File EX ミリーネ、教官への道。
「絶対いや」
ある日の機動部隊第三隊の司令室。通信士のミリーネは、深刻な顔をしてはっきりと大きな声でそう言った。その声に、司令室にいたほかの魔術士や通信士たちは驚いたようにミリーネの方を向いた。
「まあそう言うなよ、ミリーネ。お前ならできるって」
「ふざけんじゃないわよ、デュオ。あんたね、安請け合いして、自分で責任持たないなんて最低よ」
自分の上司であるデュオに対して、冷たい目を向けてミリーネは言う。ぐさり、とデュオの心に何かが突き刺さった。しかし、ミリーネはそんなデュオの心の傷などに気づかず、口を開く。
「だいたいね、自分が面倒だからって私にさせたんでしょ? あんたの考えることなんてわかりきってるわよ。本っ当にあんたって自分で動くのが嫌いなのね。だから人に押し付けるなんて人間としてサイテー。偉いご身分になったからって、何でもかんでも人に押し付けられてさぞかし気分がいいでしょうねぇ。あーあ、羨ましい羨ましい!」
「あ、あのミリーネ通信士……」
「何よ?!」
ミリーネに声をかけた別の通信士は、振り向いてすぐにかけられた怒鳴り声にびくりと体を震わせたが、ミリーネの前にいるデュオに向かってちょんちょんと人差し指を向けた。ミリーネは何事か、と思ってデュオのほうを見ると、「あ」と声を上げた。
「やりすぎたか……」
そこには体操座りをして俯いているデュオの姿があった。その様子を見て、ミリーネは大きく息を吐き出して、デュオの前にしゃがむ。視線を合わせて、先程より随分優しい声で言った。
「言い過ぎたわ、ごめん。まあ、あんまり自信はないけど……とりあえず、やってみる、わ」
ぎこちない言い方だったが、誠心誠意込めた言葉だった。それを聞いた瞬間、がばっとデュオは顔をあげた。
「そうかあ、そうだよなあ。ミリーネならそう言ってくれると思ったぞ!」
にっこりと満面の笑みを浮かべていうデュオを見て、ミリーネがまた文句をつらつらと言ったのは言うまでもない。
「あいつ絶対、一回はぶっ飛ばす」
その日の夜。ミリーネに呼び出されたリュウはとある飲食店にいた。ざわざわと騒がしい店内で、ミリーネはどん、と大きなジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。その顔は、真っ赤に染まっている。
「お前、飲みすぎ」
「うっさい! あー、もう、あの男マジふざけてるわ! 何がお前ならできる、よ!! 腹立つ!!」
一通り怒鳴ったあと、ミリーネは手をあげて「すみません、もう一杯!!」と注文を入れていた。すでに、テーブルの上には数え切れないほどの空のジョッキが散乱している。
「なんで私が教官?! あいつさ、人を見る目がないんじゃないの?! っていうか節穴でしょ、あの目! あー、あの目をぶっ潰してしまいたい!!」
「落ちつけって。それより、愚痴を言うためだけに人を呼んだのか、お前は」
「当たり前でしょ?! あのバカ上司に対して文句の一つや二つ言ってないとやってらんないわよ!」
「あー、まあ……バカ上司って点は同意する」
そう言ってリュウは目の前にあったグラスを手に取り、一口飲んだ。その様子を、ミリーネはどこか虚ろな目で見ていた。
「あんた、そんなちょびちょび飲んで、……女子か何か?」
「ちょびちょびって……いや、俺、あんま酒好きじゃないし」
「はあ?! 本っ当にリュウって人生損してること多いわよね。あーあ、マジでかわいそう」
「はいはい……」
面倒くさい奴に絡まれてしまった。リュウはそう思いながら、テーブルの上のおつまみチーズを口に入れた。
「お待たせしましたー、ジョッキ生ですー」
「はーい、どうもー!」
そのとき、ミリーネが注文したジョッキがやってきた。まだ飲むのか、と内心不気味に思っていたリュウだったが、ミリーネは見事に一気で飲み干したのだった。
それから数日後。ミリーネは訓練所教官の研修会に参加していた。
本当なら参加するつもりはさらさらなかった。しかし、デュオの話に頷いてしまった以上、参加しないわけには行かない。これで断ってしまえば、ミリーネだけではなくデュオの責任問題にもなってしまうのだ。
「こういうところで甘いからダメなのかな、私って……」
席につき、頬杖をつきながらミリーネは配布された資料を読む。教官としてどの科目を担当するのか、どのような内容の講義を行うのか、講義スタイルにはどのようなものがあるか、といったマニュアルのようなそれを、どうでもよさそうに目を通した。
元々、学生時代は勉強することが好きではなかったにも関わらず、このような教官を頼まれるとは、ミリーネの想定外だった。もっといい人が教官になれるでしょ、と内心愚痴を零す。
そうは言っていたミリーネだったが、研修会に参加すればするほど、自分が行う授業のイメージは膨らみ、デモンストレーションなどを見て「いや、私ならもっと上手くできる」と思いながら、実際に自分も擬似授業をする。指摘を受けながら、自分で改良しながら、また授業を行い……を二週間ほど繰り返した。
とある休日のリュウの部屋。
「ミリーネのいい所はさあ、やっぱり自分でするって決めたことをしっかりすることだよなあ」
「……へー」
うっとりとしながら語るデュオに対し、リュウは白けた目を向ける。しかしデュオはそんな視線を一切気にせず、語りを続ける。
「嫌だ嫌だって言ってもさ、俺のためにしてくれるって言うのに愛を感じるよなあ。いや、俺がミリーネに頼んだのは、面倒だからとか抜きで、ミリーネに向いてるからと思ったわけだからな?」
「まあその話はどうでもいい」
リュウは台所を出て、完成させたカルボナーラの皿をリビングのテーブルの上に置いた。リビングにいたデュオは「お!」と嬉しそうな声を上げて皿に手を伸ばそうとしたが、デュオの手は皿ではなく空を掴んだ。皿は、まだリュウが持っていた。
「ん? 何だ、リュウ」
「この間、その話をミリーネから聞かされた。お前の愚痴がほとんどだったけどな」
「ミリーネ、お前にも俺の話をしてくれたのかー」
にやにや、と笑いながら言うデュオ。リュウは文句を言っていたはずなのだが、そのようには届いていなかったらしい。そうなると思っていたリュウは、テーブルにバンッと強い音を立てて一枚の紙を叩きつけた。
「……ん?」
「これ、何かわかるか?」
リュウが手を離し、その紙をデュオに見せる。デュオは紙を手に取りまじまじと見た。そして、顔が青くなる。
「こ、これ、は?」
「請求書。あ、ちゃんとお前名義だからよろしく」
「はあ?! な、何がよろしくだ!」
「ミリーネから、デュオにそう言えって言われた。よろしくな、デュオ」
にやりと笑って、リュウはようやく皿を置いた。デュオは先ほどのように手を伸ばすことはなく、青い顔のままで請求書を見つめている。そこに記されているのは先日ミリーネが飲んだ酒代。その金額は――デュオの顔色から察することが出来るだろう。
「見よ、この免許証を!」
「おおー」
デュオがミリーネに教官をするように頼んでから半年後。誇らしげにミリーネはあるカードをデュオとリュウに見せ付けた。
「本当に取ったんだな、教官の資格」
「まあねー。私に出来ないことはないっていうかー?」
リュウが驚いたように言うと、ミリーネは自信満々、というように胸を張って笑った。そしてデュオは背後からミリーネの肩をぽん、と掴んで満面の笑みを浮かべた。
「さすがミリーネだな。やっぱりお前に頼んでよかったよ!」
「そう言ってくれてありがとう、デュオ!」
ミリーネもまた、デュオと同様な満面の笑みを浮かべて答える。しかし、その笑みは一瞬で消えた。
「でもね」
瞬間、ゴッという鈍い音があたりに響く。突然の出来事に、リュウは目を大きく開いて、呆然とした。
「あんたが私に、教官の話を押し付けたことは、許してないからね」
ミリーネの裏拳が、デュオの顔面に綺麗に収まっていた。デュオの手はゆっくりとミリーネの肩から離れ、そのまま、デュオは背後に倒れた。リュウは二、三回ほど瞬きをして目の前の光景を見ていたが、はっと目覚めたように身体を震わせた。
「デュオ?! お、おい、大丈夫か?!」
「放っておいていいわよ、リュウ。あー、すっきりしたー」
デュオに駆け寄ろうとしたリュウを止めたミリーネは、デュオを殴った手をひらひらと振りながら歩き始めた。その足取りは、やけに軽い。
「……デュオ、お前、完全に人選ミスだぞ」
意識を完全にどこかに飛ばしているデュオに、リュウは引きつった表情で警告する。しかし、足取り軽く去ってゆくミリーネの背中を見ながら、「いや、遅かったか……」と後悔するように呟き、肩を落とした。
それからミリーネが魔導訓練所の人気教官になるのは、また別の話。
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