7-3「忘れ形見」

  (知らなければ何も変わらない、か……)



 佑心が一条の言ったことを反芻していると、エレベーターは十二階に着いた。目線は下に落としたまま箱を出ると、すれ違う誰かとぶつかりそうになり顔を上げた。



 「あ、すみません……えっ?」



 顔を上げて見えたのは、怪訝そうな顔の守霊教の装束を纏った男性だった。そして他の階とは全く違う異国間漂う内装、立ち並ぶ守霊教のローブ姿が目に入った。佑心はエレベーターの上に刻まれた階数を見た。



 「えっ!一二階⁉うそ、何でっ!」



 佑心は慌ててエレベーターに戻った。扉が閉まると、六階のボタンの隣に十二の文字があるのを見つけた。



 (かー……隣のボタン押し間違えたかー……)



 佑心が肩を落としていると、急に隣から声が聞こえた。



 「何階や?」


 「え?」



 西村颯太だ。



 「に、西村さん……」


 「よっ、久しぶりやな!」



 西村は片手をあげてニッと笑った。二人はしばらく見つめあって微妙な間が流れた。



 「ほんで?」


 「え?」


 「何階行くん?」


 「あ、ああすみません……六階で」



 佑心は苦笑いしたが、すぐに再び下を向いて考え込んだ。



 「ん?何やすっきりせん顔やなー。大丈夫かいな?」


 「え、あ、いや……ちょっと、探し物に苦労してて……」



 佑心は一条の「……知るのは怖いよ。それなのに、知っても何も変わらないかもしれない…」をふと思い出した。数秒経った後、西村は優しく笑った。



 「佑心の探し物、すぐ見つかるとええな……」



 佑心はその言葉に不意を突かれた。その一点の穢れも無い優しさに目前の雲は晴れたようだった。


*─*─*─*


 サーサーと水滴の流れる音がする。日根野と一条は共同風呂でシャワーを浴びていた。



 「今日も髪洗わないの?」



 日根野が聞くと、一条はジト目を向けた。



 「ちょっと、それ語弊がありますよ。共同風呂にはお湯につかりにきてるだけで、後は部屋のシャワーで済ませてますから」


 「分かってるって。でも、希和のダウンスタイル見てみたいなー?」


 「絶対見せませんよー」



 風呂にいるにも関わらず髪を結っている一条はシャワーを止めて、浴槽に向かった。日根野は「も~」と口を尖らせながら追いかけた。



 「そんなこと言ってると、佑心が浮気しちゃうよ?」


 「う、浮気って、別に佑心とはそんなんじゃないですけど……」


 「んー、またまた~。今日だって、事務仕事中ず~っと佑心のこと見てたくせに!」



 日根野は嬉しそうにニヤニヤして、一条の背中を叩いた。確かに日根野の言う通り、向かい側のデスクの佑心を見ていたが、一条は慌てて言い返した。



 「い、いや!あれは!……ただ、佑心に悪いことしたなって……」



 一条は天を仰いでため息をついた。



 (保管庫に行かせたのは私……佑心の母親と姉が同時に憑依体化なんて考えられないとは思ってたけど、まさか……それに、あんなこと言っちゃったし。佑心は私とは違うのに……)



 一条はぶくぶくと湯に顔を沈めた。

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