薔薇




「あらららら」


 『花音かのん』店から出た日埜恵ひのえは眠っている善嗣よしじを見下ろしながら、グローブとプロテクターを外した。

 ヘルメットは装着したままである。


「まあ、おこちゃまだから仕方がない。か」


 瀕死状態からの肉体の変化、幼児化、深夜に加えて、長時間の移動。

 それはそれは疲労困憊になって然るべき。だった。


「起きない」


 日埜恵ひのえは肩を大きく揺さぶってみるも、まったく起きない善嗣よしじに仕方がないと、溜息一つ出すと、よいこらしょと言って、善嗣よしじを横抱きにした。


「やっぱり、俺が巻き込んだんだ。よな」


 会社の部下だった事。

 定年退職した事。

 定年退職したら、ペガサスと一緒に旅をする予定だった事。

 日埜恵ひのえ善嗣よしじについて覚えている事である。

 生活環境や性格、人格など善嗣よしじを形成するものについては、経験した事については、覚えていなかった。


(本当は、)


 本当は、六十五歳の肉体に修復して、爆発を受けて瀕死状態になった記憶を消して、無事にペガサスと一緒に旅をする予定を迎えさせるはずだったのだ。

 そうできると、自信はあった。

 はずだったが、できなかった。

 加えて、離れては駄目だとけたたましい警鐘が鳴ったのだ。

 すべてが解決するまでは、共に居るべきだ。


(俺が巻き込んだのか。俺が巻き込まれたのか。まだ、わからない。から)


 謝罪はまだしていなかった。

 巻き込んだ自覚はある、が、もしかしたら、巻き込まれたのかもしれないという感覚が拭えないから、ではなく。


(よくわからないけど。謝罪したらいけない。気が。する)


 ただの直感だ。

 けれど、今はその直感に頼った方がいいと思った。

 ゆえに、せめて、言葉にできない詫びの気持ちを込めて、贈ったのだ。

 百本の赤薔薇の花束を。











(2024.6.10)



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