File03-04
男が引き金に指をかけようとした直後。
男の手に握られていた銃が宙を舞い、地面に落ちた。
ステージの上には『アンダーナイフ』の五人と、もう一人。
男は、自分の手を見て、強い衝撃を受けた痺れがあることを確認した。
「テメェは、さっきの……。何の用だ」
「一発お前を殴ろうと思って来た」
男の横に立っているのは、リュウ。じっと、男を睨んでいる。
「殴る? 蹴るの間違いじゃねぇのか?」
リュウは子どもと母親に銃口が向けられた瞬間、座席から立ち上がり、前の座席の上を走ってステージに向かった。突然の行動に、リーダー格以外の男たちは驚き、リュウを止めることができなかった。そしてリュウはその勢いのまま、男の手を蹴り上げて銃を手放させた。
「今からぶん殴るんだよ」
「はっ! 笑わせんな、一般人!」
そう言ってリーダー格の男はどこからかナイフを取り出してリュウのわき腹向かって突き刺そうとした。
「リュウ!!」
館内にルミナの声が響く。リュウが男のナイフを避けようとした、瞬間。
ドンッ、という爆発音。ステージの近くにあった非常口の扉が、吹き飛んだ。
「なっ、何だ?!」
リーダー格の男だけでなく、『アンダーナイフ』のメンバーたちは動揺した表情を浮かべている。彼らが仕掛けた何かではない様子だった。リュウも、何が起きたのかわからず、非常口のほうを見ていた。その直後、再び爆発音が響いた。
「きゃあ!!」
観客たちはまた頭を抱えてしゃがみこむ。爆発の影響であたりに埃が舞い上がり、視野が悪くなる。リュウは口に手をあて、眉間に皺を寄せながら周囲を見た。
「何も見えない……何があった?」
「マスター」
背後から声がした。リュウがふり向くと、そこにはビィの姿があった。リュウは驚いたように大きく目を開いた。
「ビィ?! 何でお前、ここに!」
「マスターが危険な状態にいると仰っていたので、救助に来ました」
「救、助?」
意味がわからず、リュウがビィの言葉を繰り返す。ビィは頷いた。
「マスターの身を守ることが、私の役目です」
「……うん、えーっと、だな。一歩間違ったら、俺ごとぶっ飛んでたからな」
リュウは非常口の方を見ながら苦笑いを浮かべた。
「問題ありません。マスターの位置を魔力波動で認識した上で爆発させました」
「……さすが、元爆弾……」
リュウははあ、と大きく息を吐き出して、眉間をつまむように親指と人差し指で押さえた。
「魔術展開!」
埃が舞う中で、その声がやけに響いた。リュウがはっと声の方を向いた直後、ビィに向かって何かが飛んできた。
「ビィ!!」
ビィの体に、何かが縛るように巻きついた。ビィは一歩後ろにふらついたが、倒れることはなかった。リュウが目を凝らしてビィに巻きついているものを見た。それは、水だった。
「まさか……」
「どこの誰だか知らんが、俺たちの邪魔をするものには容赦しないぞ?」
埃が少しずつ地面に落ち、視界が晴れる。そこに、『アンダーナイフ』のリーダー格と青いバンダナをつけた男が前に立ち、その後ろに他の三人が立っていた。青いバンダナの男の手には、カートリッジを挿入しているロッドが握られている。
「……お前、魔術士か」
「だとしたら、何だ」
にやりと笑いながら青いバンダナの男は答える。
「どうやったかわからんが、その女はお前の仲間だな? まあ、こうやって水の鎖で縛っている限り、動くことはできないだろうけどな」
「……へえ、あんた魔術士だったんだ」
リュウと同じ言葉を言う、少女の声。『アンダーナイフ』の面々は、どこから声がしたのかときょろきょろと辺りを見る。そして、視界が晴れた観客席の方を見て、唖然となった。
「な、何っ?!」
そこには赤い光の壁ができていて、観客席の一番前にハンマー形のロッドを持っている桃色の髪の少女――ルミナがステージ側を見て立っていた。
「ルミナ、お前……」
「非常事態、一般人の救助のための魔術行使は許可する。さっきの爆発は非常事態ってことにしとくわよ、リュウ」
にっこりと笑いながらルミナは言って、ロッドを下ろす。すると、光の壁は消えた。その光景を見て、青いバンダナの男も、『アンダーナイフ』の面々も沈黙していた。
「集団犯罪発生時、その一員に一人でも登録外魔術士・魔導士および魔法使いがいた場合、魔術行使で犯罪を鎮圧することを許可する。だったわよね、リュウ?」
「ああ、そういえばそうだったな」
ルミナの言葉を聞いてリュウは頷き、ジャケットの裏ポケットから何かを取り出した。それを見て、リーダー格の男がようやく声を上げた。
「お、お前らは一体何者だ!」
「ビィ、さっさとそいつ外せ」
「了解しました」
リュウの言葉にビィは返事をして、自分を縛る水の鎖を見つめた。
「魔術コード解析完了。解除します」
ビィが言った瞬間、ぱん、と風船が割れるように水の鎖がはじけ飛んだ。その光景に、青いバンダナの男が「なっ?!」と大声を上げた。
「な、何でロッドも使わずに俺の魔術を……」
「魔術展開」
リュウが唱えると、手に持っていたネックレスが黒いロッドに変化した。それから手に持っていたカートリッジを挿しこみ、『アンダーナイフ』の面々に向ける。
「俺たちが何者か、って質問だったな。魔導管理局機動部隊第三隊、魔導士リュウ・フジカズだ」
「同じく魔導管理局機動部隊第二隊の魔導士ルミナ・ガーネリアよ」
「魔術管理局機動部隊第三隊、魔導士リュウ・フジカズのバディ、ベリー・オブ・ブラックです」
それぞれが名乗り終えると、『アンダーナイフ』の五人の顔は、真っ青に染まっていた。それは、青いバンダナよりも青かった。
「魔導管理局……、リュウ・フジカズって、あの……『黒き死神』……?!」
「へえ、いい反応だな。さすが登録外でも魔術士なだけあるな」
青いバンダナの男の震える声を聞いて、リュウはふっと笑う。
「まあ理由はさっき言った通りだ。とりあえず」
「あたしたちの休日を邪魔した責任をとってもらいましょうか」
リュウよりも先に、ルミナが言う。その表情はにやりと勝ち誇ったような、どこか不気味なものだった。ルミナのロッドにはしっかりとカートリッジが二本挿入されている。
「……ルミナ、そういう理由でするんじゃなくてな……」
「何言ってるのよ! リュウだって、やっとこの映画見れる予定だったのに!」
「あー……確かに、そうだな」
最初は呆れたようなリュウだったが、実際、今日の目的は映画を見ることだった。パンフレットを買うほど楽しみにしている作品だった。それを、ハイジャックで潰されたことは確かに許せるものではない。
「リュウ、あとはあたしに任せて。あたしがガツンと一発、ね?」
そう言って、ルミナは一歩ずつステージに向かって歩き始める。こうなったルミナを止める手段を持ち合わせていないリュウは、逆にステージから離れて観客に背を向ける形で立った。
「ビィ、来い」
「了解しました」
リュウの指示に従い、ルミナとすれ違う形でビィもステージから降りた。
「……はぁ? お前が俺たちの相手、だと?」
「ま、そう言うことね」
ルミナは首を右に左に曲げ、肩を押さえながら腕をぐるぐると回し、大きく深呼吸をする。準備体操は終了したらしい。
「お前みたいなガキが、俺の水の鎖に勝てると思うなよ!!」
青いバンダナの男はロッドをルミナに向ける。青い光の魔法陣がルミナの方を向いて現れて、そこから大量の水が洪水のように溢れ出す。
「登録外魔術士ごときが、あたしに勝てると思わないほうがいいわよ」
そう言って、ルミナはロッドを一振りした。ハンマーから生じた赤い炎が、大量の水を一気に蒸発させた。
「あんた、あたしの話聞いてた? あたしは、『魔導士』なのよ」
「なっ……!」
見た目だけに気を取られていた青いバンダナの男は息を詰まらせた。魔術士と魔導士、どちらの力が強いかは、彼が一番わかっていた。
「あたし、力の加減って苦手なのよねえ? さてと……とりあえず」
ルミナがロッドを天井に向けると、赤い光の魔法陣が生じる。青いバンダナの男が出した魔法陣よりも、中の模様は細かく、そして円が大きい。『アンダーナイフ』の男たちは、目を大きく開いてスクリーンまで身を寄せていた。彼らに逃げる場所はない。
「ビィ、結界展開」
「了解しました」
ルミナの後ろで、リュウとビィが黒い壁を作り出す。それは、観客席全体を被った。
「あ、あの……これは……」
リュウに、ぎゅっと子どもを抱きしめている女が声をかけた。彼女は、先ほど子どもを守ろうとした母親だった。リュウは女のほうを向いて、微笑んで答えた。
「大丈夫です。すぐに終わります」
リュウが言い終えた直後、
「あたしとリュウの時間を邪魔しやがって、このバカヤロ――――ッ!!」
ビィが起こしたもの以上の大きな爆発音があたりに響いた。
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