凪掛澄華がどういうやつなのか知れる話、所謂プロローグその2
ライブ終了の数刻後、澄華の前には長蛇の列が出来ていた。
「凪掛澄華さんの握手会会場はコチラです!」
会場スタッフが列が崩壊しないよう何回も何回も折り返しをつくるように誘導する。
「澄華様! 今日のライブ最高でした! かわいいけどそこにかっこよさもあってでもそこに儚さもあって……もう、全部ありました!」
「ミユさんお久しぶり! ライブ楽しんでくれてボクも嬉しいな! またライブやった時にミユさんの姿見つけれるよう頑張ろっと」
「いえいえとんでもない! 澄華様とこうしてお話出来るだけでも感無量です! 後ろがつっかえてるので早く握手しましょう!」
「その配慮寧ろボクが言うべき立場なんだよね…………はい、また来てね!」
澄華に会えた殆どのファンは一言二言会話をしてすぐに握手しようと澄華を促す。澄華としては時短になって有難いが、それでいいんか? とも澄華は思った。実はこれが、ファンなりの澄華への気遣いなのだ。
「っと、キミは……初めての子かな?」
「は、はい! そうでひゅっ! …………あ」
スムーズに列が減っていき、握手会も終盤に差し掛かった時、澄華は目の前の少女が初めて自身のライブに訪れた子だと気付いた。
少女は会って早々緊張したのか、早口な上に途中で噛んでしまうというミスを犯してしまった。
次第に少女の顔が羞恥で真っ赤になり、恥ずかしさで口をつぐんでしまった。
「ふふっ。落ち着いて、深呼吸をしてからもう一回話してごらん」
「──ぅ、すぅ……お、落ち着きました」
「それならよろしい。キミの名前を教えてほしいな」
「はい! 私は
「カリンちゃんね。覚えたよ。カリンちゃん、今日はボクのライブに来てくれてありがとう。ライブはどうだった?」
「ライブは楽しかったです! 本当は友達が澄華さんのライブに行く予定だったんですけど、風邪を引いてしまったので急遽私にチケットを譲ってくれたんです!」
「カリンちゃんの友達ってもしかしてシュンちゃんだったりする?」
「ふぇ!? ど、どうしてわかったんですか?」
澄華の口から友人の名前が飛び出たことに目を見開いて驚いたカリン。
「シュンちゃんはボクのライブ参加皆勤賞の子だから今日来てないのが印象に残ってね」
「そうだったんですか……もうっシュンったら肝心な時に風邪引いちゃって」
「帰ったらライブの感想聞かせてあげてね」
「はい! ……あ! それと一つ聞きたいんですけど」
「何かな?」
そこでカリンは一呼吸。気持ちを一旦整えて、続けた。
「澄華さんみたいなアイドルになりたいです!」
「ボクみたいな?」
「はい! 私って今まで誇れるものとか無くて、やりたい事とかも見つからなくて不安だったんです。でも、今日初めて私はアイドルって言うものに触れてみて、コレだ! ってなったんです。まさしく運命の出会いってやつでした。だから、だから私も! 私もアイドルになって澄華さんみたいにキラキラしたライブをして見てくれてる人に希望を与えられるような、そんな存在に私はなりたいです……!」
「君、少し時間が──」
「──ボクは構わないよスタッフさん…………でも、そっか。カリンちゃんはボクみたいなアイドルになりたいのか」
「はい! なりたいです!」
澄華はカリンの眼を見た。マリンブルーの深い海のような瞳が真剣に想いを伝えようとしていた。視線を交わし続けて澄華は理解する。この眼は本気だと。
「────うん。分かった」
「はい! ……はい?」
「カリンちゃんなら良いアイドルになれると思うよ。お世辞抜きで本気でボクは思ってる……けど、カリンちゃん一人ならトップアイドルにはなれないよ」
「っ! そ、そうですよね。私ったら、冗談を言っちゃ──」
「──でも! でも、もう一人くらいいれば……それこそ、そうだね。心の底からアイドルが大好きでキミと心で通じ合ってるくらい仲の良い女の子が一人、ね」
「それってシュンちゃんのことですか?」
「さぁ? 後はキミ達次第だよ。ささ、握手しよう」
差し出された手を握り返すカリン。澄華から感じる体温とは別になにやら熱い気持ちをカリンは感じ取った気がした。
カリンと澄華はこの時、別の場所で、状況も立場も違う時に再び握手をすることになるとは思いもよらなかった。
「ぁ……あ、ありがとうごじゃいましゅ! ……あ、またやっちゃったッ!」
「噛みすぎて怪我しないようにね……じゃあ今度は同じステージに立てることを期待してるね」
「はい!」
その後も滞りなく握手会は終わり、澄華は控え室へ戻った。
テレビ局などの控え室とは違い、簡素な造りとなっているその部屋で澄華は「はぁ……」と、ため息を
「ムラムラする」
最低である。この上なく最低である。
これがさっきまでアイドル志望の女の子にカッコつけてた奴の姿か? ムラムラするじゃねぇよ。さっきまでのやり取りで得た信頼度一気にマイナスだわ。清楚たれよ頼むから。
しかしながら澄華は天使を思わせる可愛らしい容姿、俗に言う男の娘なのでどんなに最低な行為や終わってる発言をしても「おもしろい」である程度は済んでしまう。どうかしてるよこの世界。
「あーホントにムラムラする。この間読んだ本が原因なのか、とてもムラムラする。ボク、今、ちょーやばい」
ぶつぶつとこの世の終わりみたいな発言を繰り返す澄華。
天は二物を与えず。この言葉がある所為でこんな悲しきモンスターが生み出されてしまったと考えると涙を禁じ得ない。
幸いに控え室には澄華以外誰もいなく、澄華も予め自身が出てくるまで入室禁止をスタッフ全員に言い渡しているのでこんな低俗な発言をしていても人に見られるという危険は無い。
「カリンちゃんめっちゃ可愛かったな。流石はあのクソデカおっぱ…………シュンちゃんの親友だね。あの子がもし本気でアイドルを目指すならボクが事務所開いて勧誘しようかな」
ファンに対してとんでもないあだ名をつけている澄華。伊達に煩悩に塗れてないなこいつ。
自身の出した妙案にガバッと体勢を戻しながら澄華は宣言した。
「そうだよ! ボク自身がアイドルをプロデュースしよう! 天才かな? 天才かも。アイドル兼アイドルプロデューサー兼事務所の所長……いける、行けるぞ!
椅子の上に立ち上がったバチが当たったのか、澄華は勢いのあまり椅子から転げ落ちた。ハッ、ざまぁみろ。
強打した臀部を手で擦りながらも「そうと決まればッ!」と自身の親である父へと電話を掛けた。
「もしもしパパ?」
『……何だ澄華。もうライブは終わったのか? オレはまだ仕事が片付いてないから後で掛け直してくれよ』
「ボク事務所創りたい!」
『…………は?』
突拍子も無い息子の提案に父はストレスを加速させた。電話に出て早々無理難題を押し付けられた父は用件だけ伝えられ、すぐさま電話を切られた。
事務所の場所の契約や人員の確保など、トントン拍子で物事を進めた父に感謝をしつつ、澄華は中学最後の冬に新人プロデューサー兼事務所の所長になった。
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