第32話 きみの居場所

 巨獣の攻撃をパルテリースとトウガの2人が捌き続けている。

 一撃受ければ戦闘不能は必至の猛撃を出鱈目に繰り出してくるゼクウを相手に熟練の立ち回りで凌いでいる2人。

 その合間に2人も攻撃を加えているのだが、あの体躯の上に負傷を次々と周囲の構造体から吸収して復元してしまうゼクウに満足なダメージを与えられているとは言えない状況である。


 ……そう、今のゼクウはまるでこの遺跡、だ。

 どれだけの傷を負おうが際限なく蘇ってくる。

 それはまるで肉弾でこの巨大な塔を打ち壊そうとしているようなものだ。


 このまま戦闘を続けていても絶対に奴は倒せない。

 ウィリアムにはその確信に近い予感があった。


 そんな攻防を離れた場所から視界に納めつつ、ウィリアムを肩に担いだカルラが斜めに床に突き刺さった瓦礫に片足の底を当てると体勢を低く落とした。


「跳びます。繰り返しますがチャンスは1度きりですよ」

「わかった」


 肯いたウィリアム。

 彼は左手に剣をバンデージでぐるぐるに巻き付けている。

 ……もう、自身の握力すら信用できないような状態なのだ。


「呼吸を合わせてください」

「ダンスのようにか」


 その言葉にメイドがフッと笑った。


「そうですね。貴方と踊った事はありませんが……」

「そういえばそうだったな」


 彼女とどころか最後にダンスを踊った事自体が何十年前になる事やら……と、この期に及んで気の抜けた事を考えている自分に驚くウィリアムだ。


 メイドが屈む。

 バネのように己の内に爆発力を充填する。


 ……バン!!!


 破裂音のような音を残して2人が宙を舞った。

 高く飛んで下を見下ろすウィリアム。

 あの巨大な獣が掌に乗るようなサイズに見える。


 そして飽和点に至ったその時、カルラがウィリアムの背に両足の靴底を当てた。


「……行きます。後武運を」

「ああ。ありがとう」


 帰ったら君のカレーが食べたいな、と……。

 思いはしたもののそれを口に出している余裕は流石に無かった。


 押し出すようにウィリアムの背を蹴るカルラ。

 真下にゼクウがいる。

 天頂から走る光の矢となってウィリアムが虚空を貫く。


「ゼクウ!!!!」


 今だ対敵は上から降る自分の存在に気付いていない。

 しかしそれなのにウィリアムは叫んだ。

 この一撃は奇襲により致命傷を与えるためのものではない。


「……ウィリアァァァァム!!!!!!」


 吼えるように名を呼んで……。

 巨大な獣が頭上に腕を振り上げた。

 だがその爪はウィリアムを掠める事なく虚しく虚空を薙ぐ。


 1人の作家が世界を滅ぼそうとしている獣に剣を突き立てた。


 巨大な両眼の狭間に渾身の一撃が命中する。


 ゴアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!


 轟く咆哮。


 周囲の大気が震える。


 根元近くまで突き刺さった長剣。

 だがこれでも頭蓋を抜けたかどうかすら怪しい。

 最後の力を振り絞って、ゼクウの頭部で片膝を立てて剣の柄を握り締めるウィリアム。


「ゼクウ!!! お前は……!!!!」


 もがく様に身体を揺する巨獣の頭部で振り落とされないように必死に剣にしがみ付きながらウィリアムが叫ぶ。


「お前は…………余所者よそものなんかじゃない!!!!!!」


 身体に残ったものを全て搾り出すようにして叫んだ。


 その叫びが虚空に響き渡った。


「…………………………………………」


 ゼクウの動きが止まった。

 巨大な獣は頭上に腕を振り上げた姿勢のまま停止している。


「オレがこの世界の正式な住人だと……そう言うのか」


 低く静かな声で獣は言う。


「そうだ」


 ウィリアムが肯く。


「オレは……この世界ここにいていいのか」


「そうだ」


 眉間に突き立てられたウィリアムの剣から無数のヒビが入ってゼクウの全身に広がっていく。

 同時に獣の巨体が色を失い床材と同じ灰色に変じていく。


「オレは……この世界に現れた事を恨まなくていいのか。怒らなくていいのか……」


 バラバラと音を立ててゼクウが崩壊していく。

 どこか遠い世界からやってきていつの間にかこの世界に居着いた獣が崩れていく。


「……そうか……よかった……」


 獣は崩れ去った。


 ……そして、二度と蘇ってくる事はなかった。


 ────────────────────────


 建設途中のビルが倒壊し、周囲の建物の崩れて火の手が上がっている。

 通報を受けて駆け付けたうぐいす隊隊士たちが見たものはまるで戦場さながらの光景であった。


「これは……どういう事だ」


 数体の妖怪らしき亡骸が回収されている。

 ……だが、それだけだった。

 生きている者は誰もいない。1人として。


 ここに何者がいたのか。

 ここで何があったのか。

 それを示すような証拠も何一つ残っていない。

 全て持ち去られた後だった。


 …………………………。


 ……そして、そこから数km離れた倉庫街の一角。

 明かりも点けない倉庫の中に無数の男たちが整列している。


「余計な横槍が入ったがよ……」


 その男たちの前に立つ者……斬因ざいん

 彼は満身創痍の状態でありトレードマークの灰色のスーツはボロボロで血と泥で汚れてしまっている。

 全身の傷口を乱暴に包帯で覆っている斬因。

 その包帯も血と泥で汚れている。


「計画には何一つ変更はねえ。今夜が千載一遇のチャンスだって事もな。……死ぬ気でやれよお前ら」

「斬因さん、少しお休みにな……」


 グシャァッッ!!!


 台詞の途中で顔面を砕かれ男が倒れる。


「余計な口を利くんじゃねぇよ。お前らが口にしていいのはイエスだけだ……違うのか?」

「その通りです。副総長」


 別の手下が肯いて返事をした。


 がこん!と低い金属音が響いて倉庫の戸が開く。

 斬因と手下たちが一斉にそちらを見ると、開いた戸の隙間から月光を背にしてフラフラと1人倉庫に入ってくる者がいた。


「……ざ、斬因さ……ん……」


 別の区域に派遣した筈の部下の1人だ。

 薄暗い倉庫の中では男の様子はよく見えずわからない。


「大変です……がぁっ……」


 呻くように言って男は前のめりに倒れた。

 ……いや、倒れたように見えた。

 だが男が倒れたはずの床には何もない。


 男はどこにもいなくなってしまった。

 そこに誰かがいたのだという痕跡すらない。


「……何だ?」


 斬因が眉を顰める。


「斬因さん。倒れながら……溶けちまいました」


 入り口に比較的近い位置にいた手下が掠れた声で言った。


 ……そして、また1人誰かが倉庫に入ってきた。

 今度は女性のようだ。

 コート姿の女性。

 顔は逆光でよく見えない。


「夜は静かにするのがマナーよ。そんな簡単な事もわからないのなら……」


 顔はわからないが、眼鏡を掛けた女性らしい。

 月光がレンズに反射している。


「この世から消えてしまいなさい」


 倉庫の外では帽子にロングコートのスーツ姿の男が煙草を咥えてマッチで火を着けている。


「お気の毒様ですな」


 誰に言うともなく六角は呟いた。

 中の者たちは知るまい。

 彼女が地震でホテルを出る羽目になって機嫌が良くなかったという事を。

 ようやく見つけた次の宿がこの抗争で破損しまた出なければならなくなったという事を。


 周囲は静かだ。

 どこからか虫の声が聞こえてくる。


 倉庫の中ももうしんと静まり返っている。


 月を見上げて六角は長く紫煙を吐いた。


 ────────────────────────


 この夜は火倶楽の記録でも類を見ない程の多くの事件が発生した。

 火倶楽だけではなくその周辺の国家でもだ。

 その多くはヤクザ組織の抗争と見られる騒ぎや殺人などである。


 序盤戦況を優位に進めていた王牙会であったが途中から指揮系統が乱れ始め徐々に東州武侠連系の反撃を許した。

 最終的には東が防衛に成功した形で抗争は終焉を迎える。

 そして総長、副総長共にこの夜から連絡が付かなくなった王牙会は後を纏められる者がおらずにいくつかの組織に分裂する事となった。

 そう、それはあの百鬼夜行の末路によく似ている。


 ……そして煌神町内の病院の一室にて。


「放せつってんだろ! 俺も出動るんだよ!!」

「ダメですって! あんた2桁の骨折してんですから!!」


 葛城陣八がベッドの上で隊士たちに押さえつけられてぎゃあぎゃあと喚いているのだった。





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