、リュウは「あ……」と苦い表情を浮かべた。それを見て、リーチェはやっぱり、と確信した。

「この爆発の原因はあなたですね。人質事件が発生したからといって、建物の爆破が許されると思ったんですかね?」

 少し嫌味っぽく、リーチェはリュウに向かって言う。そして、事件のいきさつを説明し始めた。

「本日十五時五分、『アンダーナイフ』の幹部を名乗る男から、警察に連絡があった。内容は、シネマシティ・セントラル三番館にいる観客百人相当を人質に取った。一人も傷つけずに解放して欲しければ、五十億を用意しろ、という内容だった」

「五十億……」

「それから対策本部が設立され、映画館周辺に警官の配備を行おうとしたとき、映画館に向かって飛んでくる人間らしき影があった。魔術士か魔導士かと思ったが、まだ魔導管理局に協力要請はしていない。そもそも、一般犯罪に魔導管理局の人間を関わらせるはずもない。が、その人物は映画館に突入して、……十五時十五分、一度目の爆発を起こした」

 その爆発を起こした張本人が、リュウの隣にいる小柄な少女であることに、リーチェは気付いていない。リュウのせい、と言うように睨んでいる。

「その直後、二度目の爆発。警官配備が完了した十五時二十五分、三度目の爆発が起きた。前二つとは比べ物にならないくらいの馬鹿でかいものだ」

 リーチェの口調はいつの間にか厳しいものになっていた。一言一言にとげを感じるリュウは、目を閉じて眉間に皺を寄せている。申し訳ない、と心の中で思っているが、自分のせいでない部分が大きい。

「貴女の言う、一度目と二度目の爆発は私が起こしたものです」

「……は?」

 その時、ビィが突然そう言った。リーチェはわけがわからないと言うようにビィの顔を見て声を上げた。ビィのことをリュウが救助した子どもか何かかと思っているリーチェは呆れたようにビィに言う。

「君が爆発? あのね、これは大人の話をしているわけだ。と、言うか、君は?」

「俺のバディです。まあ、信じてもらえないでしょうが、今こいつが言ったことが事実です」

 リュウが補足するように言うと、リーチェはぱちぱちと瞬きをして「はあ?」と疑うように聞き返した。と、そのとき。

「リュウ! 全員とっ捕まえたわよー!」

 映画館から、明るい声を上げて出てくる少女。それを見て、リーチェは大きく目を開いた。

「なっ……?!」

 ルミナはロッドを高く掲げながら手を振っていた。もう一方の手には大きな紙袋が握られている。その後ろに、赤い光の縄で縛られ、引きずられるように『アンダーナイフ』のメンバーがついてきていた。

「また派手にやったなあ……」

 リュウは『アンダーナイフ』のメンバーの顔を見て小さく零す。全員、煤を被ったかのような真っ黒な顔をしていた。

 そしてルミナはリュウのもとに来て、にこにこと笑う。

「いやあ、やっぱり力加減ってできないものね。むっずかしいなー」

「明るい笑顔で恐ろしいことを言うな。あ、こちらは」

 リュウが隣に立っているリーチェを手で示す。まさか自分に振られるとは思っていなかったリーチェは「え?!」と声を上げた。

「あ、あーっと、……け、刑事のリーチェ・ターコイズです。こいつらは……?」

「武装犯罪集団『アンダーナイフ』のメンバーです。全員懲らしめてやりましたよ!」

 にっこりと笑って言うルミナに、リーチェは表情を引きつらせる。

「メンバーの一人に登録外魔術士がいて、あたしたちに危害を加えようとしたので『正当防衛』で魔術展開しました!」

 声のトーンだけ聞けば、明るく元気な年頃の少女。しかし、彼女はつい先ほど、リーチェの言葉で言えば「馬鹿でかい」爆発を起こした張本人なのである。



 ルミナが連れてきた『アンダーナイフ』のメンバーたちは、事情聴取のため警察に連行されることとなった。その聴取が現在行われている。その後、リュウとルミナ、ビィにも状況説明の聴取があるため、三人は警察署の接待室で待機していた。

「あ、そういえばビィ」

 その時、突然ルミナが声を上げた。そして、紙袋をビィに渡す。

「これは、何でしょうか」

「ビィの服よ。あたしが選んだんだからね!」

 胸を張るように突き出しながら、にっこりと笑ってルミナは言う。ビィは受け取った袋を見つめて、それからルミナを見た。

「何故、貴女が私の服を選択したのですか」

「リュウがね、選んでくれって言ったの。自分がセンスないからってねー」

「センスないって失礼だな。一般並には持ってると思うが」

「あ、自信ないんだ」

 ふふっ、と笑いながらルミナはリュウを指さす。確かに女物の服を選べるほどのセンスを持ち合わせていない、と自覚しているリュウはルミナの言葉に何も言えなくなった。

「マスターには、思慮に欠けている、ということでしょうか」

「……ビィ、意味的にそっちのセンスじゃない。俺も一応魔導士だからな、思慮に欠けてるってことはないぞ」

「しかし、センスがないという言動を否定しないことから、そう判断することができます」

「あのなあ……」

「ねえ、それよりあたしの選んだ服は見てくれないの?」

 話を聞いていて、埒があかないと思ったルミナは二人の会話を止めるようにビィに尋ねた。ビィはルミナの顔を見てぱちぱちと瞬きをした後、持っていた紙袋を見た。

「中身を確認してもよろしいのですか」

「もちろん。だって、それはビィへのプレゼントだから」

「……私への、プレゼント」

 ルミナの言葉を、ゆっくりと繰り返すビィ。袋を見つめる視線は、いつもよりも柔らかいようにリュウには見えた。それからビィは、袋の中身を取り出す。じっと服を見つめているビィの横顔を見て、ルミナが恐る恐る尋ねる。

「どう、かな?」

「その問いにはどのように返答すればよろしいのでしょうか」

「これからも着たいかどうか、で答えればいい」

 リュウが言うと、ビィは服を丁寧に畳んで袋の中に戻した。そして、ルミナのほうを向く。

「今後も、着用していきたいと考えます」

「ってことは、気に入ってくれたってこと?!」

「まあ、そうなるんじゃないのか? よかったな、気に入ってもらえて」

 ルミナのほうを向いてリュウが微笑む。その笑顔に、ルミナは今日何度目かわからなくなる、胸の高鳴りを感じた。

「あっ、当たり前でしょ! あたしが選んだ服なんだから!」

 リュウから顔をそらし、また腰に手をあて胸を張ってルミナは言う。ルミナの横顔から見える頬は、やはり赤く染まっているのだった。

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【旧版】Magician of Black ―魔導管理局の黒き死神― 桃月ユイ @pirch_yui

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