第12話 ラプトル討伐依頼 2


「ところで、どうやってラプトルを倒しますの? ロックラプトルは剣が効かないのでしょう?」


 南に続く街道を行く道中、シエルからもっともな質問を投げかけられた。


「そうだね。ラプトル種の中でも特に防御力に特化した種類だからね」


 頭と体、尻尾の根本まで岩と鉱石の鎧に包まれており、生半可な攻撃は通用しない。


 唯一の弱点は鎧を纏っていない足だろうか。


 しかし、他の種よりも足そのものが太くて逞しい上に、元々俊敏なラプトル種の足を狙うのは困難を極めるだろう。


「ロックラプトルは騎士団で言うところの『重装兵』だとイメージしたら分かり易いかもしれないね」


 頭を覆う兜を武器にした突進攻撃が得意であり、その威力はコンクリートの壁も簡単に粉砕してしまうほど。


 所謂、大盾を持った重装兵によるチャージ攻撃の超強化版だ。


 加えて、他のラプトル種同様に尻尾を鞭のように振るう攻撃まで。


「ドラゴンもどきと呼ばれるだけあって人間なんて軽々と殺してしまう攻撃力。それでいて硬いんだからね」


 中には希少鉱石であるオリハルコンやアダマンタイトといった、素材としての能力が高い鉱石を纏う個体までいるのだ。


 さすがはドラゴンもどき。簡単には殺させてくれない。


「討伐方法として最もベターなのはハンマーのような打撃武器を使うか、魔法による攻撃だね」


 名工が打ったオリハルコン製やアダマンタイト製の剣なら互角かもしれないが、そんなもんは英雄級の者達だけが所持する貴重品だ。


 他にも遺物である魔剣も通用する可能性が高いが、こっちは先に言った二種の剣よりも貴重な物である。


 そして、俺はハンマーなんぞ所持していない。


「というわけで、魔法で致命傷を与えるよ」


 現代において、最強の武器は魔法だ。


 魔力を糧に奇跡を起こす魔法は、最強の矛でもあり最強の盾にもなる。


 それは相手がドラゴンだろうと変わりない。


 他に高火力の武器と言えば、大砲やバリスタなんて物もある。


 一時期は魔法に代わる新しい発明品とも言われていたが、結局は魔法の柔軟性に劣ると評価されてしまったが。

 

「この世の最強ってやつは、魔法を自在に操った者を指すんだと思うね」


 魔法を極めし者こそ最強。


 そう言葉を残したのはどこの賢者だっただろうか?


「魔法を使うと言っても……。私が水の縄で首を絞めますの?」


「いや、たぶんそれは無理だ」


 首も鎧で覆われているからね。


「では、どうしますのよ!?」


 焦らしすぎたせいか、シエルはぷんすか怒りだしてしまった。


「魔法を顕現させる方法は、魔法使いによる行使だけじゃない」


 俺はリュックの中を指差した。



 ◇ ◇



 森に到着した俺達はラプトルが目撃されたポイントへと向かう。


 地図の印によるとポイントは森の真ん中あたりだが、入口から慎重に進むとシエルに伝えた。


 相手がラプトルだろうが他の魔物だろうが注意点は変わらない。


 俺より前に出ないこと。見つけても声を上げないこと。


 それをちゃんと覚えていたシエルは黙って俺の後に続いていた。


「本当に魔物がいないね」


 森に入って十分程度。


 俺は小声で指摘した。


 これくらい歩けば嫌でも魔物と遭遇するか、姿を目撃するはずだが、そんなことは一切起きない。


「森に生息する魔物は全て逃げてしまったのかしら?」


「いや、ラプトルを怖がる魔物くらいだろうね」


 所謂、冒険者でも楽々狩れる弱い魔物達だ。


「熊の魔物や蛇の魔物は逃げないと思うんだけどね」


 むしろ、ラプトルと縄張りを賭けて激闘を繰り広げるだろう。


 ただ、そういった魔物の餌となる弱い魔物が消えてしまった今、上位に君臨する魔物の移動が始まるのも時間の問題だと思うが。


 ――森に入って三十分。


 そろそろ目撃情報のあった地点が近くなってくる頃合いだ。


 俺は一旦足を止め、シエルにしゃがむよう指示を出した。


 リュックから双眼鏡を取り出し、先の様子を窺ってみると――いた。


「背中が見えた」


 双眼鏡越しに見えた背中には、黄土色の岩と突き出してトゲのようになっている鉄鉱石らしき物。


 ロックラプトルは尻尾を揺らしながら仕留めた獲物を食べている最中だった。


「……熊の魔物を喰ってるね」


「…………」


 しかも、前に討伐したレッドベアだ。


「ど、どうしますの?」


「罠を張って誘導するよ」


 そう言って周囲をぐるりと観察する。


 食事中のロックラプトルがいる地点よりもずっと手前、俺達のいる地点から斜め右手側に開けた場所があった。


 あそこにしよう。


「ゆっくりと移動するよ」


「え、ええ」


 俺達はゆっくりと移動を始め、見つけた場所へと辿り着いた。


「ここに罠を張ろう」


 俺はリュックを下ろすと、中から丸まった紙を取り出した。


「それって魔法紙ですわよね?」


「うん」


 紙を広げると茶のインクで魔法陣と文字、数式が記載されている。


 これは発動させたい魔法の魔法陣を特殊な紙に書き込んでおき、使用したい時に魔力を流して発動させる『魔法紙』と呼ばれる道具だ。


「随分と高級な物をお持ちですのね」


「確かにいい値段したね」


 シエルの言った通り、魔法紙と呼ばれる物は一度しか使用できないにもかかわらず高額だ。


 その理由は使用される紙とインクの製法がかなり特殊であること。


 次に魔法の才能に乏しい人間であっても、どんな魔法も発動可能なこと。


 高額になる理由としては後者の比重が大きい。


「魔法紙に描ける魔法に制限はないからね。有名な魔法使いが考案したオリジナルの魔法でさえも使用できるしね」


 そう、魔法紙に描く魔法に制限はない。


 飲み水を出す魔法から街を一撃で滅ぼす魔法まで、全て紙に閉じ込めることができる。 


 加えて、世界に名を轟かす賢者や大魔法使いと呼ばれる存在が、長年の研鑽を経て編み出したオリジナルの魔法でさえも閉じ込めることができるのだ。


 つまり、一度きりではあるが誰でも賢者や大魔法使いになることができるのである。


「ですが、高名な魔法使いほど魔法紙の作成を拒否しますわよね?」


「そうだね。彼らにとってオリジナル魔法を売ることは魂を売ることに等しいからね」


 人生をかけて開発した魔法を金に換えるなど、己の魂を切り売りするようなもの。


 俺の知る魔法使いもそう言っていた。


「まぁ、だから高いんだろうけどね」


 つまり、提示する額は『魂の値段』だ。


 金貨十枚やら金貨百枚では到底足りない。


 そして、高名な魔法使いほど人間離れしている。


 能力も性格も価値観も、普通の人間とは全く違う。普通の物差しでは計れない存在だ。


 交渉相手が貴族や王族であっても首を縦に振らない。むしろ、高貴な相手に平然と中指を立てて「くたばれ」と言い放つほど。


 彼らはその名の如く「魔法使い」という生き物なのだ。


「それで? その魔法紙にはどんな魔法が?」


「一瞬で穴を掘る魔法だよ。条件付きでね」


「……穴?」


 彼女は地面を指差しながら問う。


「そう、穴」


 間違いない、と俺は頷いてから魔法紙を地面に置く。


 続けて紙に描かれた魔法陣の中心に指を置き、少しだけ魔力を流した。


 すると、魔法紙が半透明になって地面と一体化。


「えーっと、それで……」


 俺はシエルの手を取って開けた場所の端に連れていく。


「君はここで待機してて」


 そう言いつつも、俺はラプトルのいる方向を指差した。


「俺がラプトルを誘って戻って来るよ。すると、俺を追ってきたラプトルはさっき仕掛けた魔法紙の罠に掛かる」


 仕掛けた位置周辺を強く踏むことで『一瞬で穴を掘る魔法』が発動。


 罠に掛かったラプトルは穴に落ちる。


 つまり、落とし穴だ。


「ラプトルが穴に落ちた瞬間、君は大魔石を使って穴に水を注いでくれ」


 この際、魔法の行使は全力で。


 大サイズ魔石の魔力をフル活用し、大量かつ勢いのある水の放射を行ってもらう。


「穴に水を注ぐだけですの?」


「うん。簡単でしょ?」


 彼女は「ええ、まぁ」と頷いた。


「それでラプトルを倒せますの?」


「いや、最後に俺がトドメを刺すよ」


 穴に落とし、水攻めして、最後にトドメの一撃。


 これで刃物が通じないロックラプトルを仕留めてみせる。


「……失敗したら?」


「全力で逃げよう」


 俺はニコリと笑いながら頷いた。

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