第29話 旅路の果て
数百万年前の
その内部にウィリアムたちが突入する時がきた。
先行した探索者たちは現時点では2、3人の組になり突入しているとの事でウィリアムたちもそれに倣うことにする。
「ほい、んじゃウチはセンセと組ですね。後は残りモン同士で適当に組んじゃっていいですよ」
「ええ~、ちょっとえっちんそれズルいなぁ」
エトワールがウィリアムと腕を組むと不満げな優陽。
「うっせーですね。この前の話もあるでしょーが。どっちみち今回オメーはセンセとは一緒に行けねーんですよ」
「むーむーむー」
優陽はゼクウとは戦わせないとウィリアムは言った。
その役目は自分が請け負うのだと。
つまりウィリアムたちが最終決戦用パーティーという事になる。
優陽とは別行動をした方がいいというのはそういう理由からだ。
現時点でゼクウと遭遇したとして戦いになるとはまだ決まったわけではないが……。
「あーあ、先生と一緒じゃないならつまんないな。先生、早くあいつやっつけて戻ってきてね」
「そうは言うても首尾よく先生がたがゼクウに遭遇するとは限らんじゃろ。全員覚悟はしておかんとな」
作務衣姿の幻柳斎翁。
この老人も今回は自ら前線へと赴く。
こうして、幻柳斎と優陽、疾風と獅子王がそれぞれ組となり内部へ突入する事になった。
「それでは、また後で」
ウィリアムの言葉に仲間たち全員が頷く。
……また後で。
この言葉の意味がこれほど大きく響くこともないだろう。
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遺跡の内部へ足を踏み入れる。
ひんやりとした空気の漂う広い通路。
天井もかなり高くどこまでも続く大空洞といった趣である。
材質はつるつるした石なのか金属なのかもわからない物質で、時折鼓動するように内側がすこし透けて見えてそこに輝く筋が通っていく。
……まるでそれは遺跡全体に命があり、建物が生命活動を行っているようであった。
「こんな時でもなければ、いつまででも中を探索していたいんだがね」
冒険家のウィリアムとしては目の前に広がる光景は黄金郷にも匹敵するものだ。
その言葉にエトワールは微笑んで頷いて……。
「そんじゃセンセ。ゼクウの所に行きますよ。準備はいーです?」
一転表情を真剣なものにするとそう言った。
「そうしたいのは山々だけどまずはそこまでのルートを見つけないとな」
「ありますよ。今すぐお連れできます」
一瞬黙り込んでしまうウィリアム。
エトワールの顔は真剣だ。
最も冗談を言うタイミングでもないだろうが。
「まさか……君は……」
「ええ。ウチのお話してなかった秘密第二弾……ウチは
そう言うとエトワールは無造作に通路の壁に触れる。
すると幾つかの紋様が光って表面に浮かび上がってきた。
「この文明の遺物の特徴ですけど決まったスイッチとか操作のための部位みたいのがないんですよ。どこだろうとこうしてアクセスしてコントロールできます。建物ならホラ、こうして壁でも床でも天井でも」
紋様のいくつかに触れて点滅させているエトワール。
滑らかに素早くタッチを繰り返しいくつもの紋様が光を放つ。
それはまるで鍵盤楽器を演奏しているかのようだ。
「んー、ダメですね。こっから『
「待ってくれ。それじゃあ今他のみんながやっている探索は……」
ウィリアムの言葉にエトワールは目を閉じて肩をすくめた。
「ウチから見ればまるっきりのムダですね。でもしょーがねーです。ウチがこんな事できるのは絶対知られちゃいけねーんで……」
「そうか……」
自分のために今その危ない橋を彼女に渡らせているという事だ。
申し訳なく思うウィリアムである。
「さて、これでもう他に道はなくなりました。ゼクウに止めさせるか、もしくは……」
エトワールの紅い瞳がウィリアムの顔を映している。
「ヤローをぶっ倒して、上位者がいなくなった状態でウチが命令を上書きするか、ですよセンセ」
「…………………………」
気が付かないうちに握った拳に汗を搔いていた。
迷うことはなにもない。
自分は……その為にここまできたのだ。
「よろしく頼む」
「はい。じゃあ……転移します」
エトワールが紋様を操作すると2人の姿は淡い光に包まれて消えていく。
そして、その場には誰もいなくなった。
───────────────────────
『塔』内部、中枢エリア……モノリスの間。
そこは横にも、そして奥にもどれ程の広がりがあるのかもわからない広大な空間だ。
淡い緑色の光の柱が立つ。
その中に現れる2つの人影。
ウィリアム・バーンズとエトワール・ロードリアスの2人が歩き始める。
この途方もなく広い空間を奥へと向かって。
僅かに早足で灰色の髪の男とブロンドの少女は歩いていく。
『ほう! これは……』
虚空から響いたのはややエコーのかかった低い男の声。
その声は意外そうでもあり、またどことなく楽し気にも聞こえた。
声の主がどこにいるのか……。
姿はまだどこにも見えない。
『驚いたぞ。またあの時のように刻久をぶつけてくると思っていたがな。……オレが予言した通り、前座ではなくなったか! ウィリアム・バーンズ』
「牙嵐……いや、ゼクウ」
未だ姿の見えない相手の名を呼ぶウィリアム。
『よく来たな。歓迎しよう。……そう、それでいい。そのまま真っすぐ進んでこい』
2つの足音が虚空に響いて消えていく。
どこまでも変わらない景色に同じ調子のまま刻まれ続ける靴音。
この歩みは永遠のものなのではないかと、そんな錯覚すら覚える。
『運命とは面白いものだな。ウィリアム』
またどこからともなくゼクウの声が聞こえてくる。
『黒羽幻柳斎に招かれこの大陸にやってきたお前。実の父にも実の母にも半ばいない者と見なされお前たちの里にやってきた優陽。そして百鬼夜行。病でこの世を去った双子の兄刻久。百鬼夜行を討つために挙兵した腹違いの兄征崇……どれか1つでも欠ければこの今のこの運命はなかった』
詳しいな……と、ウィリアムは思った。
これほど全ての事情を知るものは仲間内でも多くはない。
誰かがそれを報告したとも考えにくい。
ならばこの遺跡の塔の何かにアクセスする事によりそれらの情報をゼクウは知ったのだろうか。
『その中でもお前という要素が特に大きい。お前という1人の旅人が生んだ小さな波紋がどこまでも大きく広がり様々なものに大きな影響を与えた。大した男だ。歴史の特異点というべきか? ククク……』
随分と評価してくれているようだ。
しかし口に出して否定はしないがウィリアムは自分ではそうは思ってはいない。
自分がこの大陸にいなかったとしても、優陽が剣を手に取ることがなかったとしても……。
きっと誰かが立ち上がっただろう。
謂れなき暴力へと立ち向かった事だろう。
そう思う。
『……お前の本も読んだ。実に楽しませてもらったぞ。世界中にお前のファンがいるというのもわかる話だ』
……まさか、妖怪王と呼ばれた男から著作の感想を受ける日が来るとは。
苦笑すればいいのかどうすればいいのかよくわからずウィリアムは複雑な心境だ。
『お前の冒険にはいつも障害が、危機が、敵の存在があったな。だがその旅路の果てにはいつも夢や希望があった。お前は未来というものを信じているんだろう?』
二人の歩みが止まる。
巨大なモノリスの立つその前に人影が1つある。
前を閉じた黒いロングコート姿で長身のその男はポケットに手を突っ込んで2人を待っていた。
「だが……もし今日お前がオレに挑むつもりでここまで来たのなら……」
ゼクウの双眸が2人の来訪者の姿を映し出す。
「オレがお前の旅路の
「……ゼクウ!」
ウィリアムが……エトワールが構えを取る。
「そうだ、オレがゼクウだ。かつて『妖怪王』と呼ばれた者。ククク、お前とこうして直接顔を合わせるのはこれで三度目になるか。最初は妖怪王として、そして二度目は王牙会の総長、牙嵐として……」
ゼクウは右手をポケットから出すと自分の胸に当てる。
芝居がかった自己紹介の仕草のように。
「そしてこれが三度目、実際はその何者でもなく
直立し、黒衣の男は両手を広げる。
まるで遠方からの友を出迎えるように。
「俺はゲートを暴走させこの世界のあらゆるものを
その男は妖怪たちの王ではなく、ならず者たちのボスでもなかった。
ウィリアムたちと同じ旅路を往くものだった。
……だが、この男の旅路の果てにはあらゆる秩序と常識の崩壊が待っている。
両者の旅路は交わった。
どちらかしかこの先へは進めない。
覚悟を決めてウィリアムは剣を握る。
そして……灰色の髪の男が黒衣の男に向けて床を蹴った。
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