第30話 寄る辺無き者の意地

 建設途中で打ち捨てられたはずの廃墟のビル。

 そこが今鳴動している。

 大地は何度もぐらぐらと揺れて、地下から王牙会の構成員たちが逃げ出してくる。


「おい! 斬因さんは!!?」


 逃げてくる構成員に駆け付ける別の構成員。


「まだ中だ! でも近づけねえぞあんなもん!!」

「ああ、バラバラにされちまう!!」


 他の構成員も半ば悲鳴のような声で叫んだ。

 そこに一際大きな衝撃が走り、またビルがビリビリと震えた。


 地下の広いフロア……ここは元々は地下駐車場だった。

 開けた空間に鳴り響いている打撃音、そして破砕音。

 2匹の妖怪が死闘を繰り広げている。


「グオオオオオッッッッッ!!!!」


 巨大な瓦礫を持ち上げてそれを白い装甲の戦士に叩きつける鮫の妖怪。

 炸裂した瓦礫は砕け散り周囲に破片を飛ばす。

 パープルの白装甲はあちこちが破損し砕けて傷だらけの生身の部分が露出している。


「……ガアアッッッッ!!!!」


 その舞い散る破片の中に踏み出すパープル。

 繰り出した拳は白い軌跡を残して斬因を殴り飛ばす。

 血を吐きながら鮫の妖怪が大きくのけぞった。


「うおおぁぁぁぁッッ!!!」


 パープルは体勢を崩している斬因に向けて自動車を持ち上げて振り下ろした。

 轟音と共に車体が大きくひしゃげて無数の部品をばら撒く。

 次いで轟いた爆音。

 周囲は赤い炎に包まれる。


「凶覚ゥゥゥゥッッッッ!!!!!」


 炎の中でむくりと起き上がって斬因は叫んだ。


「眠りなさい、斬因!!!」


 真っ赤な世界で向かい合う2匹。


「……四天王は今日で終わりよ」


 ────────────────────────


 駆けるウィリアム。

 その前方には漆黒の男……ゼクウ。

 20m程だった彼我の距離が瞬きの間にゼロになる。


 ゼクウは何も持っていない。装甲のようなものも一切身に着けていない。

 だが迷いは禁物だ。

 相手はかつて大陸中を蹂躙した怪物なのだ。


「……ふむ」


 ゼクウは小さく鼻を鳴らすと迫るウィリアムへ向けて右手を持ち上げて翳す。


「!!!」


 斬りかかりながらウィリアムは驚愕に目を見開いた。

 翳したゼクウの手の、その真下の床がうねって波打ち持ち上がると大剣の形状に変化したのだ。


 ……ガキィィィィィン!!!!!


 床材から生成した大剣でウィリアムの一撃を受けるゼクウ。

 両者の武器が激しく火花を散らしてぶつかり合う。


「こんなものか? 少々ガッカリだぞ」


「……センセ!」


 エトワールの声に反応したウィリアムが背後に大きく跳んで距離を取る。

 ブロンドを靡かせて少女は既に空中にいる。


「喰らいやがれ!! 『エクスプロージョン』!!!」


 ドガガガガガガガッッッッ!!!!!


 赤い無数の小爆発がゼクウを取り巻いた。


「おお」


 繰り返し発生する爆発の中に消えていきながら感心したような声を上げるゼクウ。


「やれてませんよ!! センセ気を付けて!!」

「わかった!」


 油断なく身構える二人。

 立ち込める煙の向こう側に変わらずに立つ男のシルエットが見える。


「悪くはない、が……まだ物足りないな」


 カツン、と靴音を鳴らしてゼクウが1歩前に出た。

 その姿は傷を負うどころか、あれほどの爆発に巻き込まれておきながら着ている着衣の乱れすらないように見える。


「どうした? もっと死力を振り絞れ。オレはお前たちの旅の終焉だと……破滅の運命だと言ったはずだぞ」


 そう口にしてからゼクウは大剣を大きく頭上へ振りかぶる。


「それともこちらが棒立ちではやる気が出ないか?」

「……!!」


 ブン!!!と力を込めて剣を振り下ろしたゼクウ。

 ウィリアムとエトワールはそれぞれ反対方向に跳んでそれを回避する。

 発生した衝撃波は床を抉って削り溝を掘りながら一瞬前まで二人のいた位置を駆け抜けていった。


 恐るべき破壊力。


 だが大技の後には隙が出来る。

 それをただ黙って見ている二人ではない。


「……!!」


 大剣を振り下ろした姿勢のままゼクウが目を見開いた。

 斜め前から踏み込んできたウィリアムは既に黒衣の男の真横にいる。

 ……その剣を頭上に高く振り上げた体勢で。


『雷霆』が……。

 雷の名を与えられた必殺剣が今度こそゼクウにまともに炸裂した。

 両手に伝わるのは異様な抵抗。

 生身の硬度ではない。

 だが……。


「おおおおおぉぉぉ!!!!」


 ウィリアムは吠えた。

 渾身の力を込めた一撃が堅牢な護りを抜ける。

 ゼクウの身体に届いた刃は鮮血を噴き上げながら斜めに切り裂いていく。


 剣を振り抜き、息をつく間も無く横に跳ぶウィリアム。

 彼にはわかっている。

 この瞬間に彼女はもう魔術の集中を完了していると。


「『滅びドゥームの姫君プリンセス』!!!!」


 破壊エネルギーの漆黒の螺旋がゼクウに襲い掛かる。


「ぐうあああああッッッッ!!!!」


 咄嗟に大剣を持ち上げて黒いエネルギードリルを受けるゼクウ。


「!!!!」


 ……バキィン!!!!!


 だが次の瞬間甲高い音を立てて大剣は粉々に砕け散り、まともに被弾したゼクウが吹き飛んで床に叩き付けられた。

 大の字に倒れた黒衣の男からはしゅうしゅうと煙が立ち昇っている。


 大技の直後に動けないのはこちらも同じ。

 二人は呼吸を整えながら仰向けに倒れているゼクウを油断なく窺う。


「……いい攻撃だったな」


 呟いてゼクウが立ち上がってきた。


「…………………………………」


 苦い顔をする二人。

 倒せないまでも確かに深手を与えた手応えがあったのに……。


「何故倒れないんだと言いたそうな顔だ」


 ウィリアムたちの顔色を読んだか口の端を上げて言うゼクウ。


「そうだな。確かに今のお前たちの攻撃はかなりのダメージをオレに与えた。一瞬ではあるがかつて刻久がオレに見せた無という果ての無い暗い穴の縁が見えたぞ。……だがこうして今オレは立ち上がった。何故だろうな。あえて理由を口にするとすれば意地のようなものか」

「意地だと……?」


 右手を水平に伸ばすゼクウ。

 再び床が波打ち大剣を生成する。


「そうだ。これは意地だ。オレはすべての異神アナザーたち……お前たちが妖怪と呼ぶ者たちの代表面をする気はない。だが、今ここに立つオレは、かつてオレだったものの……あの際限なき怒りを無意味なものにしない為に足掻いている」


 掴んだ新たな大剣を床と垂直に掲げるゼクウ。

 双眸が赤く輝き周囲の空気が震え始める。


「この世界に……。 確かにオレは怒っていたのだと爪痕を残すまでは……簡単に倒れるわけにはいかん」


 ゼクウの掲げる大剣が赤黒いオーラを纏って鳴動する。


 ゾクッとウィリアムたちの全身を冷たい死の気配の混じった痺れが走った。

 耳の奥が鳴る。


 ……何か……とてつもないものが来る!!


「受けてみろお前たち!! これが我が怒りの残滓!! 寄る辺なきものの意地と執念だ!!」


 大気が……歪んだ。

 何か爆発的な変化へと至る助走だ。


 刹那の沈黙を挟んで全てが爆砕する。

 全ての空間が、まるで時すらもが砕け散ってしまうかのような……。

 そんな衝撃波がゼクウを中心に発生しフロアを放射状に薙ぎ払った。


 その瞬間、巨大な塔全体が揺れていた。


 ……………………。


「う……ぐッ……」


 瓦礫の中でウィリアムが上体を起こす。

 意識は……失ってはいなかったはずだ。

 今はまだあの攻撃の直後のはず……。


「!!!」


 愕然としたウィリアムの呼吸が詰まった。

 自らに抱き着くようにして覆い被さっているエトワールに気が付いたからだ。

 彼女の美しい顔は流れる血で真っ赤に染まっている。


「……エトワール!!!!」


 叫んでいた。

 被弾する瞬間に自分へ向かって飛び込んできた彼女の姿を思い出す。

 彼女はウィリアムを庇ったのだ。


 呼吸はある……だが意識がない。

 負傷の度合いも相当深刻そうだ。

 彼女を抱き起そうとしたウィリアム。

 その体勢がガクンと大きく斜めに崩れかける。


「……ッ」


 ……そこで彼はようやく気付いた。

 自分の左の足の……膝から下が無くなっている。


「…………ぐぁ…………」


 思わず喉の奥から呻き声が漏れていた。

 ショックで麻痺していた痛みが徐々に蘇ってくる。


 ザッ、と足音がした。


「……!」


 見上げると目の前にゼクウが立っていた。


「そうか。足が千切れてしまったのか。考えていた以上にダメージを与えてしまったな」

「……!!!」


 痛みを堪え歯を食いしばってウィリアムが強くエトワールを抱きしめた。


(……逃げなければ!! 彼女を連れて……!!)


 諦めるわけにはいかない。

 それだけは自分には許されないのだ。

 この旅は自分の旅だった。

 彼女はそれにずっと付き合ってくれていた。

 自分の為に、彼女が不幸な結末になる事だけは許されない。


「その有様ではもう戦えまい。残念だ。もっとお前たちの事を知りたかったが……」


 大剣を振り上げたゼクウ。

 ウィリアムが下半身を引き摺りながら背後へ下がる。


「お別れだ、ウィリアム・バーンズ。オレはお前たちの名前を忘れることはないだろう」


 ……ドガッッッ!!!!!!!


 雷鳴のような轟音がウィリアムの鼓膜を震わせた。

 彼はとっさにエトワールにかばうように抱き着いた。


「……?」


 数秒の後、彼は目を開ける。

 自分たちに襲いかかってくるはずの致死の一撃が来ない。


 顔を上げて……。

 彼は目を見開いた。


 ゼクウは……いない。

 彼が立っていたはずの場所には今誰もいない。


 そして、その代わりに別の人物が自分の前に立っていた。

 ハイキックの姿勢のまま、右足を高く上げたままで立っていた。


「遅くなりました。御主人様ウィリアム


 クラシカルなロングスカートのメイド衣装に身を包んだ彼女が言う。

 青みがかった銀の長髪をアップにまとめた怜悧な美貌のメイドは右足を下ろしてスカートの裾を摘んで優雅に一礼する。


「ですが、ギリギリでも間に合ったのはひとえに私が有能で可愛らしいメイドさんだからなのですが」

「カルラ……!!!」


 声を上げたウィリアム。

 その彼の姿にバーンズ家のメイド、カルラ・リュヒター・ベルデライヒはほんの僅かに表情を綻ばせるのだった。






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