なんでもないけどタイムスリップした

甘頃

なんでもないけどタイムスリップした


『自分の本』

「何これ?」


朝起きてリビングの机に

置いてあった本を手に取った。


「っ!?」


開くと同時に体が強烈な光に包まれる。



一体何が起きたんだ…?。


「おい起きろ!」

「え、は、はい!申し訳ありません!」

「なんだその返事は?ここは会社か〜?」

「「ワハハ…」」


会社じゃなかったらどこなんだと、

目が慣れる直前までそう思っていた。

周りを椅子に座った小学生に囲まれている。

ここは、小学校だ。

自分自身もよく見てみると、

小学生程の体躯になっている。

いや、そうじゃない。

戻ったんだ、小学校時代に。

内装の配置から汚れまで再現されている。

手の込んだドッキリだとは到底思えない。

タイムスリップ…だろうか。

一抹の不安が懐かしさにサンドイッチされ、

辺りを見回してしまう。

朧気だった同窓達の顔が徐々に修復されていく。

あ、あの子は…。

小学校の頃に好きだった子。

中学受験をしたらしく、

卒業以降顔も見なくなった。

自分とは頭の出来が違うので、

自ずとそういう運命になっていただろう。

いや、それを知って

タイムスリップしているからこそ、

運命を変えられるんじゃ?。

受験で後悔したこと、

人間関係で後悔したことを、

今ならひっくり返せる…。

いや、やめておこう。

違った結果は見てみたいものの、

違った未来はあまり想定したくない。

しばらく様子見が安定か。

しかし他の人間からは、

給食や寄り道の駄菓子屋を

異常に楽しんでいるように見えただろう。

帰路の最後にそう思った。


「ただいまー」

「おかえりー」


平日に実家に帰省…するのは

小学生だから当たり前か。

かつて壊れた家具や家電など、

懐かしいものが散見される。

母はリビングでアイロンを当てていた。


「若…」

「おだててもお小遣いは増えないわよ」


二階の自室に入ってベッドに仰向けに寝転がる。

ここは見違える程変わっている。

捨てられずに取ってある

部活やサークルの物品はまだないし、

中学でハマった漫画も当然置いていない。

逆に捨てた絵本などが懐かしく、

読み返してみた。

涙腺はタイムスリップできていないようだ。

絵本や漫画以外は特に置いていないな。

昔の自分は何をして過ごしていただろう。

漫画を何周も読んだか、

あるいは昼寝でもしていたかな。

今思うとかなり無意義に過ごしていたな。



「ん…」


いつの間にか寝ていたようだ。

しかし目覚めた場所は家の中ではない。

放課後の教室…だが今度は学ランを着ている。

時間が飛んで中学生になったようだ。

周囲の環境に記憶と大きな変化はない。

様子を見て正解だったようだ。

にしても、どこか見覚えがある光景。

そういえばこの時期は携帯を持っていたはず。

開いてカレンダーを覗くと、

全てを思い出した。

告白の日だ。

テスト期間最終日を見計らって、

当時好きな子を体育館裏に呼びつけていたのだ。

あ、あ、あ、嫌な記憶が蘇る。

メモ帳に告白の台詞を残していたが、

もはや覚える意味は無い。

もう時間だ。

体育館裏に向かうと、

更にフラッシュバックに見舞われる。

嫌な記憶ほど、

その一挙手一投足が鮮烈に思い出される。

重要な局面を再現するのに、

これほど適したことはないだろう。

そこには三人の女子がいた。


「下駄箱にラブレター入れたの、あんた?」

「え、うん…」


全く知らない脇の女子に、

驚いた顔をして返事をしていた。


「悪いけど、今この子誰とも付き合う気ないから」

「え、でも…」


納得できないというような顔で

引き下がっていた。


「それだけだから、もう行く」

「え…」


そう言われて三人の背中を見送りながら、

呆然と立ち尽くした。

以前の自分はそうで、それを完遂できた。

トラウマをえぐられるのは、

やはり気持ちがいいものではない。

匿名でラブレターを書いたので、

体育館裏に行かなければ

恥をかかずに済んだことは知っている。

たけど、同じ轍を踏んででも

同じ未来にたどり着かなければならない。

使命感と無情感の狭間に揺られながら、

不貞腐れるように速攻帰って寝る。



目が覚めるが、目の前の景色は我が家ではない。

順当に考えて、その通り今は高校生のようだ。

またもや机にだらしなく寝ていたようだ。

この日は…。


「あ、起きた?」

「あ、うん」

「じゃあさっさと終わらせよ」


日直で放課後に作業をしていた日だ。

この後のよく覚えている。

隣合わせに黒板を消す。


「私達いい感じだし、付き合わない?」

「え?」


本当に唐突なことで、思わず聞き返した。


「私達、付き合わない?」


中学の時のトラウマから、

自分を磨き女子のコミュニティ全部に気を配り、

告白されるような立ち回りをした。

その結果、絡みが三、四番目程多い女子に

告白された。


「ごめん…」


手段と目的が交錯してしまった自分にとって、

大きな出来事だった。


「そっか、まーそんな気にしないで、

言ってみただけだから」


その代償は大きく、

翌日女子達から距離を置かれ

侘しい高校生活を送った。

おそらく付き合ったとしても、

彼女か自分が何かしらの

ひんしゅくを買うのは免れなかっただろう。

この日は告白の後にもかかわらず

普通に部活に行ったはず。

久々の部活を楽しんで家に帰る。

これでいいはず。

自分は今が一番幸せなんだ。



目が覚めると、我が家。


「椅子で二度寝してたけど大丈夫?」

「うん、大丈夫」

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なんでもないけどタイムスリップした 甘頃 @amagoro

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