第13話 ラプトル討伐依頼 3
ロックラプトル討伐作戦を開始した俺は、目標に向かって近付いていく。
奴の尻が目視できるほどの距離まで接近するも、相手は振り向きもしない。
……しかし、近くで見ると結構デカいな。
そこから更に接近するも、ロックラプトルがこちらへ振り向くことはなかった。
「……早くも森の王者だと思い込んでいるのか?」
確かにロックラプトルは強い。
レッドベア如きでは相手にならないし、ラプトル種の天敵でもあるワイバーンやドラゴンがいない地域では王者を語るのも簡単だろう。
しかし、今回ばかりはそうもいかない。
内心で「ふふん」と笑いながらも地面に落ちている石を拾った。
「俺達の方が強いんだからなっと!」
ご機嫌な様子を見せる尻に向かって石を全力投球。
石は背中にある立派な岩の鎧にコツンとぶつかった。
「…………」
ようやく振り向いた。
振り向いたロックラプトルの頭部には厳つい岩の兜があり、隙間から見える鋭い目で俺を睨みつける。
その目には「人間風情が」と言わんばかりの怒りがあった。
「そう怒るなよ。石を投げたくらいじゃないか。石も好きだろ?」
俺は腰から剣を抜いて構えた。
すると、向こうも太い足で地面をガリガリと削るような仕草を見せる。
やる気満々だ。
「グェッ!」
鳴いた瞬間、兜の頂点にあるトゲを槍の先端に見立てての突進を開始。
人間よりも数倍優れた足の筋肉は爆発的なスタードダッシュと加速を生む。
「おっと!」
一気に間合いが詰まるも、俺は横に飛んでギリギリ避けた。
相手が一匹だったからこそ避けられたと言うべきか。
これが二匹、三匹と同時に突進が来たらさすがにやばかったろう。
「さぁ、さぁ! どんどん来い!」
挑発的な言葉を口にしながら剣を構え直す。
相手はまたしても突進の構えを取り、今度こそ俺の腹にトゲをぶっ刺してやろうと走りだす。
「一度見てしまえば……!」
突進の速度さえ体感してしまえば対応できる。
向こうが間合いに入るまであと一秒弱。
俺はいつもより腰を落とし、掴んだタイミング通りに斜めへ飛ぶ。同時に下段へ構えた剣を軽く振ると、剣先がロックラプトルの足を僅かに斬り裂いた。
「ギェ!」
痛みの声を上げるような鳴き声が背中から聞こえる。
鎧を纏わぬ足を斬られるのはさぞかし痛かろう。こればっかりは人間もラプトルも変わらないはずだ。
「グェ! グェ! グェ!」
足からほんの少しだけ血を滴らせるロックラプトルは、体を上下させながら何度も鳴いた。
これは奴が本気で怒っている証拠だ。
そりゃ、自分よりも弱い存在に痛みを与えられたら怒るよね。自分が森の王者だと勘違いしていたなら猶更だ。
「ほらほら、どうした?」
剣先を相手に向けながら振ってみせると、兜の隙間から見えるラプトルの目つきが変わった。
足の爪で地面を削る動きも激しくなり――
「グェ!」
「うわっと!」
突進速度そのものが上がる。
先ほどはギリギリ避けられていたが、今度は服の端っこがラプトルの体に掠った。
自分の瞬発力を褒めてやりたいがそんな暇はない。
相手は先にあった木に体を擦り付けながら鋭いターンを決め、再び俺に向かって突進してきたのだ。
「チッ!」
態勢を崩していた俺は地面を転がるように回避する。
手を地面に付きながら振り返ると、またまた木に体を擦り付けながらターンするロックラプトルの姿があった。
「…………」
左手をナイフホルダーに伸ばし、抜いたナイフを逆手で持つ。
地面にしゃがんだ状態で相手の突進を待ち――
「フッ!」
俺は息を吐きながら前に跳んだ。
相手の突進を避けながらも、再びナイフで足を斬り裂く。
「ギェェ!!」
またやられた! と言わんばかりの鳴き声。
「よし、そろそろ……!」
向こうの怒りも頂点に達しただろう。
奴の頭の中は俺を殺すことで一杯になったはずだ。
「―――ッ!」
俺は奴が再び突進の構えを取る前に走りだす。
あとは罠を張った地点まで全力疾走。
「グェェェッ!!」
背中から鳴き声が聞こえ、一瞬だけ後ろを振り返る。
ロックラプトルが頭を突き出しながら突進してくる姿が見えた。
このままでは追いつかれて背中に一撃もらう。そうなる前に先にある太い木を壁にするよう回り込んだ。
「グェェェッ!!」
確かに壁にはなったが、ロックラプトルの兜にあるトゲが木を軽々と粉砕してしまう。
バキバキバキ! と木が折れる音を背中で聞きながらも、俺はとにかく走り続けた。
茂みを突っ切り、土から露出した太い木の根を飛び越え、時にはジグザグに走りながら突進を躱し。
――そして、遂に見えてきた。
「シエルッ!! 準備してくれッ!!」
俺は腹の底から叫びつつも、設置した魔法紙を踏まないよう大きくジャンプ。
飛んだ瞬間、後ろからはドン! と大きな音が鳴った。
「掛かった!」
◇ ◇
ルークから作戦を聞き、私は超超超緊張しておりました。
ロックラプトルは、あの恐ろしいレッドベアを捕食するほどの魔物。
これまで私の中にある『最も恐ろしい生物ランキング一位』に君臨しているレッドベアを食べてしまう相手ですわよ?
緊張しない方がおかしいですわ。
「うう……。今度こそ漏らしたらどうしましょう……」
緊張で手が冷たい。思うように手足が動きませんわ。
私はちゃんとできるのかしら。
「は、早めに準備しておきましょう」
鞄の中から青色魔石(大)を一つ取り出す。
片手に握ったそれを見つめながら、私はふと思った。
「……魔石を二つ使えってことかしら?」
彼は大サイズの魔石を二つ用意させた。
これは大サイズ魔石一つでは魔力の出力が足りないと考えたから?
「となると、二つ同時に使った方がよろしいですわね」
魔石を二つ同時に使うなんて経験もないですし、どうなるかも分かりませんが。
しかし、彼が「二つ必要だ」と考えたなら正しいのでしょう。
私は両手に一つずつ魔石を持とうと試みますが……。
「……持てませんわ」
こんな大きな魔石、私の小さくて可愛らしい手には無理ですわ。
「持てないなら仕方ありませんわね」
一つずつ使うしかない。
大魔石を一つ消費したらすぐに二つ目を拾って魔法を再開すれば問題ありませんわ。
「使って、拾う。使って、拾う」
私は二つ目の魔石を足元に置き、何度も繰り返し練習しました。
「使って、拾う。使って――」
『グェェェェッ!!』
恐ろしい鳴き声が聞こえ、私の体が反射的にビクリと跳ねた。
「……遂に始まりましたのね」
彼が戻って来るのをドキドキしながら待ち、頭の中では繰り返し魔法のイメージを膨らませていく。
そうして彼を待ちましたが……。
「……なかなか来ませんわね」
まさか、やられてしまった?
いや、彼に限ってはあり得ない。
まだ一緒に旅する期間は短いですが、どうしても彼が魔物に殺される姿を想像できませんでした。
ドキドキしながら森の奥を見つめていると――来た!
見えた! ロックラプトルに追われながらも、必死に走る彼の姿が!
「ふぅ、ふぅ……!」
私は魔石を小脇に抱えながら息を整える。
大丈夫。私ならできる。
私ならできる!
何度も自分を励まし続けていると、遂にその時が来ましたわ。
「シエルッ! 準備してくれッ!」
いつでも!
心の中で彼に返答を返した瞬間――彼を追うことに夢中だったラプトルが罠を踏む。
踏んだ瞬間、私の目の前に超大きな大穴が開きました。直径三十メートルはある大きな穴でしたのよ!
「ひょえ!?」
なにこの大きさ!? 聞いていませんけど!? 私が立っている場所、穴の縁ギリギリじゃありませんこと!?
というか、穴に落ちたロックラプトル! ギャウギャウ言いながらもがき、今にも立ち上がりそうですけど!?
こわっ! こわすぎですわ!!
「シエル、やれッ!」
「は、は、はいいい!」
若干錯乱していた私ですが、彼の声を聞いて正気に戻りましたの。
慌てて魔法陣を起動しましたわ。
穴の中にいるロックラプトルに向かって水を放出し始めた時――
「んほぉぉぉぉぉ!?」
ブッシャァァァッ!! と勢いよく放出される大量の水。虹が掛かりながらも、大量の水が穴に向かって放出されましたの。
い、いえ! こっちは別に問題ではありませんわ!
問題は、問題は――私の体に伝わる魔力の流れですわぁぁぁッ!?
な、なんですのぉ!? この魔力の流れぇ!?
大サイズ魔石から汲み取った魔力が私の体を通る感覚、中サイズ魔石とは比べ物にならないほど「大きい」ですわ!
ひ、引っ張られる!
魔法の出力が激しすぎて、私の中に流れる血が全部外に引っ張り出されるような感覚! 全身が外側に持って行かれそうな感覚が強烈に走りますわ!
大サイズの魔石を二つ同時に触媒にしなくてよかった、と心から思いました。
同時に使っていたら、私の精神は空の彼方にぶっ飛んでいたことでしょう。
「おっ、おほぉ"ぉ"ぉ"!?」
だって、一つだけでもこの有様ですもの。
今の私はとんでもなく醜い顔を晒していることでしょう。
鼻の穴はぷっくりと膨らみ、口を開きながら眼球が裏返っているに違いありませんわ!
「お、ほぉ……!」
ですが、耐えねば! ここで私が耐えなければ彼も私も殺されてしまいますわ!
「わ、わたじは……。負け……! 負けませんわ! わだじは、まげるわけには
歯を食いしばりながら耐え続けていると、視線の先に何かが見えましたの。
「シエル、よくやった! もう魔法を止めていいよ!」
それは空に向かって飛んだルークの姿でしたわ。
彼の姿を見た瞬間、私は魔法の行使を止めて崩れ落ちてしまいました。
◇ ◇
「んほぉぉぉぉっ!?」
シエルの口から苦痛? の声が漏れた。
大魔石の使用に慣れていなかったせいか、彼女は魔法使い特有の感覚に苦しんでいるようだ。
しかし、それでも彼女は魔法を止めなかった。
歯を食いしばり、必死に耐えながら魔法を行使し続けてくれたのだ。
その甲斐あって、地面に開いた大穴にはどんどん水が満たされていく。
「ギェ! ギェ!?」
ロックラプトルは水が嫌いだ。
纏っている鎧が重く、満足に泳ぐこともできない。
その証拠にヤツは大穴の中で必死にもがきながらも、息をしようと首を長く伸ばし続けている。
しかし、このまま水の中で溺死させることも不可能だ。
穴は大きいものの、大きな川のように水の流れが激しいってわけじゃない。
水が満たされた時、やつはどうにかして脱出してしまうだろう。
「さぁ、終いにしよう!」
これは単なる足止め。そして、トドメの一撃を効果的にする布石に過ぎない。
――俺は左手の指をパチンと鳴らす。
パチンと鳴らした瞬間、左手にはまった銀の指輪に掘られた文字が紫色に光り始めた。
次に剣の刃に指輪を当て、そのまま横へ滑らせる。
すると、俺の持つ剣の刃がバチバチと音を鳴らし、紫電が刀身を包み込む。
「シエル、よくやった!」
俺は大きくジャンプして、空中から紫電を纏う剣をロックラプトルめがけて投げつける。
俺の剣がヤツの兜に接触すると、ロックラプトルの体に紫電が纏わりつく。
水面にも同じく紫電が走り、逃げ場の無いラプトルは激しい雷を浴び続けた。
「―――ッ!!!」
ヤツは声にならない絶叫を上げ、やがて体が動かなくなる。
ロックラプトルが死亡した証拠として、その身に纏っていた鎧が分離していく。
やがて素顔を晒したロックラプトルは水の中に沈んでいった。
「……ふぅ」
討伐完了。
「シエル、やったね!」
俺は額の汗を手で拭うと、満面の笑みで彼女に振り返ったのだが……。
「は、はひ……。はひ……」
彼女は尻持ちをついた状態でガクガクと震えており、口から涎を垂らしながら放心していた。
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