第26話 先史召神文明

 黙ってエトワールの言葉に耳を傾けているウィリアム。

 彼女は秘されたこの世の真実を語るという。


「さっきハヤテが輪切りにした円柱って言ってましたけど、あれは正解で……あれは基部なんです。とんでもなく馬鹿デカい塔の根幹部分。土台を作ったとこで終わっちゃったんですよ。何故って世界が滅んだから。本当は空の果てまで届く巨大な塔になるはずのもんだったんです」

「…………………………………………」


 ウィリアムは黙ったまま聞いている。

 荒唐無稽な話ではあるが、彼女が語るのなら正しいのだろう。

 何千年も前から続く古の知識を継承する一族の末裔なのだから。


「現在の歴史だと人類史は1万年前くらいに始まった事になってますけど、実はそれは2の話で実際にはその数百万年前にも1度人類の文明がありました。ウチらはそれを先史召神文明プレ・サモニクスって呼んでるんですけど」

「召神……」


 ウィリアムが呟くとブロンドの美少女は肯いた。


「そうです。この文明の最大の特徴がその名の通り使っていう事。そういう次元の壁を越えるゲートを作る技術を持った超文明だったわけです。ま、ここで言う『神』っていうのは大雑把な表現で悪魔でもなんでもいいです。要は人智を超えた強大な存在って事、バケモンですね」


 どこか小ばかにしたような調子で肩を竦めるエトワール。


「思い思いに強大な力を持つ神を使役して世界は繁栄の絶頂にあったわけですけど、ある時この文明はあっさり滅びます。世界ごとね」

「戦争か何かがあったのか?」


 エトワールは首を横に振って否定する。


「いーえ、そういう記録はないんですよね。記録によれば世界の召神技術の粋を集めて『究極の神』を呼び出そうとチャレンジしたらしくて、その神がどうも世界を滅ぼしちゃったらしいです」

「反抗されたのか」


 やはり首を横に振るエトワール。


「そうじゃなくて、そもそも理屈は知らないけどこの召神システムって神はこっちの世界に呼び出された時点で呼び出した者に逆らえないように処理された状態で現れるらしいんですよ。まーそりゃやべー強さの神とか呼ばれてるもんを呼び出すのに出てきてから反抗的かもしれません、じゃとても危なっかしくて利用できませんからね。だから多分、世界を滅ぼした神っていうのは向こうには全然そんなつもりはなくて。こっちへ出てきて欠伸とかくしゃみとかしたら世界が滅んじゃった、みたいな……そんな話だったんじゃないかってウチらは考えてるんですけどね」

「そもそも世界の許容範囲キャパシティを超えた存在が来てしまったという事か」


 話のスケールが大きすぎて頭がくらくらするウィリアムだ。


「で、そこまでが前置きです。こっからがウチらの人類史の話」


 黒板の前で説明をする教師のように人差し指を立てるエトワール。


「この先史召神文明の遺跡ですが世界のあちこちに埋まってます。そのほとんどは死んでてもう使い物になりません。でも、この北の大陸に埋まってるある遺物が今もまだ生きてるんです」

「……まさか」


 ウィリアムの声が硬くなる。

 連想されるいくつかのものが1本の糸で結びついていく。


「そう、それがゲートなんです。この門はもうかつての性能スペックを発揮できるだけのものじゃないんですけど、それでも今も稼動し続けていて異界からのをこの世界に招き続けてます。力の落ちた今の門じゃ肉体を持った神はこの世界にやってこれませんが、魂だけが定期的にこの北の大陸に送り込まれてきちゃってるんですよ。ウチらはそれを『異神魂アナザーソウル』って呼んでます」

「つまり……その魂が宿った存在が……」


 幻柳斎や、疾風や、まほろや……多くの妖怪たちの顔が思い浮かんだ。


「それがウチらが『妖怪』って呼んでるものの正体ですね。この世界に現れた異神魂はほとんどが自然消滅しちゃうんですけど極稀にこの世界の物質に結びついて一個の生命体になったり、あるいは元からいる生命体に結びついて変容させたりします。それが妖怪です。年月を経たものやら曰くつきのものが選ばれやすいのは異神魂が宿主として選びやすい条件なんでしょうね、そういうのが」


 ふーっと長い息を吐いたウィリアムが屋上のフェンスに背を預けてこめかみのあたりを押さえる。


「……その塔にその門があるのかな?」

「いえ。さっきも言った通り塔は文明末期の遺物ですから門はそこじゃないです。門自体は地下数千mに埋まってるらしくて現時点でウチらにそこまで行く手段はないですね。でも、あの塔にはおそらくその地下深くに埋まってる門に干渉する何かがあるはずです。どこのどいつか知らねーですけど、あの塔を浮上させた誰かが中をいじって門が活性化して、それで妖怪化が増えてるってのがウチの見立てです」


 その説明を聞いてウィリアムの耳の奥に蘇ってくる声がある。


『いずれお前たちは自分の意思でオレに会いに来る』


「あいつだ……」


 ウィリアムは右手で頭を抱えて渋い顔をした。


「ゼクウだ。あの塔の中にきっと今あいつがいる」

「はぁ? え? ゼクウって? あのでけーのですか?」


 嘆息しつつウィリアムは話した。

 あの妖怪王が生きていたこと。

 今は人の姿をしていること。

 先日事務所を来訪して自分と遭遇したこと……。


「そんな! だいじな! 話を! なんで! ウチに! 話さねーんですか! この! オッサンは!!!!」


 ヘッドロックに極めたウィリアムの頭をガクガクと揺さぶるエトワール。


「すまない!! すまなかった!! 君に話したら優陽にも話さないと不公平だと思って!! 優陽には……聞かせたくなかった!!!」


 激しく頭を揺さぶられながら必死にウィリアムが訴える。


「聞いたら!! あの子は!! ゼクウと戦うのが自分の役割だと!! そう思ってしまうんじゃないかって!! そんな必要はないんだ!! もう!! あの子は戦わなくていい!! 平和に生きていいんだ!! 私はもうあの子を兵器のように扱いたくない!!」


 叫んだウィリアムがエトワールごと仰向けに倒れた。

 はぁはぁと荒い息の2人。

 その視界に茜色の空が映っている。


 そこに、ひょいっと見慣れた顔が現れた。


「……優陽」


「先生は、バカだね」


 そう言って微笑むと優陽はそっと顔を伏せて……。

 2人の唇が重なり合う。


「私別に全然押し付けられてるとか思ったことないのに。十分平和に生きてるのに。幸せなのに。……先生がいてくれたから、私ずっと幸せだったのに」

「…………………………」


 黙って上体を起こすウィリアム。


「……殺ス」


 自分の真横でキスされたエトワールはやさぐれている。


「でもまー、そこまで言ってくれるなら? 今回はゆーひさん甘えちゃおっかなー。先生に任せていいの? ゼクウあいつ

「ああ。奴とは……私が戦う」


 そこにざっざっと何だか気の抜けた足音が近付いてくる。


 皆が視線を向けるとそこには陣羽織の髭の中年男が立っている。

 何故ここに現れたのか、いつの間に現れたのか……。

 そこにいたのはうぐいす隊隊長……社景一郎だ。


「いやぁ、いいもんだねえ。オジさんもう涙もろくなっちゃってさ。こういうの本当にダメなんだよね」


 言いながらハンカチで目頭を押さえている隊長。


「……何やってんの? 兄上様」


 若干白け気味に言う優陽にウィリアムが驚愕して目を見開く。

 言葉を掛けられた当人は一瞬ポカンと呆気に取られたように動きを止める。

 そして……やがて苦笑して肩を竦めるうぐいす隊長。


「やっぱバレたか。響ちゃんといいさ……女の子ってのは鋭いよね」


 そして彼は自分の顔の下半分を覆っていた濃い髭を……付け髭をバリバリと剥がしていく。

 その下から現れた素顔は普段のイメージと比べると随分若く、ウィリアムたちも遠い過去に見覚えのあるものだった。


「……初代将軍、征崇まさたか公」


 ウィリアムは掠れた声でその名を呼ぶ。


「や、どーもね。優陽は、久しぶり。兄さんですよぉ」


 そう言って笑うと征崇はひらひらと手を振ったのだった。

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