File03 映画館ジャック事件
File03-01
その日、ルミナは休日だった。
仕事がない、というだけでもルミナのテンションが上がるものなのだが、その日はそれ以上にテンションが上がる出来事があるのだ。
「どうしよ……案外、上手くいっちゃうもんなんだ……」
はあ、と大きく吐き出すため息には、ネガティブな感情は一切含まれていない。むしろ、体の中にたまりすぎている幸せを出そうとしているようだった。
休日、ということもあってルミナの服装はいつもの白いコートと白い帽子ではない。長い桃色の髪を三つ編みのおさげにしている。白いワンピースに、薄水色のデニムジャケット。ジャケットに合わせたデニム生地風のパンプスには、大きな桃色の花のコサージュがついている。
腕時計を見ながら、ルミナは口角を上げる。目をぎゅっと閉じて笑うと、いつも魔導士として働いているとは思えない、年相応の女の子だった。
「ルミナ」
そのとき、ルミナを呼ぶ声がした。はっとルミナが目を開けて声がしたほうを見ると、ルミナが待ちわびていた人物の姿が現れた。
「リュウ!」
ルミナと同じく休日のリュウが、ルミナに向かって小さく手をあげながらやってくる。灰色のジャケットの下は黒いTシャツ、Gパンに黒いスニーカーという、『無難』と言うような服装をしていた。
「悪いな、待たせたか?」
「う、ううん! あたし、も、さっき来た、ばっ、ばっかりだから」
顔を真っ赤にさせて、ルミナは言う。もじもじと手を胸の前で組んだり離したりをしているルミナを、リュウは不思議そうな目で見ていた。
ことのきっかけは、数日前のことだった。
「リュウ!」
その日、局内の廊下を歩いていたリュウとビィは、後ろから聞こえた声に足を止めた。リュウが振り向くと、自分に向かって走ってくるルミナの姿があった。
「ルミナ、どうした?」
「あ、あのさ! えっと……、今度の週末、仕事休み、だったよね?」
「週末……ああ、そうだな」
自分の予定を思い出しながら、リュウは頷いた。ビィがぱちぱちと瞬きをしながら、リュウを見上げている。
「あ。でも、週末はビィの検査があったな」
「えっ」
その予定は、聞いていなかった。ルミナは少し顔を俯けた。ルミナの様子が変わったことに気づき、リュウは心配げに声をかける。
「どうしたんだ? 何か、俺に用があるのか?」
「えと、その……」
ルミナはコートのポケットから、二枚の紙を出す。それは、何かのチケットのようだった。
「それは?」
「前に、リュウが好きだって言ってた映画の監督の、新作……。その、ちょうどチケットが手に入ったから、一緒に、観に行けないかなって」
その言葉に、リュウは驚いたように大きく目を開いた。
「マジか。それ、見せてくれないか?」
「う、うん!」
ぱあっと表情を明るくしたルミナは、チケットの一枚をリュウに渡した。リュウはチケットに記されている映画の情報を、少しでも見逃さないように目を動かして読んでいた。
「観に行きたい」
「ほ、本当に?!」
「ああ。検査のほうは、どうするかな……セイレンさんに任せても問題ないと思うが……。ビィ、お前はどうだ?」
「私はマスターの指示に従うだけです」
リュウの問いに、ビィははっきりと答える。その答えを聞いたルミナは、二人が見えないところでガッツポーズを取った。
「……あ、そうだ」
そのとき、リュウは思い出したように声を上げた。
「ルミナ、ついでだ。俺の買い物にも付き合ってくれないか?」
「え?!」
予想外の言葉に、ルミナは驚きの声を上げる。
「も、もちろん! な、何の買い物?!」
「あー、それは当日ってことでいいか? そんな大したもんじゃないから」
ちら、とビィの方を見ながらリュウはルミナに言った。ルミナはこくこくと何度も頷き、「わかった!」と顔を真っ赤にさせて答えた。
「それで? リュウの買い物って一体何なの?」
待ち合わせ場所からすぐ近くにある商店街の中を歩きながら、ルミナはリュウに尋ねる。
「ああ、そういえば言ってなかったな」
「言ってない。で?」
「ビィの服」
「……はい?」
リュウはごく当たり前のように言ったが、ルミナは意味が解からず聞き返した。
「いや、今はミリーネの昔の服を着せてるんだけどな。やっぱり同じ服ばっかりだと、何か悪いなーと思って、新しい服を買ってやろうと思ってさ」
「は、はあ……」
「けど、俺がビィに合う服とか良くわかんねーし、と思ってたらちょうどルミナが誘ってくれたってわけだ」
買い物に付き合って、というからてっきりリュウの趣味である料理道具のことかと思っていたルミナは、何も言えずに大きく息を吐き出した。それは、リュウを待っているときに出たものとは真逆の、重苦しいものだった。
「ん? どうした、ルミナ?」
「いや、えっと……うん、いいよ。あたしで、よければ……」
あたしと一緒にいるのに、どうして他の女の子の名前を出すのよ。
そうは思っていても、口に出すことの出来ないルミナは首を振って苦笑いを浮かべる。しかし、前向きに考えれば初めて仕事以外でリュウと一緒に外に出ている。しかも、休日で、私服で、二人きり。
「よかった」
にこり、と笑ってリュウが言う。瞬間、ルミナのぐったりとしていた表情はすぐに明るく、ぱあっと輝いた。
「ま、まかせなさいよ! あたしのファッションセンスで、ビィを超かわいくしてあげるんだから!」
「頼もしいな」
「じゃ、あそこのお店行きましょ! あたしのオススメなの!」
そう言って、ルミナはリュウの腕を掴んで走り始めた。引っ張られるリュウは、前を走るルミナを微笑ましい目で見ていた。その二人の光景は、ルミナの望んでいた恋人同士――ではなく、まるで兄妹のようなものだった。
それから数時間後。
「女の子って言うのは恐ろしいものだな……」
「そんなことないわよ。でもあたしのセンスに文句はないでしょ?」
ビィの服を買い終えたリュウとルミナは、商店街の中にあるカフェで一段落ついていた。リュウの足元には、大きな紙袋が三つほどあった。
「確かに助かった。俺だけだったら、多分Tシャツしか買えなかった」
「うん。リュウって案外センスないよね」
くすくすと笑いながらルミナが言うと、リュウは疲れたような顔を浮かべて、テーブルに肘を乗せて頬杖をついた。
「それで? 映画の時間は」
「あと一時間後ってとこかな。あ、もう楽しみでしょうがないとか?」
「それもあるが……ちょっと連絡していいか?」
「え? うん、いいけど」
リュウはジャケットのポケットから携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。
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