(3)

「門叶……なんだか、雰囲気が変わったよな」


 真一郎は手始めになよなよとした体を鍛え始めた。同時に、テキトーにこなしていた学業にも身を入れた。もちろんそれらは最初からうまくいったわけではなかったものの、真一郎はつまずいてもあきらめずに起き上がり、やがてそれらはルーティーン化され、真一郎の血肉へとなって行った。


 そうして心血を注げているという実感は、やがて自然に自信へと繋がってくる。およそ半年強で真一郎に大きな変化が訪れたことは周囲も悟る。その変化の要因は、響のハーレムに入ったことだろうと男たちは嫉妬混じりに噂した。それに伴い、真一郎が「尻軽」などというくだらない噂話は雲散するように、いつの間にか消えていた。


 代わりに、「氷の王子様」などと呼ばれて、高嶺の花の中のさらに高嶺の花といったポジションを占めている響を射止めた――ということになっている――ことで、他者の嫉妬からくる別の問題は持ち上がったものの、自信をつけた真一郎にはどうってことなかった。


 それよりも響である。


「真一郎……なんだか、雰囲気が変わったな」

「そう?」

「前のほうがよかったというわけではないんだが」

「……変わったのは、響に好きになって欲しいからだよ」

「――え?」

「今の俺のこと、響に好きって言って欲しくて……」

「真一郎……」


 悪友である成大の指導のもと、女性の扱いを多少は身につけられた真一郎は、半年かけてじっくりと身も心も響と接近し――そして……その心を射止めることに成功した。


 場の雰囲気が自分に向いていると察するや、思い切って愛の告白をしたその日、真一郎は響のハーレムの成員となった。


 ……と言っても成員はまだ真一郎ひとりで、よって真一郎はしばらくは響の愛を独り占めすることになる――と、思っていた。


 それは、伏兵と言うほどには隠れておらず、不意打ちと呼ぶにはあまりにもハナからわかりきっていたことであった。だから、響の寵愛を独り占めできるなどという楽観を、残念ながら真一郎は抱いてはいなかった。



 自教室にある席に座り、スマートフォンを片手に真一郎はため息をついた。その画面にはチャットアプリのトークルームへ送信された写真のサムネイルが表示されている。それを目ざとく見つけたのは悪友である成大だ。


「お、カノジョの写真?」


 からかいまじりの声を真一郎にかけつつ、成大は真一郎のスマートフォンを覗き込み、勝手に画面をタップする。スマートフォンの画面いっぱいに、写真が表示される。


 そこには、ふたりの少女が写っていた。


「ハア……『双子コーデ』ってなんだよ……俺だってお揃いにしてみたい……!」


 色違いのビッグシルエットのTシャツ以外は、ヘアアレンジも髪飾りもボトムスもバッグも揃えたふたりの少女の写真を見て、真一郎は悔しさにうつむき、机の上でぐっと拳を握り締めた。


 写真の送り主は他でもない真一郎の恋人である響で、写真に写っている少女のひとりも響である。その隣で響と仲良さげに顔を寄せて、響よりもこなれた様子で同じポーズを決めているのが、彼女の親友であり――響の寵愛をほしいままにしているたちばな鈴音すずねであった。


「お前には可愛すぎるよ、このTシャツ」

「そんなことわかってるよ……!」


 成大は呆れと哀れみと、面白いオモチャでも見るような目で真一郎へと視線を送る。


「問題はそこじゃなくて!」

「橘さんね~。ホント仲良しだね、お前の愛しの響チャンと」


 橘鈴音――。響たちと同じ学校に通う、響と同じ貴重な女性である。そして、自他共に認める響の「一番の」親友であった。こうしてお揃いのコーデに身を包み、共に出かけることも珍しくない。無論、そこには常に護衛官もいるのだが、真一郎の認識からすれば「ふたりきりでのデート」と言っても差し支えのない状況だった。


「仲がいいのは……悪いよりもいいことだけどさ……。でも、でも橘さんとは仲が良すぎる! ……気がする」

「デキてるかもって疑ってるってこと?」

「そ、そこまでは考えてないけど――」


 女性が少ない現代社会において、有り余るほどいる男性の同性愛は当然のものとして受け入れられている一方、女性同士で愛し合うなどということは御法度であった。


 しかし強く忌まれているからといって、なくなるようなものでも当然ない。ただ、そもそも数が少ない女性同士が接触する機会というものは限られていたから、はた目にはほとんどそういうことはないように見えるだけだ。もちろん、真一郎だってそういう事情は知っている。


 真一郎は、響と鈴音が――俗な言い方をすれば――「デキている」などと考えたことはない。ただ――


「響って鈴音のこと好きすぎるんだよなあ……」


 響が、鈴音に対してやや過保護な面があるところがネックか。


 響も貴重な女性として生まれついたから、高校生になっても世間ずれしていないところがある箱入り娘であった。同年代の人間からは浮いた、妙に固い言い回しや、ときどきトンチンカンなことを言い出すのが、その証左である。


 けれども響の親友である鈴音は、響を上回るレベルの箱入り娘だ。天真爛漫で、ひとを疑うことを知らない。人間はみな必ず善性を宿していると思っているのではないかと思うていどには、生粋の箱入り娘のように真一郎の目には映った。響は、そんな鈴音を心配して、行動を共にしていることが多い様子だ。響が武術を習うようになったのも、鈴音を守りたいからだと聞き及んでいる。


「恋愛すると友達なんてどうでもよくなるヤツもいるのになあ。響チャンは律儀だね」

「そこは響のいいところなんだけど……でもやっぱり仲良すぎると思わない?!」


 真一郎としては、やはり響の寵愛が欲しいのが本音だ。一番に愛して欲しいのが、願望だ。


 けれどもしかし、どうしても響の前では「理解のある彼氏くん」ムーブをしてしまう。響には当然好かれていたいし、捨てられたくないからだ。


 それに女性には女性同士でしかわかり得ない感覚や、共通する悩みもあるだろう。そう考えると「鈴音より俺を優先しろ」などという傲慢なセリフは、口が裂けても言えないのが真一郎であった。


 だから真一郎は今日も成大に愚痴をこぼすだけにとどめる。成大はちゃらんぽらんだが、こういうことを吹聴して回るようなひとでなしではないということを、真一郎は知っていた。


「まあ聞いてやるよ。昼メシ奢ってくれるならな」


 持つべきものは親友――。そんな言葉が脳裏をよぎるから、真一郎は響に「鈴音より俺を優先しろ」などとはますます言えないのだった。

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