新東京偉霊魂事件簿
@ayaka_bloom
File No.0:プロローグ
この街はいつも騒がしい。夜になると輝くネオンライト、警察が鳴らすサイレン、人々の感情がこもった声....都会というのは、一度輝けばそのきらめきが止まることを知らない。
この世界はいつだって退屈だ。“悪”と呼べるものは些細な物差しで分別され、“正義”は法だと主張する。実に愚か。実に滑稽な意見だ。
法があることに意味はある。だが、その“法”は時に厄介なくさびを打ち込んで世間を歪ませるのだ。
こんな話を聞いたことがある。
一文無しの女が道端で女性を刺し、刑務所に入った。実刑判決は3年。被害者は下半身不随の後遺症が残ったが、加害者の女は一文無しなので入院費などは実費。
更に加害者には麻薬の疑いがあった。
結果、加害者は精神異常として処理され、被害者の女は後遺症を持ちながら再就職もままならなくなった....そういう話。
これは“法”が無能ゆえに救えなかった少女の話だ。今も彼女は苦しんでいることだろう。
救うべきものを救えない法に何の意味がある?それこそ、くだらない“正義”と“悪”に思考を振り回された結果だろう。
「世界にスターは存在しても、本当の“悪”は存在しないっ!!!」
殺人・強盗・婦女暴行・放火・死体遺棄 etc...そんなありふれたものでは“悪”は語れない。
人間という存在は、性根が腐っているのが大半だ。完璧なものなど存在せず、裏では必ず黒い部分がにじみ出る。
人間はもっと正直であるべきだ。正義だ悪だとくだらない物事に囚われるのではなく、ただ純粋に己の心に従うべきだと。
今日も私は街を見下ろす。ネオンライトが輝く夜の街は、今日もせわしない。
「奪いたければ奪え!私が許そう。殺したければ殺せ!私が許そう!!全ての人間よ、その心に....“悪”に正直であれっ!!!」
ならば許そう、全てを。誰も“悪”となれないのなら、私が“悪”となろう。
復讐せよ、殺戮せよ、蹂躙せよ。欲望に、願いに、心に正直であれ。そのための力なら、当に存在しているだろう。
高らかに笑いながら彼は落下する。
その笑い声は街の喧騒に搔き消されて消え、彼の体は風に溶けて行った。
***
某日、夕方5時過ぎ。陽も赤く染まり、学生たちも帰宅を始めた頃。とある住宅街ではパトカーのライトが周囲を点滅していた。
ここは近所では有名な廃墟だ。空き家ではなく廃墟。もう何十年も誰も住んでいないこの場所で、事件は起きた。
イエローテープの前に野次馬が集まっている。近所の主婦、幼稚園帰りの親子、自転車を引く高校生のカップル。今いる人々は年齢も性別もバラバラで、様々な感情を読み取ることができる。
興奮・不安・心配・好奇....反応も様々だ。
かくいう私もこの場にいるのだから、彼らと同類といえるだろう。好奇心がないと言えば嘘になる。
だが、私は彼らとは違う。この場にいる理由は、ただの野次馬根性ではない。
スタスタと人の波を掻き分けて最前列に出る。そのまま何の躊躇いもなくイエローテープの下をくぐった。
その様子に気づいた警官が私を止めにかかる。彼は警官としての務めを果たしているのだ。何も間違ってはいない。
「ちょ、ちょっと君!ここは捜査関係者以外立ち入り禁止だよ!ほら、出てった出てった!」
「私、捜査関係者なんですけど....」
「嘘言ってもダメだよ!君みたいな女子高....生....」
そこまで言って警官が固まった。私の容姿をまじまじと見つめ、頬を赤らめているのがわかる。
私と正面から話した男性は大体こうなる。もう分りきっていることだし、この反応も見飽きた。自分で言うのもあれだが、私は超可愛い。大変な美人。人形のような容姿をしている。
自己肯定感の塊だとか思った人、正直に出てきなさい。
「じょ、女子高生が、捜査関係者なわけないでしょ!!」
あ、言葉を取り戻した。割と早かったなと思いつつ、騒ぎを聞きつけた警官やら刑事やらが中から出てくる。
「なんだなんだ。何の騒ぎだ?」
「あ、蛇島警部!この女子高生が、『自分は捜査関係者だから入れろ』って....」
「ん~っと....おう、来たか。入れてやれ」
刑事の反応に思わず驚く警官。刑事に向かって、『正気ですか?!』と目どころか体全体で訴えている。
「その嬢ちゃんは紛れもなく捜査関係者だよ。俺が呼んだんだしな」
刑事と私を交互に見る。やめてほしい。こんなおじさんと変な関わりがあるとか勘ぐられても困る。
私は蛇島と呼ばれた刑事と若い警官が話している横でスッ....と目を閉じる。そして数秒待ってゆっくりと目を開けると、珍しいロードライトガーネットのような赤紫の瞳が、輝くような黄金色に変わっていた。
「ここは....あぁ、そういうことか。蛇島、被害者はどこだ?」
突如口調の変わった私に再び驚く警官。そんないちいち驚かれても困る。びっくり箱じゃないんだ。
でもまぁ確かに、突然現れた女子高生が捜査関係者なことも驚きだが、それ以上に刑事を呼び捨てにしたことの方が驚きだろう。
「変わったな。こっちだ、付いて来い」
「ちょ、君!」
パシッと若い警官に腕を掴まれる。まだ納得がいってないようだ。
「何かな?僕はこれから捜査で忙しいんだけど」
「放してやれ。こっちだって時間が惜しいんだ。俺が許可したんだからいいんだよ」
蛇島刑事が優しく言っているうちが安全だ。警官もわかっていたのか、渋々といった風に手を放した。
その行動を見て、思わずニヤリと口角が上がってしまう。おっといけない、これでは煽っている風になってしまう。
そのまままっすぐに歩いていく蛇島刑事の後を、白い手袋をしながら付いていった。
「君はいったい....何者なんだ?」
ぼそりと呟いた警官に対し、僕はくるりと振り返る。
遠心力によってばらけたヴァイオレットモルガナイト色の髪をなびかせ、笑いながら言った。
「ただのしがない....探偵さ」
小悪魔のように舌を出し、振り返ることもせず廃墟中へと入って行った。
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