第11話 それはまるでカチコミのように

 煌神町こうがみちょうの裏通りは昼間は閑散としている。

 そんな人気のない通りを今、1人の男が肩をいからせて歩いていた。

 何とも人目を引く若い男だ。

 ツルツルに剃り上げたスキンヘッドにサングラス。

 ジャンパーの背にはド派手な炎と般若の面の刺繍がしてある。


「おう、ここかい……」


 呟いて男が足を止め、親指でサングラスを押し上げて裸眼で上を見上げた。

 看板には『黒羽探偵事務所』の文字がある。


「くたびれた事務所だぜ」


 また独りごちてスキンヘッドの男はドアを開け、建物の中に消えていった。


 ────────────────────────


 午前の黒羽探偵事務所。


「うむむむ……」


 腕組みをした幻柳斎が応接机を見下ろしで酷く難しい顔をして唸っている。

 向かい合ったソファにはエトワールが座っておりこちらは対照的に涼しい余裕の表情だ。

 そして両者の間には将棋盤がある。


「ならば……ここじゃ!」


 パチンと駒を進める幻柳斎。

 すると間髪入れずにエトワールも駒を動かす。


「ほいよっと」

「んがっ! ……うーむ……こうなるか……」


 再び渋面になって考え込む老人。

 優陽は所長の机に座って漫画雑誌を読んでいる。

 椅子が革張りで座り心地がいいのでお気に入りスポットなのだ。


 そこに、扉が開いてドアベルがコロンコロンと鳴り響いた。


「邪魔するぜえ」


 入ってきたのはスキンヘッドのサングラスの男だ。


「幻ジイ、チンピラの殴り込みカチコミですよ」

「いや、あれは……」


 スキンヘッドを見た幻柳斎が目を細めて注視する。


「お主、うぐいすの所の若い衆じゃったな」

「おう、うぐいす隊三番隊隊長……人呼んで韋駄天いだてん葛城かつらぎ陣八じんぱちたぁ俺の事よ」


 サングラスを外すと陣八がニヤリと笑った。


「だが安心しな。今日は私用プライベートだぜ」

「ふむ、何用かの」


 陣八はサングラスをポケットをTシャツの襟に引っ掛けるとポケットに手を突っ込んで肩を張る。


「ズバリ単刀直入にいくぜ! ここ最近この界隈で連発してる怪事件の数々……俺ぁその謎の中心にこの事務所がガッツリ噛んでるんじゃねえかと疑ってる。だが調べようにも隊長は許可をくれねぇ。何か知ってる風の副長もこの件には特に口が重い」


 ポケットに手を突っ込んだままグイッと前屈みになった陣八が事務所をぐるりと見回した。


「だから今日は自分の目で確かめに来たってわけよォ!」

「そりゃまーいいとして、何する気ですかオメーは。令状ガサ状もねーのに家探しでもする気かよ」


 幻柳斎から取った持ち駒を手の中でチャラチャラと鳴らすエトワール。


「んなこたーしねえ! もっともっと手っ取り早い手があるぜ!」


 陣八は胸の高さに持ち上げた拳をギュッと握る。


一対一タイマンだ!! この事務所で一番腕の立つオトコを出してもらおうか!! 拳を交えて魂を測らせてもらうぜ!!」


(……ああ、バカだ)

(最近はこういうのもあんまり見なくなったのお)


 視線で語り合うエトワールと幻柳斎。

 すると、奥の机で優陽がひょいと立ち上がった。


「よーし、そういう事ならゆーひさんが相手をしてあげよっか」

「あぁ? 女の相手ができっかよ。腕の立つオトコを出せつってんだ俺ぁ」


 顔をしかめて陣八が言うと優陽はあ~あ、と苦笑して肩をすくめた。


「はーい減点1ね。向き合ったらある程度自分と相手の実力チカラの差がわかるようじゃないとね~」


 バチン!と何かを弾いた音がして陣八がぐりんと白目をむいて両膝を折りその場に崩れ落ちた。

 膝を床に突いてがくんと項垂れた姿勢のスキンヘッドはピクリとも動かない。

 ……完全に意識を失っている。


「そんなわけだから、これからも修行をがんばりましょ~」


 ウィンクしてぺろっと舌を出し、デコピンした右手を下す優陽。


「はい幻ジイ、王手ですよ」


 その隣ではエトワールも勝負を決めており、幻柳斎ががっくりと項垂れる。

 奇しくも並んだ2人の男は同じ姿勢であった。


 ────────────────────────


「御見それしやした。姐さんと呼ばせてください」


 眉間に絆創膏を貼った陣八が床に正座している。

 別に誰かにそうしろと言われたわけではない。彼が勝手にやっているのである。

 食事時になったので一同は3階に移動していた。


「うーん私はゆーひさんでいいんだけどね」

「とんでもねえっす。男、葛城これからは姐さんの舎弟として付いていきます」


 そんな2人のやり取りを厨房で大きな丸い鉄の鍋を振りながらエトワールが聞いている。

 鍋の上ではいい色の焼き飯が躍っている。


「オメー、警官隊ポリ公なんだからあんま適当な事言わねー方がいいですよ」

「いや俺は半端な気持ちで言ってるわけじゃねえっす! 勿論仕事との線引きケジメはキッチリ付けますんで!!」


 陣八の決意は固いらしい。


(ここの立ち位置も微妙だからあんま公権力が関わらねー方がいいと思うんだがな。まーいいか、どうせウチらもいつまでもいるわけじゃねーですし……)


 小さく嘆息して陣八の分もチャーハンを皿に盛るエトワールであった。


「まーいいや。とりあえず昼だしオメーも食っていきなさいよ」

「ありがとうございます! チャーハン大好物っす!!」


 目を輝かせた陣八が立ち上がろうとして足の痺れで倒れて転がった。


「あ、そーだ。食べたらちょっとお願いしたい事あるんだけど」


 食卓の椅子を引いて座りながら優陽が言う。


「ハイ! なんでも言ってください! 男、葛城にお任せを!!」


 床の上から弾んだ声を出す陣八であった。


 ──────────────────────


 煌神町総合病院。


 病室のベッドの上にウィリアムの姿がある。

 彼は今、骨折した上腕部を固定されている。

 常人であれば全治数か月の負傷であるが魔人ヴァルオールであるウィリアムなら半月と言ったところだ。


 幸い利き腕ではないので不便もそこまでではない。

 今彼は差し入れの本を読みながら静かで穏やかな時間を過ごしていた。


「兄さん! お着換えをお持ちしましたぜ!!」


 突如バーン!と病室の戸が勢いよく開き、スキンヘッドにサングラスの男が飛び込んでくる。


(うわあああ何!!!?? 殴り込みカチコミ!!!????)


 びっくりしすぎてベッドから本を落とすウィリアムであった。


 ──────────────────────


 煌神町、深夜。

 住宅地内の公園にぼうっと明かりが灯っているのが見える。

 おでんの屋台が出ているのだ。


 そこにスーツの上にジャンパーを羽織った男がやってきて暖簾を潜る。


「……熱燗とがんもと白滝とたまごね」


 注文する顔の下半分を濃い髭で覆った中年男。

 うぐいす隊隊長、やしろ景一郎けいいちろうである。


「昼間はうちの葛城若いのがすまなかったね」


 前を向いたままの社がコップに口を付けてから言う。

 その隣には小柄な老人の姿が……黒羽幻柳斎がいる。


「あの位は構わんよ。可愛がっておるんじゃろ?」


 同じく前を向いたまま返答する幻柳斎。


「まあ……物になって欲しいとは思ってるよ。なんせ忙しい職場だからねえ」

「きっとまだ忙しくなるぞい」


 はんぺんを齧る老人に社は大げさにため息をついた。


「ほんとにぃ? はーやだやだオジさん胃薬が増えちゃうよ」

「西からちょっかいかけてきてるのがおる」


 ああ、と卵を頬張りながら社が頷く。


「聞いてるよ~なんかドンパチあったって? うちのひびきちゃんが見物してたらしいじゃない。あのも丸くなったでしょ。1年前だったら乱入しちゃってたよ」

「確かにのう。あの剣鬼のようじゃった娘がな……」


 コップを傾ける幻柳斎。


「何せあの天堂てんどう一刀流いっとうりゅう南雲なぐも家から追い出されちゃったくらいの娘だからね」


 南雲響の実家は天堂一刀流という流派の宗家の道場である。

 父も兄たちも全員が名高い剣豪だ。


「ビビっちゃったんだよ、親父も兄貴たちも……あの娘の剣の才能にさ」


 社がコップの酒を飲みほして苦笑した。


幕閣うえからはね……『第二の嘉神刻久かがみときひさ』に育て上げろって言われてるんだけどさ。とりあえず口ではハイハイ言ってあるんだけど。ま~ぁ時代じゃないよね。オジさん若い子たちにはのびのび育って欲しいなぁ」


 その第一の嘉神刻久が今自分の事務所でのびのび漫画読んでテレビ見て笑ってるなぁと思うものの、口には出さない幻柳斎であった。




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