第27話 優陽と征崇
ふぅ、と息を吐いた優陽は首を傾けて薄目で兄を見る。
「兄上様が
「……ええっと、そうだなぁ」
腕を組んだうぐいす隊長……かつて
「まあ、そもそもね。オジさんがこんな身体になっちゃったのって
「早々に退位したのはその為ですか」
ウィリアムが言うと征崇が頷く。
初代将軍征崇は40代で退位し2代目に将軍位を譲って隠居している。
「そーそー、そゆことね。んで、いざ自由の身になってみたんだけどさ。これから何しようかなって思った時に、とりあえず普通に一市民やろうかなってね。上からだと見えなかったものもあるし、できなかった事もある。そういうのを民草の視点で見直していこうかなってね。それでまー、色々あって今は
一区切り、とでも言うようにそこでパンと手を叩く征崇。
「さてくたびれた中年の身の上話はこの辺にしとこうか。本題に入ろう。こっからはちょっと真面目な話ですよ」
その言葉の通りに征崇の語りのトーンが変化した。
襟を正すウィリアムたち。
「オジさんさっき聖女ミラ様に連絡取ってね。大体の事情は把握してる。今やんなきゃいけない事は塔に乗り込んでって制御権を奪い返す。そんで異界からの門を再び眠らせなきゃいけない。この件に関してはちょっとね……幕府は当てにできないんだよね。オジさんら事情を知ってるメンバーでやるしかないんだよ」
苦笑する征崇。
よっこらせ、と立ち上がってエトワールが肩を竦める。
「まー、確かにゼクウが生きてて超古代の遺跡を蘇らせて妖怪を増やしてますとか言ったって混乱さすだけですね」
「そうなんだよ。話がちょっと大きすぎてね。幕府の処理できる範囲を超えちゃってるんだわ」
優陽に引っ張られるようにして立ち上がったウィリアム。
「ではすぐに出発を?」
「いーや、流石にそれはキツい。失敗できない真剣勝負だ。少数精鋭でも可能な限りの猛者を集めて乗り込みたい。頭数揃える以外でもいろいろ準備があるし。そうだなぁ……3日後……いや3日じゃ厳しいか。5日後にオジさんみんなを迎えに来るから。準備を整えておいてもらえるかな」
5日後……。
誰もが言葉もない。
同意も拒否もない。
ただ5日後にここを出発し自分たちは戦いに行く。
その事実があるだけだった。
そしてその戦いの結末がこの国の、大陸の……ともすれば世界の命運を決めるのだ。
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薄暗い空洞がどこまでも広がっている。
人口の空間としてこれほどの広さを持つものは世界に他に存在していない。
その空間の中央には巨大なモノリスがある。
表面に幾筋ものラインを刻まれ幾何学模様を描いている鉱物のプレート。
淡く青く輝くそれが自身の前に立つ黒衣の大男の姿を照らしている。
その男……ゼクウ。
彼は一度死に瀕して自らの
自身がどこから来た何者であるのかを知った。
かつて自らを突き動かしていたもの。
魂の底から湧き上がってくるかのような際限なき憤怒。
その感情の源泉が今ならわかる。
あの怒りはきっと、元々自分のいた世界からどこかもわからぬ世界に急に放逐されたその理不尽に対する怒りだったのだろう。
「永遠の
呟いてからゼクウは静かに笑った。
「ならば……オレがこの世界を寄る辺なき彷徨える魂で満たしてやろう」
モノリスにゼクウが触れる。
すると巨大な金属板はまるで鼓動のように青く明滅するのであった。
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約束の日までの5日間はあっという間に過ぎ去った。
もう少し時間の余裕があれば世界中に散っている仲間たちに連絡を取って集めることもできたのだが……そう思ったウィリアムではあるが言い出せばキリのない話である。
大体の場合戦いとはそういうものだ。
急に発生してその場の者のその場のコンディションでどうにかするしかない。
陣八は一命を取り留めたとの連絡が入った。
まだ見舞いを受けられるコンディションではないそうなので快癒を祈るに留める。
後は……特に何もない。
この期に及んで修行でもない。
手持無沙汰なので事務所の掃除などしてみるウィリアムたち。
武器の手入れをして食べたいものを食べて……お酒も飲んで昔話に皆で花を咲かせた。
まるで間もなく決戦に出発するとは思えないほど誰もが笑っていた。
そして……朝日が昇る。
出発の日がやって来た。
皆すでに準備は整っている。
ブッブーッ、とクラクションが聞こえてウィリアムたちが事務所のビルを出てくる。
目の前には一台のマイクロバス。
派手な赤い車体の側面には大きく『火倶楽プロレスリング』とペイントされていた。
「迎えに来たぞ!! 準備がいいかー!!」
そして運転席の窓から手を振る老いたマスクマン。
「何てもんで迎えに来るんだよ!!!!」
「うわぁセンセが滅多にないトーンでマジギレした」
のけぞるエトワール。
すると、通りの住民たちがぞろぞろと出てきて集まってくる。
夜の店のスタッフたちもだ。
当然彼らはこれからウィリアムたちがどこへ何をしに行くのかなど知らされていない。
だが、皆気付いている。
知っているのだ、告げられずとも。
いつも黒羽事務所を見てきた人々ならわかるのだ。
今から彼らが途方もなく困難な大きな仕事をしに行くのだと。
「気をつけてな」
「しっかりね」
思い思いに激励の言葉をかける煌神町の住人たち。
中には弁当の包みを手渡してくる人もいる。
そんな中に一際目立つ紫頭に白スーツの大男がいた。
「オメーは行かねーんですか」
エトワールの言葉にパープルは大げさに肩をすくめて見せる。
「私は行かないわよ。言ったでしょ? 私はアンタたちの協力者ではあるけど仲間じゃないの」
「へいへい。好きにしろよ」
そう言い残してマイクロバスに乗り込もうとするエトワール。
その背にパープルがフフ、と笑いかける。
「まー、そう寂しがんないでよ。人にはね、誰にでもそれぞれ役割っていうものがあるの。私の今の役目はアンタたちと一緒に行って戦うんじゃないって事よ」
「誰が寂しがってんですかアホウ」
べえ、と舌を出してからブロンドの美少女は車内に消えた。
大勢の手を振る人々に見送られてマイクロバスが走り出す。
ウィリアムは座ってから車内を見回した。
「征た……うぐいす隊長は?」
「別の車だ。何しろ大きな作戦だからな。数十台の車が出ている。わしは黒羽事務所に近かったので迎えの担当になったというわけだ」
前を向いて運転しながら返事をするバーバリアン
巨体すぎるこのマスクマンに運転席は実に窮屈そうだ。
「一本足剣法のサーダ・ハールやトゥギャザー神拳のルー・
「なんか懐かしい名前が……。その人たち半世紀前で既にそこそこ年齢がいってたはずなんだが……」
遠き過ぎ去った日々を……大戦の時代を思い出すウィリアムである。
「飛ばして向かうが数日はかかるぞ。途中補給を挟みながら行く! しっかり英気を養っておくんだぞ!!」
そう叫ぶとバーバリアンはアクセルを踏み込み蒸気エンジンを唸らせマイクロバスを爆走させるのであった。
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